空中携挙が
大艱難前なのか、
大艱難後なのか、
全世界で議論の的になっています。
しかし、聖書をべレアのユダヤ人
(使徒行伝 17:10‭-‬11
のようにしっかり読み調べると
空中携挙は、
大艱難前には来ないことが分かります。

さて兄弟たちよ。
わたしたちの
イエス・キリストの来臨と、 
わたしたちがみもとに
集められることとについて、
あなたがたにお願いすることがある。
テサロニケ人への第二の手紙 2:1 

この箇所から分かるように
来臨とみもとに
集められることとについては、
同時に起こることが分かります。
イエス・キリストも
そう預言しています。

そのとき、人の子のしるしが
天に現れるであろう。
またそのとき、地のすべての民族は嘆き、
そして力と大いなる栄光とをもって、 
人の子が天の雲に乗って来るのを、
人々は見るであろう。
 また、彼は大いなるラッパの音
共に御使たちをつかわして、
天のはてからはてに至るまで、
方からその選民を呼び集めるであろう。
マタイによる福音書 24:30‭-‬31 

空中携挙は、主の来臨の時の
大いなるラッパと共に起きます。
また、集められるのは
生きているクリスチャンだけでなく、
キリストにあって亡くなった
クリスチャンもです。

わたしたちは主の言葉によって言うが、
生きながらえて主の来臨の時まで
残るわたしたちが、
眠った人々より先になることは、
決してないであろう。
テサロニケ人への第一の手紙 4:15 

生きながらえて
主の来臨の時までと、
はっきり言っています。

すなわち、主ご自身が
天使のかしらの声と
神のラッパの鳴り響くうちに、
合図の声で、天から下ってこられる。
その時、キリストにあって死んだ人々が、
まず最初によみがえり、
 それから生き残っているわたしたちが、
彼らと共に雲に包まれて引き上げられ、
空中で主に会い、こうして、
いつも主と共にいるであろう。
テサロニケ人への第一の手紙 4:16‭-‬17 

同じ内容が他の手紙にもあります。

ここで、あなたがたに奥義を告げよう。
わたしたちすべては、
眠り続けるのではない。
終りのラッパの響きと共に、
またたく間に、一瞬にして変えられる。
 というのは、ラッパが響いて、
死人は朽ちない者によみがえらされ、
わたしたちは変えられるのである。
コリント人への第一の手紙 15:51‭-‬52 

そして、主の来臨は、
大艱難後です。

霊により、あるいは言葉により、
あるいはわたしたちから
出たという手紙によって、
主の日はすでにきたと
ふれまわる者があっても、
すぐさま心を動かされたり、
あわてたりしてはいけない。 
だれがどんな事をしても、
それにだまされてはならない。
まず背教のことが起り、不法の者、
すなわち、滅びの子が現れるにちがいない。
 彼は、すべて神と呼ばれたり
拝まれたりするものに反抗して立ち上がり、
自ら神の宮に座して、
自分は神だと宣言する。
 わたしがまだあなたがたの所にいた時、
これらの事をくり返して
言ったのを思い出さないのか。
 そして、あなたがたが知っているとおり、
彼が自分に定められた時になってから
現れるように、いま彼を
阻止しているものがある。
 不法の秘密の力が、
すでに働いているのである。
ただそれは、
いま阻止している者が
取り除かれる時までのことである。
 その時になると、不法の者が現れる。
この者を、主イエスは口の息をもって殺し、
来臨の輝きによって滅ぼすであろう。
テサロニケ人への第二の手紙 2:2‭-‬8 

パウロは、主の来臨の日は、
不法の者、滅びの者すなわち
反キリストが現れてからだと
言っています。
また、パウロは携挙と来臨について
騙されないように
忠告しています。
なぜなら、主の来臨と携挙が
反キリストが現れる前に
起こることは絶対にないからです。
つまり来臨と携挙は、
大艱難前には起きないということです。
ユーチューブなどにある
携挙の夢や幻の証の動画には
本当に注意してください。
キリストがもうすぐくるなどと言って
焦らせたり、怖がらせたり、
動揺させたりするからです。
聖書の重要性はまさにここにあります。
神は平和の神です。
人の心を動揺させるような
神ではありません。
確かに主の日は盗人のように来ます。
しかし目を覚ましていれば、
その人にとって、
盗人のようにくることはありません。
目を覚ましていなければ、
盗人のようにその日はきます。

