男は深々とソファに身を沈め、ネチネチとした目を僕に向けてくる。
イスタンブールの絨毯屋にいる。
遡ること20分、僕はイスタンブールの誇る世界遺産・ブルーモスクの前に立っていた。
訪れた時間がちょうどイスラム教徒の礼拝の時間と重なってしまい、モスクへの入場が制限されてしまっていたのだ。
仕方がないから、外でぼーーーっと時間を潰していた。
日本人かい?
もうやめてくれ、トルコ人...
なんだって話しかけてくるんだよ...
心苦しいっす、Bad guyかどうか見分けがつかず、Nice guyの可能性を否定できないままに、邪険に応じなければならないのが....
なんだよ...
いや~日本人かっ!? はっはぁ!
オレは日本人が大好きなんだ!はっはぁ!
札幌に行ったことがある。あれは美しい所だ。
土間土間にも行ったことがある。楽しかったなぁ~。
はっはぁ!
ほほう、これは中々の日本通だな。しかもNice guyと見た。僕は会話に引き込まれていく。
寒いよね、トルコ。
おっ、じゃあオレの店に来るか?
このすぐ近くで家族で店をしてるんだ。
素敵....
僕の頭の中には次のような映像がよぎった。
寒い寒いトルコの冬。人々は足早に家路を急ぐ。ふと横を見ると、そこには煌々とランプの灯った
レストランがある。店の名前は「ママ・トルコ」。恰幅の良い、そして気前のいいお母さんが元気に
切り盛りしているのだ。人々は吸いこまれるようにしてその店へと入っていく。「いらっしゃい!」
「温かいスープを一つ、お願いするよ。」「OK, my son!!」
今から僕はその店へ行くのだ。
男は深々とソファに身を沈め、ネチネチとした目を僕に向けてくる。
イスタンブールの絨毯屋にいる。
僕の予想は灰色の妄想へとなれ果て、今、目の前には現実が広がっていた。
現実とは即ち、ネチネチした男である。
僕の感覚では、「家族で経営している」と言えばお母さんがどうしても出てきてしまうのだが、彼の言った家族とは「従兄(cousin)」なのであった。
確かに家族なのだが、従兄を持ちだすと何か無限に拡大解釈できそうで、しかも本当に家族なのかは確かめようもなく、なんか僕は断固反対である。
これが現実だ...
「従兄は日本語がぺらぺらだ」と説明を受けていた。
本当なのだろうか。
うちは無印良品とか大塚家具に卸してるんだよね。
信用して。
従兄と言われた男は全くの訛りなく、やや味気ないほど完璧な日本語を操った。
欲しいなら買えばいい。
欲しくなければ買わなければいい。
無理はさせないから。
ゆっくりしていってよ。
信用して。
いや、意味が分からない....
尋常な会話ではそんな保証を受ける必要もないんだよ。
男はしきりにチャイを飲むよう薦めてくる。
悪いが睡眠薬が入っている可能性もあるから、或いは法外なチャイ代を要求されるの恐いからやめとくよ。
不穏な空気が流れる。
僕が信用していないのは相手に伝わっているようだ。
一方、相手が本当に悪い奴らなのか僕にはまだ分からない。
早く時間よ過ぎろ。
3時になればブルーモスクが入場可能になる。
僕は片方で焦る心を必死に抑え、もう一方で言葉巧みなトルコ人絨毯商人を退け、神がかり的な時間の潰し方をした。
神よ!!!
ブルーモスクの前まで歩いてきて、僕は改めて大きく息をついた。
やっとの思いで抜け出してきたのだ。
果たして奴らは悪い奴らだったのか。
それは今もって分からない。
本当は信じたいんだけどな。
ちょっときまりの悪い思いを抱く。
あんた、日本人か?
知るか!!!