今回は次回予告編とさせていただきます(笑)。
本当にすいません。怠け者ですので、このように縛りを入れて
おかないと、いつまでもやらないのです(苦笑)。
さて、次回は『ゴルゴ13』でとさせていただきます。
こちらも私のバイブル(漫画)でございます。
某国の総理の愛読書でもありましたね(爆笑)~。
では次回『ゴルゴ13』に関しての愚見を
いわせていただきます。
今回は次回予告編とさせていただきます(笑)。
本当にすいません。怠け者ですので、このように縛りを入れて
おかないと、いつまでもやらないのです(苦笑)。
さて、次回は『ゴルゴ13』でとさせていただきます。
こちらも私のバイブル(漫画)でございます。
某国の総理の愛読書でもありましたね(爆笑)~。
では次回『ゴルゴ13』に関しての愚見を
いわせていただきます。
今回、取り上げさせていただくのは『ゴッドファーザー』(1972)でございます。詳細はこちら をご覧下さい。以下はわたしなりのまとめでございます。
……ふ~、もうね、言葉が出ません。主役ドン・コルレオーネを演じたマーロン・ブランド、あんた「神」。何なの!この他を圧倒する存在感、重圧感、緊張感、凄すぎ。
マフィアのドンとは如何なるものであるかを、まさに表現、具現、体現しているわ。そしてマフィアのドンとしての冷酷な非情さと、家族の長としての暖かな愛情を、一人の男が当然のごとく備え持っていることに驚かされるわね。
対するマイケル・コルレオーネを演じたアル・パチーノ、ブランドに力負けせず、覚醒し自覚し成長した人間の凄みを心底感じさせられたわ。この一作で彼は「スター」として認識されたわね。
ドンの豪壮な屋敷の庭で、娘、コニー(タリア・シャイア)の結婚式から映画は始まる。ドンの影響力を物語る、様々な「業種」の友人たちが祝いの席を盛り上げる。
盛大な結婚式が行われている最中、ドンの書斎では友人からの「相談」や「頼みごと」に耳を傾けるドンの姿があった。有名・無名、貧富に関わらず、どんな者であれドンは公平に接し、助力につとめる。
その彼への報酬は、「友情の証」に『ドン』または『ゴッドファーザー』の尊称であり、そしてドンからの呼び出しには必ず応じる暗黙の了解。
これはね~一見、人情味があり頼りがいのある親父にみえるかもしれないけれどね、要はドンなりの人身掌握術の要諦なのよ。
ドンに頼みごとをする以上は彼の「勢力下」に入ることを自分自身で認めているわけね、そのことが彼への「ゴッドファーザー」の尊称。
そして人間、頼みごとをした以上は「お返し」をしなければならない。ましてやドンの勢力下に入る以上は、ドンからの要請に対しての拒否権はなく、それこそ「必ず」彼の意に沿うような「お返し」をしなければならないのよ。もうね~これに勝る、人を動かす術はないって(笑)……。
その結婚式には今は落ち目となったかつての人気歌手ジョニー・フォンティーン(アル・マルティーノ)の姿があった。彼はドンの名付け子の一人であり、今回ドンに「頼みごと」があったのだ。新作映画の主役になることで華々しいカムバックを狙っていた。
だが、ハリウッドの「皇帝」と称されるプロデューサー、ウォルツ(ジョン・マーレイ)は、彼に役を与えることを拒否している。金も、権力もあるそのプロデューサーには買収も、脅迫も通用しない。どうしたらよいのか……。話を聞いたドンはジョニーを叱咤激励したうえで、「頼みごと」に応じた。
ある朝、目覚めたウォルツは、ベッドの中で違和感に気づいた。シーツをめくると60万ドルもした愛馬であり競走馬の切断された首がそこにあった。驚愕のあまり絶叫するウォルツ。
……その後、ジョニーは新作映画の役を得た。
もうね~これは説明するのも野暮かもしれないけれど、彼はウォルツの「弱点・泣き所(愛するもの」を徹底的にリサーチしたのね。で、ただ直接的な脅迫をする芸のないやり方ではなく、間接的な脅迫をしたわけよ。
