明けましておめでとうございます。

さて、昨夜も無事に開催されました、グランブルー・ドリームス・オーケストラ恒例のGALA。
クラシック音楽のカウントダウンライブコンサートですね。

今回は10回記念の特別な回。

もう10年かという感じです。



今回は12月半ばの、日仏文化交流100年記念のフランス公演の凱旋という意味でも特別感がありました。

プログラムはフランス公演の流用です。フランス凱旋ですからね。
って、フランス公演のリハーサルがあったために、GALAのリハーサルができなかっただけですが。

フランスで冒頭に演奏したフランス国歌「ラ・マルセイエーズ」は省きました。このフランス国歌は、フランス革命時に、ルイ王朝を倒すために武装蜂起した市民兵の間で、自らを鼓舞するために歌われた曲で、作詞作曲を行った方が、フランス初代大統領になりました。
フランス革命ですよ。

「ベルサイユのばら」や、ミュージカルにもなった「レ・ミゼラブル」の時代です。マリー・アントワネットがコンコルド広場に設置されたギロチン、いわゆる断頭台で市民たちによって首を切り落とされたあの時代。



それと、今回から「君が代」の演奏もやめました。

職員がすべて勤医協という、日本共産党系の医療団体に加盟している病院がオーケストラの運営母体ですから、「君が代」の斉唱を観客に強制するのはいかがなものかという、観客からのアンケート結果もありましたので、10年の節目に思い切って止めようということで。



フランス公演のプログラムの流用ですが、シャンソン歌手の方々の出演はオミットして、インストゥルメンタルアレンジでシャンソンを演奏しました。

メインであるカウントダウン曲は、フランス公演でもメイン曲にした「序曲一八八九」です。
言うまでもなく、フランスの英雄ナポレオン大将軍を讃えた曲。

で、困りました。
曲中で大砲が何度も鳴るんです。
フランス公演では、フランス陸軍の全面協力の下で本物の大砲を、もちろん空砲で音だけですが、鳴らして演奏しました。
でも、GALAのためにフランス陸軍の方々を呼ぶことはできません。
でも、大砲の音なしに演奏はできない曲です。

オーケストラの中には、自衛隊のOBやOGが多数います。
中の1人が言い出したのは、この街には陸上自衛隊の第2師団という精鋭部隊があるじゃないかと。
防衛省はドラマや映画に対して積極的に撮影協力をしているぞと。

広報の1人としてコンサート会場の設営や運営を担当してくれる人事部長の悪代官初号機が、わたしは第2師団の広報出身だからコネはある、話をすれば全面協力は必ずできるぞと二つ返事で、早速師団長との面会に出ました。
ぼくは正直、ダメだと思ったんです。自衛隊は年度初め、つまり4月に翌年3月末までの予定を決める組織なんですよ。12月のクリスマス時期にいきなり、大晦日のコンサートに出演してください、それも大砲を撃ってください、なんていくら悪代官初号機の頼みでも聞いてはくれないですよ。

師団長は話にのってくれたと言うんですね。
「日仏文化交流100年記念行事の締めくくりに、この街のアマチュアオーケストラが招聘されたのは、師団長ではなく、一市民として誇りに思うので、是非協力させていただきたい。ですが、私はサラリーマンなんで、一応上司の承諾なしに事を進めることはできません。早速上にあげます」
と言ってくれたと。
結果、言うまでもなく、ダメだと。
メンツを潰された悪代官初号機は、小泉進次郎防衛大臣のあらゆる悪口を吐きまくりました。とてもじゃないですが、ここには書けません。
言い出したのは、元第2師団の音楽隊を率いた隊長です。「ウルトラセブン」に命をかけるホルン吹き。
駐屯地開放行事の野外演奏時に急に雨が降り、演奏会場を駐屯地グラウンドから駐屯地体育館に切り替えると広報が伝えたら、焼き鶏を焼きながら売ることに夢中で、駐屯地体育館を市立体育館だと思い込み、自転車で爆走して市立体育館に向かい、ドアを開けろ、オレは隊長だぞと開かないドアに体当たりを繰り返して、駐屯地を騒然とさせた方ですから。
黙って引き下がりません。
防衛大臣がダメでも、隊員レベルで交渉すれば、最低10(ヒトマル)式戦車をステージに上げて空砲を鳴らすくらいはできるぞと。
陸上自衛隊の最新防衛装備品を、防衛省を無視してステージに上げたら、師団長はクビが…なるほどね。
と思ってしまったぼくでした。

