Show Me Your Way J-boy
6月12日、名古屋市で行われた浜田省吾のコンサートに行ってきました。


かつては浜省のコピーバンド(余興)に興じていたのですが、今では聞く専門・・・
バンマスからありがたいチケットの提供をいただき、
5年ぶりにご本尊に会えました。またまた元気をいただきました。

でも、今回のライブはいつもと違う。
皆が何かを心にひきづっている。 大震災に原発。
広島に深い関わりを持つ、浜田省吾は反戦、反核や途上国の犠牲に成り立つ豊かな先進国
に一石を投じるような訴えを歌詞にしているロッカーでは有名なところ。
今回のツアーは震災前から始まっている(間違ってました4月横浜から)けど、バックに流れる映像は
神戸の震災、戦後の焼け野原でたくましく生きる日本人の映像
悲しくも、いまの現状にあっている。。。
浜省のコンサートでは、入場者の年齢構成を確認する恒例行事がある。
満席のファンの多くを占めたのはオラと同じ40代、そのつぎが30代、50代以上
20代も多い 若者にもしっかり受け継がれている。
「J-BOY」 「初恋」 「I am a father」 では涙が頬をつたうくらい泣けた 可笑しいなー
ライブは4時半開演 終了は8時すぎ 3時間以上で30曲以上歌ったのでは
浜省は、皆、心に何かあると思うけど、今日このときも、忘れるのではなく
その思いはそのままに、この時間を一緒に作り上げようって。
「傷を負いながらも踊り続けるのがロックだ」って、有名なロッカーの言葉を引用してた。
すっかり はまっちまったオラはツアーブログを探した。
2011/06/11 日本ガイシホール
予定の時刻よりも早く駅に到着したので、
降車場に車を停めて時を過ごすことにした。
いつもなら係員に車を移動させるよう促されるが、
その日、車の数は少なく、係員の姿も無かった。
エンジンを止め、車窓を開けると生温かい湿った空気が車内に入ってきた。
MP3のイヤフォンから流れるアレサフランクリンの旧譜をぼんやり聴いていると、
オレ達の車の前にボックスタイプのワゴン車が停車した。
スライド式のドアが開き、中から勢いよく5歳くらいの男の子が飛び出してきた。
続いて父親であろう40代前半の男性が運転席から、
そして母親であろう女性が助手席から降りてきた。
さらに後部座席から10歳くらいの女の子が、
祖母であろう女性の手を取り、ステップを気にしながら歩道に降り立ち、
最後に祖父であろう男性が車から出てきた。
老夫婦の年齢は70代半ばといったところだろうか。
夫の両親なのか、妻方なのか観察してみた。
男性の老夫婦への気使いがさっぱりした感じなので、
おそらく息子の家に遊びに来た両親なのだろうと勝手に想像した。
祖父母と夫婦の関係が良好なものなのか、
過ごした時間がどのようなものであったのかは分からないが、
何度も何度も振り返りながら手を振る老夫婦の姿は
孫達と過ごした時間が豊かなものであったのだろうと思わずにはいられなかった。
夫婦も子ども達も老夫婦が駅ビルの中に消えるまで手を振っていた。
彼等の姿が見えなくなると、父親は運転席に、
男の子は出てきた時と同じように車内に飛び込んだ。
母親の胸にもたれ、女の子は暫く祖父母が消えていった出入り口を見ていたが、
急に振り返り母の腕の中で泣きじゃくり始めた。
母親は娘の背中を撫でながら慰めの言葉をかけている。
そして、やがて女の子も車内に背中を丸めて入り、
母親も子ども達のシートベルトを確かめた後に助手席に着いた。
少女はまだ知らない、自分の感情や涙がどこから来るのか。
人を愛すると、その愛の深さ、強さと同じほどの哀しみを背負う。
何故なら、人は人と必ずいつか別れなければならないから。
この家族には再会の時が来るであろう。
何度も何度も喜びの中で再会出来るであろう。
心からそう願う。
浜田省吾
降車場に車を停めて時を過ごすことにした。
いつもなら係員に車を移動させるよう促されるが、
その日、車の数は少なく、係員の姿も無かった。
エンジンを止め、車窓を開けると生温かい湿った空気が車内に入ってきた。
MP3のイヤフォンから流れるアレサフランクリンの旧譜をぼんやり聴いていると、
オレ達の車の前にボックスタイプのワゴン車が停車した。
スライド式のドアが開き、中から勢いよく5歳くらいの男の子が飛び出してきた。
続いて父親であろう40代前半の男性が運転席から、
そして母親であろう女性が助手席から降りてきた。
さらに後部座席から10歳くらいの女の子が、
祖母であろう女性の手を取り、ステップを気にしながら歩道に降り立ち、
最後に祖父であろう男性が車から出てきた。
老夫婦の年齢は70代半ばといったところだろうか。
夫の両親なのか、妻方なのか観察してみた。
男性の老夫婦への気使いがさっぱりした感じなので、
おそらく息子の家に遊びに来た両親なのだろうと勝手に想像した。
祖父母と夫婦の関係が良好なものなのか、
過ごした時間がどのようなものであったのかは分からないが、
何度も何度も振り返りながら手を振る老夫婦の姿は
孫達と過ごした時間が豊かなものであったのだろうと思わずにはいられなかった。
夫婦も子ども達も老夫婦が駅ビルの中に消えるまで手を振っていた。
彼等の姿が見えなくなると、父親は運転席に、
男の子は出てきた時と同じように車内に飛び込んだ。
母親の胸にもたれ、女の子は暫く祖父母が消えていった出入り口を見ていたが、
急に振り返り母の腕の中で泣きじゃくり始めた。
母親は娘の背中を撫でながら慰めの言葉をかけている。
そして、やがて女の子も車内に背中を丸めて入り、
母親も子ども達のシートベルトを確かめた後に助手席に着いた。
少女はまだ知らない、自分の感情や涙がどこから来るのか。
人を愛すると、その愛の深さ、強さと同じほどの哀しみを背負う。
何故なら、人は人と必ずいつか別れなければならないから。
この家族には再会の時が来るであろう。
何度も何度も喜びの中で再会出来るであろう。
心からそう願う。
浜田省吾
オラが思う浜省像そのものコメントに また泣けてきた 単純だなー
「Show Me Your Way J-boy」