意識的な部分ではもう気付かないところに追いやってしまった

ある残された空間に繋がるために

その人自身の生き方を振り返ることも必要な場合もあるかもしれません。


今回久しぶりに連絡があったその人の母親は信仰心厚い方です。

とても働き者でたくさんの自分の子供たちを守り抜いてきた 日本の母 という感じの人です。

その人の父親、すなわちこの母の夫は
昔のドラマにでも出てきそうな酒に溺れた方でした。

この 酒を飲んでしまうと人格が変わってしまう父親の影響で生活の基盤が何度か奪われてしまうという経験をされています。

そのためだったのか子供達と妻である母親は決して裕福でない環境の中でたくさんのご苦労をされてきました。

でも大切なのはお金だけではないと思わせてくれるほどの
子供達と母親の明るさは周りのものたちまでも

居心地のよい気持ちにさせてもらったものでした。

その明るい家庭の中になぜか
少しだけ気になる空間以外は

とても居心地良い環境のようにみえていました。

気になる空間は小さな一人はいれるぐらいの狭いところ…、
そんな空間でいつも一人ですごしていたその人達の父親の存在でした。

みんなの輪の中に入っていない空間でずっとお酒を飲んでいるその姿は昔の私には異常な風景のような感じだったことを覚えています。

・・・つづく


突然思うままに書いてみます。


ひとりの人から連絡が入っていました。


私は返事をしませんでした。


なぜならその人は自分の心のぽっかり空いた穴を埋めたいと思った時に思い出したように連絡をしてくるのです。


今まで一度もその連絡で会うという事もした事はありません。


今回は2年ぶりぐらいで連絡が入っていました。


アドレスから削除すると誰から来たのか分からなくなるのでまだ残しておいたのです。



その人は自分の居場所が、


ある頃から ない 虚しさを感じながら過ごしています。


家族はいつの頃からかののしりあうようになり、


自分の立場を主張しあうようになっていきます。


たくさんいた子供たちは出ていってしまい、


妻は夜の仕事に夢中になり朝方まで帰って来ない毎日になっていきました。


その人の両親は父親が亡くなってしばらくしてから、


残った母親にとって喧嘩の絶えない空気の良くないその家が嫌で


ひとり暮らしの方がましだと出ていってしまいました。



その人は周期的にその寂しさが耐えられなくなるようです。


私は親戚でもなければ妹でもないまったくの他人ですが

昔からその家族全員をよく知っている立場でしたので

余計な事を言わなくても全ての事情を知っている私に心を許したいと思っているようです。


ただ幸せになりたいと思ってその人はその人なりにがんばっていました。


それはその妻も子供たちも母親もみんなそう思いながらそれぞれの立場でがんばっていたのです。


・・・そう、私から見ていると皆さんとてもとてもがんばって過ごしていました。


その日その日を少しでも笑って暮らせるようにみんながとても仲良く過ごしていた時期がその家族にはしっかりあったのです。

その幸せがその頃は誰もがずっと続くものだと思って・・・。


人の心のスペースの中には過去にあった出来事が意識的であっても無意識であっても残っているようです。


今の生き方の中でその人自身がどの部分 (過去・現在・未来)に重きを置いて生きているかでそれぞれの空間量が違います。

この範囲は意識的なものでかなり変えていく事は出来ますが、無意識的な部分の影響というものがあると思います。


小さい頃から過ごしてきた生き方の中にその人自身が意識的な部分で忘れている空間があるのです。



つづく・・・

潜在意識にある自己中心的になり過ぎているかもしれない思考の人におとずれているものをみてみると、


周りに意識をすると、きっと解決しそうな事が出てきている場合があるような気がします。


でも誰もそんなに自己中心的すぎるなんて思っていないし、


いろんなしんどい事も明るく乗り切って、そしてがんばっているんだから何がよくないの?・・・


と今度は自分自身の正当評価を表に出しながらと、相手をみます。



じゃあなぜ堂々巡りになっている事があるの?


なんて思ったりもしますが・・・。



そんな人ほど主役だからめいっぱい自分のおちているところをあまり見せずに


がんばって、無意識に はって いるようですね。



どうしても主役を守りきるんじゃなくて、


一度その辛いストーリーのその人視点の主役のポジションから、


自分の近くにいる自分の事をわかってくれている存在の人を主役としてみて


身近な人の為に自分を脇役にしたままで、


よく見て相手を想い、願っていくと


元主役だった自分・・・というものが見えてくるかもしれません・・・。


だからこそ自分を脇役として周りをみたとき


そこにさりげなく当たり前のように実はとてもあったかい


本当の愛 っていうものを発見できるかもしれませんね。



ゆるして、ゆずって、ゆうことない   


 共存の関係っていうんでしょうか・・・



(言霊で 「ゆ」 は 物事の、根本を見分ける力がある…と言われています。)