結局それも叶わず、和太鼓で大砲の音を真似ました。

ステージは順調に進み、カウントダウン曲です、となったら司会を務めてくれた人事部広報課長の元航空自衛隊OGの松尾さんが喋る喋る。
曲の解説が済んだと思ってぼくが指揮台に上がろうとすると、また喋る。
イライラして、クビを締めに行こうとしたら、小学校3年生からテニスのペアを組んでいたビオラ担当のカズが首を振ってやめさせようとするんです。時々目を閉じたりして止めろと合図を送ってくる。テニスはアイコンタクトで意思を確認しますからわかるんです。わかるけどね。
やっと喋り終えたなと思って指揮台に上がろうとすると、フランス公演にこの街のケーブルTV局が密着してドキュメントを制作したので、年明けに放送されます。ケーブルTV未加入の方は1月半ばに市民会館のこのステージで上映会を行いますと告知。
それってカウントダウン曲の後で良くないですか?

やっと喋り終えて、それでは、と言ってくれたので指揮台に上がり、さっさとタクトをあげました。

指揮者の譜面台にはアナログ式の電波時計があり、秒単位で正確に時間を刻んでくれるんです。それをチラチラ見ながらカウントダウン曲を振るんですが、そんな余裕は全くなし。
成功しか頭にはないですから。
テンポも正直どうでもいいの。
午前0時の時報ピッタリに曲が終われば悪魔に魂を売ってもいい。

最後に大砲(和太鼓)が鳴り、時報が午前0時を告げたら嬉しくなり、渾身のガッツポーズが自然に出ました。
ステージを端から端まで走りました。
過去10曲のカウントダウン曲の中で最高に嬉しかった。

アンコールを3曲演奏して、最後にフランスでも締めに演奏した「恋はみずいろ」と「オリーブの首飾り」のメドレーを終え、頭を下げて観客の拍手に答えたら、急に全身の力が抜けて。

ステージから次々と下手にやってくるメンバー1人1人とハイタッチを交わしたら、カズがいきなり抱きついてきて、しっかりと抱き合いました。
ぼくの持病の悪化でテニスは引退したから、しばらくカズと抱き合ったことはなかったけれど、最高のハグでした。

午前2時過ぎに市民会館から病院に戻り、居室のVIPルームで寝て、午前8時から勤務について、やっと自宅に帰ってきました。
明日午後6時から夜勤に入り、3日1日だけお休みをもらいます。

今年も箱根駅伝をリアルタイムで観ることができます。

青学を全力で応援しています。
原監督は同じ年齢で、昭和42年生まれの著名人が集まって、一緒にチャリティーショーをやる仲ですから。

今年のカウントダウン曲は何にしよう?


Ten years laters Affairsのタイトルは

ナポレオンにかけました。

とは言ってもわかりませんよね。

ぼくの永遠のヒーローである、アメリカドラマのエージェント、『0011/ナポレオン・ソロ』のエピソードタイトルが毎回なんとかかんとかAffairs(事件)なんで、1度ブログに使ってみたいと思い、使いました。

ノーマン・フェルトンプロデューサー、

無断使用です。

ごめんなさい。


ナポレオン・ソロと相棒のイリア・クリヤキンがいなければ、『あぶない刑事』の原案を書くことはできませんでした。

グランブルー・ドリームス・オーケストラ、フランス全公演を終えて、メンバーより三足以上早く帰国しました。
メンバーはフランス観光中です。
ぼくは絶対に外せないスケジュールがあり、観光はオミット。
ステージ裏から空港に直行しました。

全日本フィギュアスケート選手権。
4年に一度開催される、オリンピック日本代表の最終選考です。
もちろん、GPシリーズでの成績も加味されますが、最終選考ですから。

ここで選ばれた男女各3名が、来年2月にイタリアのミラノ・コルティナ冬季オリンピック日本代表になります。
ものすごい緊張感に包まれています。
ピーンと糸が張ったという言葉を理解することができます。
LINE交換をしていても、今は敵ですからね。

