私は弟との二人兄弟。
幼い頃、我が家は父親の知人達がよく遊びに来る
賑やかな家。
そんな中、子供の私は皆から可愛がられた。
弟が生まれ、弟も皆から可愛がられはじめた。
その光景をみて、私は弟に嫉妬した。
じゃれついてくる弟がうっとおしかった。
ある日幼稚園から帰ってくると、私の膝に
弟が乗った。
乗りに来ることはわかっていた。
わざと、膝をひっこめた。
落ちた。
弟が泣き、 母がとんできた。
しばらくすると、弟は泣きやみ
いつものように歩き始めた。
夕方、母を追って弟と台所へいった。
突然、弟が倒れ、父親の車で病院を数件周った。
次に覚えているのは、父と二人だけの生活。
母は弟の入院する病院で寝泊まりしていた。
ときどき父と弟の入院する病院にいったが
罪悪感で弟の姿を見るのが辛かった。
どれくらい時間が過ぎただろうか、ある日
弟が退院して母と家へ戻ってきた。
弟の様子が変わっていた。
脳挫傷による右半身麻痺。
もともと右利きだった彼は、母と左手の使い方を
毎日毎日練習していた。
近寄れなかった。
弟が2~3歳、私が5歳くらいだったと思う。
弟は、言語、記憶にも障害がみられ、小学校の時
担任から特殊学級転入の話があったが、両親は
一般学級で学ばせる選択をした。
イジメにもあい、学校の勉強についていくのも大変だったが
人一倍の努力と工夫で、弟は生きぬいた。
中学卒業後、両親は、自営業の手伝いをさせた。
バブル崩壊で実家は借金まみれだった。
母が亡くなった。
しばらくして私は、勤め先で出会った女性と
結婚するため実家を出た。
いや、逃げた。 こんな実家から。
弟を残して。
私が実家を出てから、金を貸してほしいと
父が、ちょくちょく職場に車でやってきた。
助手席にポツンと弟が座っていた。
何かあったら連絡するよう携帯の番号を教えたが
かかってくることはなかった。 実家へ戻った際
弟に聞くと、父から止められていたと話し、小遣いを渡すと
ポロポロ涙を流し、お金にまつわる苦労を聞いた。
父に何度となく、生活再建の話をしたが、まったく聞く耳はもってくれなかった。
約十年間、そんな状態が続き、私が離婚して実家へ戻り
翌年、父が倒れて弟は解放された。
今、弟は、福祉サポートを受けながら就労し
趣味や楽しみもみつけ、人生を歩んでいる。
その姿を見て、よかった。と思う半面、私が膝から
落とさなければ… 障害者にならなければ…
私が逃げなければ…
余計な苦労をせず、もっと違った人生を歩んでいけたのではないか?と
今も心の中で自分に罪を感じる。
生前、母が私に「あなたが、落とす前に母さんも落としてたの…」と
言われたことがあったが、それは私のことをかばい
言ってくれたのだと、今も思っている。