2011年3月1日より2011年12月20日までの旅を終え、帰国しました。
なんとか帰って来れましたね。
感謝感謝感謝
旅の遍歴
日本→ベトナム→ラオス→タイ→バングラデシュ→インド→モルディブ→インド→トルコ行きのトランジットのためUAE→トルコ→グルジア→アゼルバイジャン→グルジア→アルメニア→イラン→トルコ
→ブルガリア→マケドニア→セルビア
→ボスニアヘルツェゴビナ
→クロアチア
→モンテネグロ
→クロアチア
→リヒテンシュタイン
→スイス
→イギリス
→フランス
→オランダ
→ドイツ
→ポーランド
→ドイツ
→キプロス
→ヨルダン
→イスラエル
→エジプト
→ケニア
→タンザニア
→マラウィ
→モザンビーク
→南アフリカ ケープタウン到着(9月26日)
→ナミビア10月4日~12日
→南アフリカ
→アルゼンチン10月16日着
→ブエノスアイレス27日発
→カラファテ
→バリローチェはほぼ素通り
→ワインの町メンドーサのマックで英気を養っています
→チリのサンティアゴ
→うまくいけばイースター島
→うまくいったのでイースター島にいました
→サンティアゴの空港で飛行機待ってます
→ペルー入国 チチカカ湖の町、プーノで高山病と戦っています
→ペルー クスコの滞在中 100メートル歩くのにもゼイゼイ 高山病絶賛継続中 11月18日はマチュピチュの予定
→リマに行く前にナスカという町に行き、「ナスカの地上絵」を見ようと思ったら、ツアー78ドルが最安値だった+あまり興味がない+あまり評判が良くない=「ナスカの地上絵」素通りしました
→リマで休養中
→ペルーの田舎に向っています そのうちエクアドル辺りに行く予定です
→メキシコのカンクンで休養中
→カンクンで眠気と戦いながらナイトクラブへ行くところです。。。。
→10年ぶりにお酒でまっすぐ歩けなくなりました
お酒って怖い
→この旅最後の国の「アメリカ合衆国 ロサンゼルス」に到着。ホテル代をケチるため、空港に宿泊中 退屈です もうすぐ帰ります 年末までには帰国する事になりました。
→最後の国での観光を終え、現在空港で待機中 12月20日帰国予定
→帰国しました。
なんとか帰って来れましたね。
感謝感謝感謝
旅の遍歴
日本→ベトナム→ラオス→タイ→バングラデシュ→インド→モルディブ→インド→トルコ行きのトランジットのためUAE→トルコ→グルジア→アゼルバイジャン→グルジア→アルメニア→イラン→トルコ
→ブルガリア→マケドニア→セルビア
→ボスニアヘルツェゴビナ
→クロアチア
→モンテネグロ
→クロアチア
→リヒテンシュタイン
→スイス
→イギリス
→フランス
→オランダ
→ドイツ
→ポーランド
→ドイツ
→キプロス
→ヨルダン
→イスラエル
→エジプト
→ケニア
→タンザニア
→マラウィ
→モザンビーク
→南アフリカ ケープタウン到着(9月26日)
→ナミビア10月4日~12日
→南アフリカ
→アルゼンチン10月16日着
→ブエノスアイレス27日発
→カラファテ
→バリローチェはほぼ素通り
→ワインの町メンドーサのマックで英気を養っています
→チリのサンティアゴ
→うまくいけばイースター島
→うまくいったのでイースター島にいました
→サンティアゴの空港で飛行機待ってます
→ペルー入国 チチカカ湖の町、プーノで高山病と戦っています
→ペルー クスコの滞在中 100メートル歩くのにもゼイゼイ 高山病絶賛継続中 11月18日はマチュピチュの予定
→リマに行く前にナスカという町に行き、「ナスカの地上絵」を見ようと思ったら、ツアー78ドルが最安値だった+あまり興味がない+あまり評判が良くない=「ナスカの地上絵」素通りしました
→リマで休養中
→ペルーの田舎に向っています そのうちエクアドル辺りに行く予定です
→メキシコのカンクンで休養中
→カンクンで眠気と戦いながらナイトクラブへ行くところです。。。。
→10年ぶりにお酒でまっすぐ歩けなくなりました
お酒って怖い
→この旅最後の国の「アメリカ合衆国 ロサンゼルス」に到着。ホテル代をケチるため、空港に宿泊中 退屈です もうすぐ帰ります 年末までには帰国する事になりました。
→最後の国での観光を終え、現在空港で待機中 12月20日帰国予定
→帰国しました。
拝啓 皆様
27歳になりました。
12月10日。
誕生日を翌日に控え、部屋で体調管理のためコンピューターと遊んでいました。
そして、いつもの様に21時くらいになれば眠くなるので
寝ました。
一緒に旅をしてた人に、
「誕生日のお祝いしてあげるから ナイトクラブ行こうよ!