警備も万全な厩舎に侵入、ウォルツが最も愛している競走馬の首を切断し、これみよがしにウォルツのベッドに置く(もちろんウォルツ邸だって警備されてるし、ましてやウォルツ自身の寝室の中にまで侵入しているわけね)。
要は、今回はお前が愛しているものを殺した。お前を殺すことなどいつでも可能だ。我々の要求を拒めば次はお前だと言ってるわけね。怖すぎるわ(苦笑)……。
ある日、麻薬密売をしているソロッツォ(アル・レッティエーリ)が、ドンに「ビジネス」の話をしに来た。政界、警察等に顔の広いドンにコネの依頼をしたのだ。断るドンだったが、同席したドンの長男・ソニー(ジェームズ・カーン)が一瞬、話に「食い付いて」きた。
コルレオーネ・ファミリーの「亀裂」を見つけたソロッツォは、ドンを殺せば「ビジネス」の話は成立するものと考えた。
ある早冬の夕方、ドンは街角でオレンジを買った直後、ソロッツォの部下に数発の銃弾を浴びせられ重傷を負う。
こうしてコルレオーネ・ファミリー、ソロッツォを配下にもつタッタリア・ファミリー、そしてニューヨークの五大ファミリーまでも巻き込む抗争が始まった。
う~ん、ドンの長男ソニーに関して言うわね。ソニーは直情的行動力があり、腕っ節が強く情に熱い面がある一方、冷静沈着な狡猾なまでの判断力・自制力に欠ける面がある男なのよ。これは要するにドンの器ではないというわけね。
そして「ビジネス」の現場で自分の本音をさらけ出し、その事で相手につけいる隙を与えてしまう致命的なミスを犯してしまったわけよ。ソニーのこうした弱点は彼自身の破滅にいたる悲劇を呼ぶことになるのね。
ドンの末息子マイケル(アル・パチーノ)は第二次世界大戦で武勲を称えられた程の英雄だったが、「家業」にはまったく無関係だった。だが、ドンの狙撃をニュースで知った瞬間、家に戻った。
そしてドンの入院する病院で、二回目の襲撃を機転を利かせて防いだマイケル。
ここではドンの三男であるマイケルに関して言うわね。マイケルは当初、家業を継ぐことを嫌って家を出た、無関係の「堅気」だったのよ。でも、父親であるドンが狙撃され、否応なしにマフィアの抗争に巻き込まれてゆくのね。
そしてドンを守る、最初の行動を起こしたわけね。入院している部屋を誰にも言わずに取替える程の用心をしたうえで、無防備な状態のドンを護衛するため、あえて病院玄関に一晩中佇んで我が身をさらしヒットマンからの攻撃を防いだのよ。
とっさの機転でここまでやったことに後日のドンとしての片鱗がうかがえるわ。
ドンの自宅では、長男・ソニーが部下を指揮し、ドンの復讐をするべく行動を起こしていた。、一家の養子で顧問役のトム・ハーゲン(ロバート・デュヴァル)は、五大ファミリーとの全面戦争を避けようと必死に工作していた。……やがてソロッツォが一時的な停戦を申し入れてきた。状況を考えれば、いつかはソロッツォを殺さなければドンはまた暗殺される可能性があった。
マイケルがその役目を買ってでたが、ソロッツォ殺しは危険なうえに、失敗は許されない。だが彼はこの大役を見事に果たし、ドンの故郷であるシシリーへ身を隠した。
……この場面よ、マイケルがまさにドン・コルレオーネからのDNAが爆発したのは。それまではあくまでも「堅気」だったマイケルが、「傍観者」から「当事者」になった瞬間ね。
彼はドンをファミリーを守るためには、ソロッツォを殺さなければならない、そしてそれは「マフィア」として生きるための「覚悟」の表明でもあったのよ。狙撃するマイケルの心臓の鼓動までもが分かるような緊迫した瞬間よ。素晴らしいわ(爆笑)。
タッタリアとの闘いは熾烈をきわめ、ソニーは持ち前の衝動的な性格が災いして敵の罠に落ち、殺された。そんななかでドンの傷もいえ、和解が成立した。ドンにとっては大きな譲歩だが、マイケルを呼び戻し、一家を建て直すためだった。