もし目をさましていないなら、
わたしは盗人のように来るであろう。
どんな時にあなたのところに来るか、
あなたには決してわからない。
ヨハネの黙示録 3:3 

あなたがた自身がよく知っているとおり、
主の日は盗人が夜くるように来る。
 人々が平和だ無事だと
言っているその矢先に、
ちょうど妊婦に
産みの苦しみが臨むように、
突如として滅びが彼らをおそって来る。
そして、それからのがれることは
決してできない。
 しかし兄弟たちよ。
あなたがたは暗やみの中に
いないのだから、
その日が、盗人のように
あなたがたを不意に
襲うことはないであろう。 
あなたがたはみな光の子であり、
昼の子なのである。
わたしたちは、
夜の者でもやみの者でもない。
 だから、ほかの人々のように
眠っていないで、
目をさまして慎んでいよう。
テサロニケ人への第一の手紙 5:2‭-‬6 

目を覚ましていれば、
私達は主に信頼して平安を得ます。
焦ることも動揺することも
怖がることもありません。
ちなみに来臨と携挙が大艱難後に起こる
ということは、大艱難が始まってから
3年半後ということではありません。
なぜなら、大艱難は、
3年半未満だからです。
それは、キリストがすでに
預言したとおりです。

その時には、
世の初めから現在に至るまで、
かつてなく今後もないような
大きな患難が起るからである。 
もしその期間が縮められないなら、
救われる者はひとりもないであろう。
しかし、選民のためには、
その期間が縮められるであろう。
マタイによる福音書 24:21‭-‬22 

選民とは、
もちろんクリスチャンの事ですが、
大艱難の期間が私達の救いのために
縮められるとあります。
これは非常に大きなことです。
ですので、まさしく主の日は
盗人のようにきます。
目を覚ましていなければ
突如としてその瞬間は急にきます。
実際この主の日というのは、
本当に凄まじい恐ろしい日です。
キリストの救いを待ち望む人には、
喜びの日ですが、
そうでない人たちには、
滅びの日だからです。

それは、主イエスが炎の中で
力ある天使たちを率いて
天から現れる時に実現する。
 その時、主は神を認めない者たちや、
わたしたちの主イエスの福音に
聞き従わない者たちに報復し、
 そして、彼らは主のみ顔と
その力の栄光から退けられて、
永遠の滅びに至る刑罰を受けるであろう。
 その日に、イエスは下ってこられ、
聖徒たちの中であがめられ、
すべて信じる者たちの間で
驚嘆されるであろう
――わたしたちのこのあかしは、
あなたがたによって
信じられているのである。
テサロニケ人への第二の手紙 1:7‭-‬10 

実はイザヤ書にも
同じ事が預言されています。

見よ、主は火の中にあらわれて来られる。
 その車はつむじ風のようだ。 
激しい怒りをもってその憤りをもらし、
 火の炎をもって責められる。 
主は火をもって、またつるぎをもって、
 すべての人にさばきを行われる。
 主に殺される者は多い」。
イザヤ書 66:15‭-‬16 

主は言われる、
全地の人の三分の二は断たれて死に、
 三分の一は生き残る。
 わたしはこの三分の一を火の中に入れ、
 銀をふき分けるように、これをふき分け、
 金を精錬するように、これを精錬する。
 彼らはわたしの名を呼び、
わたしは彼らに答える。 
わたしは『彼らはわが民である』と言い、
 彼らは『主はわが神である』と言う」。
ゼカリヤ書 13:8‭-‬9

選民であるクリスチャンが
火の中で清められることに関して、
パウロも述べています。

すでにすえられている
土台以外のものをすえることは、
だれにもできない。
そして、この土台は
イエス・キリストである。 
この土台の上に、
だれかが金、銀、宝石、木、草、
または、わらを用いて建てるならば、 
それぞれの仕事は、
はっきりとわかってくる。
すなわち、かの日は火の中に現れて、
それを明らかにし、またその火は、
それぞれの仕事がどんなものであるかを、
ためすであろう。 
もしある人の建てた仕事がそのまま残れば、
その人は報酬を受けるが、 
その仕事が焼けてしまえば、
損失を被るであろう。
しかし彼自身は、火の中を
くぐってきた者のようにではあるが、
救われるであろう。 
コリント人への第一の手紙 3:11‭-‬15 

ペテロも主の日に関して触れています。

しかし、主の日は盗人のように襲って来る。
その日には、天は大音響をたてて消え去り、
天体は焼けてくずれ、
地とその上に造り出されたものも、
みな焼きつくされるであろう。
ペテロの第二の手紙 3:10 

