国立大の前期試験が昨日終わりました。


うー、受かっていてくれ!


最近更新していなかったからといって、勉強に打ち込んでいたわけではないのですが。


それでも頑張ったので!どうか!


あとは祈るだけ

そしてその偽善さえ、驕りであることは言うまでもない。



人の悲しみを背負って生きていきたい?


「こっちは勝手にお前に背負われるような人生送ってませんよ」と。



わたしごときが背負えるような人生はこの世にないでしょう。


人の人生を背負えるような大きな人間でないことはわかっている。


だけど、そのために目の前の事柄から逃げ出すことも、また失礼極まりない。



背負うことは驕りでありながら義務だ。


背負うことは自由であることの対価として存在する。


赤子のときからすでに背負わされているのである。


この世にセイを受けたとき、自ら背負ったのである。



ヒトとは前を向いて歩くイキモノなのです。


こんなにゼンシンを前に向けて歩くイキモノが他にあるだろうか。


わたしがヒトとして生きるためには、前を向かなければならない。


ヒトとして生きたいのならば。

ぼくは人としてとても恵まれた環境にいます。


自由に勉強ができる。自由に遊べる。


慣れてくると、これがどれだけシアワセなことか忘れそうになります。



だからよく考える。


この世の中には、生まれた環境に恵まれず、


勉強さえさせてもらえない人。

遊ぶことができない人。

生きることさえ困難な人。


がいるということを。


人とは生まれもって平等でしょうか?



ぼくはこんな恵まれた環境にいながら、前進することもできずに立ち往生しています。


罰当たりな人間でしょう。


ひどいことに、こんなことも考えたことさえある。


「自分を逆境に置いて欲しかった」


何様なのでしょうか。わたしは悲しい。自分が醜い。



人の悲しみを背負って生きていきたい。


それがわかっているのに、できない。


最も悲しい人種。わたしは偽善者です。