フランス土産にチョコを買ったんですが、坂本さんの口には一粒も入らず、全部中野コーチが食べてしまうという…。
箱をよく見るとベルギーチョコでした。
空港で急いで買うとね。
あるんですよ、こういうことが。

北海道の空港でも「帯広銘菓」を「札幌銘菓」と書いた包紙にくるんで売ると。「登別温泉銘菓わかさいも」も空港では「札幌銘菓」になってしまう。
厚かましいと言うか盗っ人猛々しいと言うか。

そんなわけで
坂本花織さんをちょっとだけサポートしています。
イタリアへ行きたいですから。
奥さんは同行しませんから、ブロンドのイタリアの女のコをナンパしたいし。
バンッエッタ・ジローラモさんに教わったんですよ、本場のナンパ術を。
彼も日本生活が長いですから、本当に使える技かどうかはやってみないとわかりません。
通用しなかったら、おごった銀座の寿司の会計を請求します。
なんて言いながら、どこのオリンピックに行っても、選手村のスタッフ宿舎から一歩も出ないんですけど。

メローニ首相をナンパしたら面白いだろうな。
愛の力で右側の思想を左に変える。
ねぇ。
G7サミットの時はハグに行ったトランプ大統領を
「離せ!エロジジイ」
と顔を背けて退治したけどね。
大丈夫。
トランプよりも若いから。

なんてことを言って坂本さんと鍵山くんを笑わせようと必死ですよ。
コルティナ後に坂本さんは引退、で、ぼくは鍵山くんのサポートに。
お父さんとフィギュアの同期で友だちだからね。
ってことは、ぼくにも優真くんくらいの子供がいてもおかしくないってこと?
想像できないんですけど。

契約は仮契約ですが済ませてあります。
「ギャラは安いんだけどね。そこは友だち割を適用してなんとか」
ahamoか。

Y!mobileはどんどん通信料を上げていくんだよ。
3GB以下しかギガを使わないならY!mobileがお得ですが。
iPhoneからAndroidに端末を替えたのよ。
iPhoneはセキュリティが脆弱だったから。
SIMロックを解除してahamoに乗り換えると家族で会議は終えたから。
ソフトバンクでんきからドコモでんきにして、ソフトバンク光もNTTに。

3GBじゃどうしても足りない。
ポケットWi-Fiも従量制で使うのをためらうし。

笑え!坂本

深刻な顔はオリンピックまで必要ない。

グランブルーの話は別の機会に。

グランブルー・ドリームス・オーケストラのフランス公演二ヶ所めニ公演を終えました


ナントという街からスタート。
フランス芸術発祥の街と呼ばれる都市です。
座席から身を乗りだすようにして真剣に聴いてくださる方々に恵まれて、先ずは大成功に初公演を終えました。

今回のフランス公演にはゲストとして、津軽三味線奏者二名と七弦琴(いわゆる和琴)三名、そして二名の日本人シャンソン歌手の方に参加してもらっています


シャンソン歌手の一人は紅白歌合戦に出演した、テレビでも活躍している三輪明宏さん。三輪ちゃまです。パリでコンサートを何度も開いている方ですから、フランスでも有名人。
もう一人の歌手は男性で内田喜郎さんと言います。元俳優さん。特撮映画ヲタクは内田喜郎さんと言えば思い当たると思いますが、大映に所属されていた方。一番有名な役名を桜井俊夫くんと言います。子役さん。

そうです。1965年(昭和40年)公開のガメラシリーズ第一作『大怪獣ガメラ』の二人目の主役の桜井俊夫少年。ミドリガメ(ミシシッピーアカミミガメ)を飼っていて、父親に捨てろと言われ、こっそり川に捨てました。そのカメがガメラになったかもと思い、ガメラを追い貨物船の荷物に潜り込んだり、ガメラ対策本部を訪ねたり、ガメラが破壊した灯台からガメラによって助けられてガメラの手に乗せられた少年です。今はシャンソン歌手に転向されて活躍されています




