■昨夜の接待じみた飲み会で歌いすぎたせいか、今朝起きたらガラガラ声になっていた。

通勤時。

電車から降りるとき、ドア付近に学生やOLさんとかがいて出られない。

おれはこのダミ声で「わりー」って言うと、彼らはびくっとしておれを一瞥し、ようやくスペースをつくる。

本来、ドア付近にいる人はもっと周囲に気を配るべきだが、最近の人はそんな配慮はない。

ラッシュ時の車内は、異様にとげとげしく無関心な空気にあふれているので、いるだけで疲れる。

まったくなにをそんなに不機嫌なツラをして電車に乗っているのだか。

おれはこういう負のマジョリティーの空気が大嫌いで、絶対に無表情になるものか!と妙な抵抗をしてしまう。

目は生気を失わず、さっそうと目的をもって歩く、ようにする。

こうして気を張っている方が、おれはいいね。おれは生きているぞ、とおもう。

その後のルービーも充実感をもって飲めるというものだし。

すべてはこのためかい?(笑)

なぜ、こうもおもしろくない表情をしている人々が多いのか。

それは数の問題だとおもう。

空気に呑まれやすい人が多いから、そういう世の中になってしまう。

これはなにも日本だけに限った話じゃない。

そもそも人間は空気に呑まれる性質をもっている生き物だし、世界中のどこでもほとんどの人はその場の空気に呑まれ、流されながら生きている。

要はその空気がどんな色をしているのか?だけであるとおもう。




ひさしぶりに会うヤツに、あれ、こいつ変わったなぁ、ってのと、おお、ぜんぜん変わらんねおまえは、っていうふたとおりのパターンがある。

この前、会社の同期の数人と久々にあったのだが、一気に老け込んでしまった野郎と、相変わらず若々しいなという女性がいた。

その野郎はなんだかやせ細って顔色もよくないから、健康なのか?と単刀直入に聞くと、健康だという。

太っていると身体によくないから意図して食事に気を配り、運動をして“健康的にしている”というのだ。

これはおれも同じ。

そうでもしないとこの先もルービーを飲みつづけることが出来なくなるかもれないとの恐れからくる予防策である。

酒飲みは一生飲み続けたいものだから、健康管理を怠らない。

こんなしまらない動機でもいいよな。

おれはと言えば、久々にあったその連中から、若くなったな、とか、相変わらず怪しいね~、と言われた。