そこで12月11日を迎えようよ!」
と誘って頂きました。
もちろん
僕の営業時間は、僕のじいちゃんと同じで朝6時から 夜21時まで となっております。
誠に残念ながら、夜の23時に白目で丁重にお断りしました
眠くて仕方なかったのです。
みなさん、世界各国から「お誕生日のおめでとう」のご連絡、ありがとうございました。
僕にもこんなに友達がいたんですね。
多めに見積もっても3人くらいからしか 誕生日 のお祝いの連絡が来ないかもしれないと考え、
心を密閉して 11日を迎えたところ、
20人以上からご連絡頂きました
僕も忘れられてないようです
敬具
12月13日 21時16分
(;-o-)σ
ページ192体操座り
モザンビークに到着しております。
蚊の大群は容赦なくか弱く疲弊した日本人を襲撃し
今日、今に至るまで、毎日大量の汗をかきながら3日もの間、過酷バス移動+シャワーを浴びれないという瀕死体験をしました。
マラウィ、モザンビーク、移動が過酷すぎます。想像外 想定外
脳みそが疲れきっております。
マラウィの町「ンカタベ」出発朝6時→「サリマ」到着はお昼の12時。
そこら辺の係員に「ブランタイヤ」行きバスを聞くと
14:30出発
とのこと
しかし
ここはアフリカ
全くその係員を信じずに
待つ
待つ
待つ
待つ‥‥‥午後5時まで待つがこない
僕「14:30に来るバスどうなったの?」
係員「さっき電話したら、バス壊れたみたいだね。そのうち来るかもね」
そして来たのは夜10時半
くたくた。
そして、10時半にバスが来ると‥‥‥
黒人達が一斉にバスに群がる
たった一人の日本人も特攻
しかし‥‥‥(ノд-。)
係員「チケット買ってからバスに入れ」
との言われ、チケットを買って、バスに乗ろうとしたら、チケットを持ってない黒人達がイスをすでに占拠
しまった
ブランタイヤまで6時間かかるのに‥‥‥
この疲労極限状態で
まさかの
長距離バス 6時間立ち決定
まじか
しかしこのバスに乗らないという選択肢はあり得ない
次のバスはいつ来るのか全く不明なのです
乗車。そして、出発して3時間経った
午前一時頃。
酔い止めの副作用と、疲労と、眠気でもうろうとする意識の中、警察チェックのためみんな下車。僕も下車。眠すぎて立ってられず、体操座りして頭を伏せる。
そして
はっと気付いたら、
そこにはあり得ない光景が広がっていました。それは‥‥‥
なんとバスない
一瞬前までそこにあったバスが有りません
一瞬、状況を理解出来ず
二瞬で、全てを理解
26年の人生の中で、僕の瞳孔が一番開いたに違いありません
なんと バスを降りて体操座りしたら、その格好のまま数分気絶してしまい
乗ってきたバスの出発に気付かなかった
この時の心模様を言葉で表現すると
「うあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ 死にたい」
です。
そのときの状況
①荷物は行ってしまったバスに積んだまま
②その時の時刻は夜1時
③場所はマラウィのどっかの小さい村のバス停
④そこにいるのは夜の闇で全く見えない黒人さん達数人
⑤疲れきり、絶望してる日本人1名
⑥黒人達は僕の状況を理解し、笑う笑う。
⑦その黒人達にかまわず日本語で「マジかよー マジカー!!!!」をマラウィの夜の闇に連呼
黒人さん達に次のバスはいつ来るのか聞いてみる
黒人A「すぐ来るよ」
はいもちろん信じません
絶望日本人A「バスが来たら起こしてくれ」と言い、石のイスの上に横たわる
後悔×100
自分間抜けすぎると自分攻めること1000回
1時間くらいしたら、夜中2時にバス来た 奇跡
乗車。荷物を思いつつそのバスを追う。
自分の間抜けさを数百回呪いながらバスは進む。
そしてブランタイヤにもう少しで到着する!夜も明けてきた!というところで、車が不穏な動き。
えっまさか
まさかの
故障 タイヤがバースト
泣きっ面に蜂ってこれですか
わざわざアフリカの未開の大地で か細いニホンジンに このタイミングで これ以上の試練を与える必要有りますか‥‥‥(ノд-。)
神はいない
ということですか
神様を1ミリも信じない不届きものな僕ですが、
このときばかりは神に祈りました
10年以上の付き合いの「爪切り」その他、旅グッズ満載の荷物よ無事でいてくれ。
神はいないのか
代わりのバスは30分後到着。すぐに代わりのバスに乗り込み、ブランタイヤへ
代わりのバスの車掌は「全部のバスは同じバス停に到着するから、荷物大丈夫のはずだよ」
希望の言葉もネガティブ思考全開日本人の心を打たない
到着後‥‥‥
僕の荷物が前に乗ってたバスの運転席の後ろから出てきたのを見たとき気持ちは
「あーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!! 涙」
‥‥‥
後ちょっとで体操座りでゲームオーバーになるとこでした
ネットが遅すぎるので写真は引き続きアップ不可です
そして
ネット環境が悪すぎて次の更新もいつになるかわかりません。
重ねて御伝えしますが、皆さん 心配無用です。
アフリカ疲れます。いちいち疲れます
蚊の大群は容赦なくか弱く疲弊した日本人を襲撃し
今日、今に至るまで、毎日大量の汗をかきながら3日もの間、過酷バス移動+シャワーを浴びれないという瀕死体験をしました。
マラウィ、モザンビーク、移動が過酷すぎます。想像外 想定外
脳みそが疲れきっております。
マラウィの町「ンカタベ」出発朝6時→「サリマ」到着はお昼の12時。
そこら辺の係員に「ブランタイヤ」行きバスを聞くと
14:30出発
とのこと
しかし
ここはアフリカ
全くその係員を信じずに
待つ
待つ
待つ
待つ‥‥‥午後5時まで待つがこない
僕「14:30に来るバスどうなったの?」
係員「さっき電話したら、バス壊れたみたいだね。そのうち来るかもね」
そして来たのは夜10時半
くたくた。
そして、10時半にバスが来ると‥‥‥
黒人達が一斉にバスに群がる
たった一人の日本人も特攻
しかし‥‥‥(ノд-。)
係員「チケット買ってからバスに入れ」
との言われ、チケットを買って、バスに乗ろうとしたら、チケットを持ってない黒人達がイスをすでに占拠
しまった
ブランタイヤまで6時間かかるのに‥‥‥
この疲労極限状態で
まさかの
長距離バス 6時間立ち決定
まじか
しかしこのバスに乗らないという選択肢はあり得ない
次のバスはいつ来るのか全く不明なのです
乗車。そして、出発して3時間経った
午前一時頃。
酔い止めの副作用と、疲労と、眠気でもうろうとする意識の中、警察チェックのためみんな下車。僕も下車。眠すぎて立ってられず、体操座りして頭を伏せる。
そして
はっと気付いたら、
そこにはあり得ない光景が広がっていました。それは‥‥‥
なんとバスない
一瞬前までそこにあったバスが有りません
一瞬、状況を理解出来ず
二瞬で、全てを理解
26年の人生の中で、僕の瞳孔が一番開いたに違いありません
なんと バスを降りて体操座りしたら、その格好のまま数分気絶してしまい
乗ってきたバスの出発に気付かなかった
この時の心模様を言葉で表現すると
「うあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ 死にたい」
です。
そのときの状況
①荷物は行ってしまったバスに積んだまま
②その時の時刻は夜1時
③場所はマラウィのどっかの小さい村のバス停
④そこにいるのは夜の闇で全く見えない黒人さん達数人
⑤疲れきり、絶望してる日本人1名
⑥黒人達は僕の状況を理解し、笑う笑う。
⑦その黒人達にかまわず日本語で「マジかよー マジカー!!!!」をマラウィの夜の闇に連呼
黒人さん達に次のバスはいつ来るのか聞いてみる
黒人A「すぐ来るよ」
はいもちろん信じません
絶望日本人A「バスが来たら起こしてくれ」と言い、石のイスの上に横たわる
後悔×100
自分間抜けすぎると自分攻めること1000回
1時間くらいしたら、夜中2時にバス来た 奇跡
乗車。荷物を思いつつそのバスを追う。
自分の間抜けさを数百回呪いながらバスは進む。
そしてブランタイヤにもう少しで到着する!夜も明けてきた!というところで、車が不穏な動き。
えっまさか
まさかの
故障 タイヤがバースト
泣きっ面に蜂ってこれですか
わざわざアフリカの未開の大地で か細いニホンジンに このタイミングで これ以上の試練を与える必要有りますか‥‥‥(ノд-。)
神はいない
ということですか
神様を1ミリも信じない不届きものな僕ですが、
このときばかりは神に祈りました
10年以上の付き合いの「爪切り」その他、旅グッズ満載の荷物よ無事でいてくれ。
神はいないのか
代わりのバスは30分後到着。すぐに代わりのバスに乗り込み、ブランタイヤへ
代わりのバスの車掌は「全部のバスは同じバス停に到着するから、荷物大丈夫のはずだよ」
希望の言葉もネガティブ思考全開日本人の心を打たない
到着後‥‥‥
僕の荷物が前に乗ってたバスの運転席の後ろから出てきたのを見たとき気持ちは
「あーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!! 涙」
‥‥‥
後ちょっとで体操座りでゲームオーバーになるとこでした
ネットが遅すぎるので写真は引き続きアップ不可です
そして
ネット環境が悪すぎて次の更新もいつになるかわかりません。
重ねて御伝えしますが、皆さん 心配無用です。
アフリカ疲れます。いちいち疲れます