今回のコンサートは「序曲一八八九」という、フランスの英雄ナポレオン・ボナパルトを讃えた交響曲(曲中に何度も大砲の音がする曲で、今回はフランス陸軍の協力を得て空砲をステージで撃ってもらっています)をメインに、フランスの流行歌であるシャンソンに、日本では原田知世さんが「彼と彼女のソネット」として、大貫妙子さんの日本語詞を得てヒットした「トン・パパ」のインストヴァージョン(日本語詞はラブソングですが、原曲はフランスの抱える社会問題である離婚を子供の目線でえぐってフランスで大ヒットしました)に、日本では「アゲイン」というタイトルがつけられた、刑事ドラマ『Gメン'82(Gメン'75が土曜午後9時から日曜午後8時に放送が異動して'82となった)』のエンドテーマ曲で、フランスで大人気のピエール・ボルト・グランドオーケストラが演奏したインストルメンタルに、同じピエール・ボルト・グランドオーケストラの演奏で、日本テレビ系『金曜ロードショー』の旧テーマで、マキシム・トーランスという14歳の天才トランペッターの奏でるメロディーが切ない「フライデーナイトファンタジー」。そして七弦琴と津軽三味線をフィーチャーした箏曲を三曲に津軽三味線の名曲を三曲。

アンコールの後、これで最後の最後です。という意味で、フランスを代表し、日本でも大人気になったポール・モーリア・グランドオーケストラの名演奏で知られる「恋はみずいろ」と日本の手品の定番曲「オリーブの首飾り」のメドレーを演奏しました。このメドレーは、ポール・モーリアさんが最後の日本公演となった1992年の日本公演でも最後の最後に演奏した曲をさらに編成の大きなオーケストラ用にぼくがアレンジしました。


1995年1月17日に起きた阪神淡路大震災のチャリティーにいち早く立ち上がったポール・モーリアさんをリーダーとするフランスの人気オーケストラのリーダー4名によるユニット「フォー・フレンチメン」に対する感謝の意を伝えたくて演奏させていただきました。

アンコールの一曲に『ゴジラ』映画の音楽で有名な、北海道を代表する作曲家伊福部昭さんの曲でこのオーケストラの十八番である「オーケストラと和太鼓のためのロンド・イン・ブーレスク」(ロンド・イン・ブーレスクとはふざけた舞曲という意味)を。和太鼓が9分近く鳴りっぱなしで、和太鼓奏者がことごとく根を上げることで有名な楽曲で、ウチには元引きこもりの介護士がいて、彼一人で叩き切るという気合いの入った曲ですが、これがウケました。スタンディングオベーションです。その他に『ゴジラ−1.0』から、唯一ぼくが書いた(音楽監督は別の方ですが、伊福部昭先生の書いた楽曲だけは先生の遺言で、最後の弟子だったぼくだけがアレンジすることを許されたので)「組曲ゴジラ」


アメリカ以外でゴジラが知られているのか不安でしたが(イギリスでは亡きエリザベス女王が東宝特撮映画ファンで、割とウケました)、予想を裏切る人気でした。
七弦琴と津軽三味線はホールのロビーで観客をお見送りした時に、奏者が質問攻めに合うほど興味を持たれました。

さて、今は日本でもフランスワインの名産地として知られるボルドーでの公演を終え、EU議会のある、ドイツ国境の街ストラスバーグに移動するためにボルドーの空港にいます。

ストラスバーグでの公演を終えたら、いよいよパリの最終公演です。

「ポール・モーリア・グランドオーケストラの二代目リーダーが日本のアマチュアオーケストラを引き連れてフランスに乗り込んだ」と現地の新聞やニュースで報道されているようですが、ポール・モーリア・グランドオーケストラの二代目リーダーとして世界ツアーを回ったぼくが最後にポール・モーリア・グランドオーケストラを指揮したパリで、エマニュエル・マクロン大統領の出席の下で、最高の音を聴かせます。


学生時代に第二外国語の授業として受けていたフランス語に一層磨きをかけて、司会を担当してくれている、ぼくが勤務する病院の人事部兼広報担当の松尾さんに感謝致します。