キリスト再臨の預言は、
他にもまだあります。

わざわいなるかな、主の日を望む者よ、 
あなたがたは何ゆえ主の日を望むのか。
 これは暗くて光がない。
 人がししの前を逃れてもくまに出会い、 
また家にはいって、手を壁につけると、
 へびにかまれるようなものである。
 主の日は暗くて、光がなく、
 薄暗くて輝きがないではないか。
アモス書 5:18‭-‬20 

主の大いなる日は近い、 近づいて、
すみやかに来る。 主の日の声は耳にいたい。
 そこに、勇士もいたく叫ぶ。
その日は怒りの日、 なやみと苦しみの日、
 荒れ、また滅びる日、
 暗く、薄暗い日、 雲と黒雲の日、  
ラッパとときの声の日、
 堅固な町と高いやぐらを攻める日である。
 わたしは人々になやみを下して、
 盲人のように歩かせる。
 彼らが主に対して罪を犯したからである。 
彼らの血はちりのように流され、
 彼らの肉は糞土のように捨てられる。
 彼らの銀も金も、主の怒りの日には
彼らを救うことができない。 
全地は主のねたみの火にのまれる。
 主は地に住む人々を
たちまち滅ぼし尽される。
ゼパニヤ書 1:14‭-‬18 

あなたがたはシオンで ラッパを吹け。
 わが聖なる山で警報を吹きならせ。
 国の民はみな、ふるいわななけ。
 主の日が来るからである。
 それは近い。 これは暗く、薄暗い日、
 雲の群がるまっくらな日である。
 多くの強い民が 暗やみのように
もろもろの山をおおう。 
このようなことは
昔からあったことがなく、
 後の代々の年にも
再び起ることがないであろう。
ヨエル書 2:1‭-‬2 

地は彼らの前におののき、
天はふるい、 日も月も暗くなり、
星はその光を失う。
 主はその軍勢の前で声をあげられる。 
その軍隊は非常に多いからである。 
そのみ言葉をなし遂げる者は強い。
 主の日は大いにして、
はなはだ恐ろしいゆえ、
 だれがこれに耐えることができよう。
ヨエル書 2:10‭-‬11 

見よ、主の日が来る。
 残忍で、憤りと激しい怒りとをもって
この地を荒し、
 その中から罪びとを断ち滅ぼすために来る。
 天の星とその星座とはその光を放たず、
 太陽は出ても暗く、
 月はその光を輝かさない。
 わたしはその悪のために世を罰し、
 その不義のために悪い者を罰し、
 高ぶる者の誇をとどめ、
 あらぶる者の高慢を低くする。
わたしは人を精金よりも、 
オフルのこがねよりも少なくする。  
それゆえ、万軍の主の憤りにより、
 その激しい怒りの日に、
 天は震い、地は揺り動いて、
その所をはなれる。
イザヤ書 13:9‭-‬13 

万軍の主は言われる、
見よ、炉のように燃える日が来る。
その時すべて高ぶる者と、
悪を行う者とは、わらのようになる。
その来る日は、彼らを焼き尽して、
根も枝も残さない。
マラキ書 4:1 

もろもろの国よ、近づいて聞け。
 もろもろの民よ、耳を傾けよ。
 地とそれに満ちるもの、
 世界とそれから出るすべてのものよ、聞け。  
主はすべての国にむかって怒り、
 そのすべての軍勢にむかって憤り、
 彼らをことごとく滅ぼし、
 彼らをわたして、ほふらせられた。
 彼らは殺されて投げすてられ、
 その死体の悪臭は立ちのぼり、
 山々はその血で溶けて流れる。
 天の万象は衰え、 
もろもろの天は巻物のように巻かれ、
 その万象はぶどうの木から葉の落ちるように、 いちじくの木から葉の落ちるように落ちる。
イザヤ書 34:1‭-‬4 

このように凄まじい日です。
なぜその日に
天体が焼け崩れ、
巻物のように巻かれるのか。
お気づきだと思いますが、
キリストが炎の中から
天から下ってくるが故です。
その炎によって燃えつくされるからです。
この神の凄まじい怒りをクリスチャンは、
十字架の贖いとキリストの血によって
神と和解できたわけですから、
大胆にキリストの恵みと
聖なる霊の満たしと一致を願って
信仰の実を結びましょう。

キリストから皆様に
聖なる霊が溢れるばかりに
注がれることを主の名で祈ります。