ここはね~、ソニーの悲劇的な末路の場面よ。糞ったれヒモ亭主に殴られた妹コニーのために、コニー宅へ急行する激怒したソニー。彼を待ち受けていたのは高速道路の料金所での敵方のヒットマンによる壮絶なマシンガン攻撃。もちろんソニーは全身蜂の巣。
彼の妹に対する愛情を利用し、敵は妹の亭主を使って仕掛けた罠のわけよ。氷のような冷静に、裏の裏まで読まなければならない、狐のような狡猾さ、ネズミのような用心深さを要求される極限状況の中で、彼は自分の激情を抑えることができない生来の性格のため落命するのね。
一方、やっとの事で病が癒えたドンは長男ソニーの死に直面するのね。これが並みの人間、父親であれば激怒・悲嘆しその日のうちに復讐のため報復するところだけれど、ここからがまさに『ゴッドファーザー』たるゆえんなのね。
まず敵対するマフィア連中を含め、全米のマフィアのドンが出席する場を設ける。そして自らが「完全復活」を遂げたことを述べ、長男ソニー殺害の犯人追及をしないかわりに、シシリーに避難している三男マイケルがアメリカへ無事に帰還されることを強く「希望」するのよ。
この意味は万が一マイケルに何かあればコルネオーレファミリーを完全に敵にまわすという恫喝なのね。もちろん、ドンには誰がソニーを殺害したのか、その黒幕さえ分かっているわ。
でも今は、それを追求するよりも、無事にマイケルを帰還させ、彼にファミリーを継がせる事が重要なことと判断したのよ。そしてソニーの復讐はそのあとで「何があっても」やり遂げるわ、たとえ何十年かかっても(それこそがシシリー魂なのね 苦笑)……。
ここで言いたいのはこれこそが『ゴッドファーザー』たるものということ。息子が惨殺される程の深甚なショックを受けてさえ、怒りや悲しみに我を失わず、根本的・優先的にやるべきことは何かを考え実行に移す、強靭な精神力・行動力。
戦術的勝利(ソニーの復讐)ではなく、戦略的勝利(マイケルへ着実な組織継承を行うこと)を優先したわけね。
2年後、アメリカに帰ったマイケルは、ドンのあとを継ぎ、ボスの位置についた。ファミリーは縄張りを荒らされ、ゴッドファーザーの過去の栄光がかろうじて崩壊をくいとめているという状態だったが、マイケルの才能は少しずつ伸び始め、勢力を拡大しつつあった。
この期間、マイケルは「マフィア」とは、「ゴッドファーザー」とは如何なるものであるかをドンから叩き込まれたのね。オメルタの掟(服従と沈黙、マフィアの十戒、これに反した場合は凄まじい拷問を受け死ぬ)のもと、常に死を覚悟し、「家族を守り」、「友達を信じ」、自らの「帝国」を築くということ。
つまりマフィアのファミリーとは小さな国家ということなのね。その小さな国家の中ではドンは絶対的な「王」であり、国家権力や法律にも影響されず、オメルタの掟や己の倫理観・ルールにのみに従って生きてゆくということなのよ。
これ、ピンとこないかもしれなけれど要は、「国も法律もいらねーよ、俺らは俺らのルールだけで生きてゆくんだから邪魔するんじゃねえ、そしてそのルールを決めるのはドンである俺だけなんだよ」ってことね。……もう、何にも言えないわ(爆笑)。
ある日曜日の朝、孫と遊んでいたドンが急に倒れた。偉大なるゴッドファーザー、ドン・ビトー・コルレオーネは、多くの人々が悲しみにくれる中で安らかに死を迎えた。
しかしマイケルの天才的な頭脳で練られた計画によってライバルのボスたちは次々に殺され、その勢力は一向に衰えなかった。彼の横顔は冷たく尊大な力強さにあふれ、部下たちの礼をうけていた。“ドン・マイケル・ゴッドファーザー”
ドン・コルレオーネが亡くなってマイケルが真っ先にしたこと。敵はもちろん味方をも油断させ、身内にいる、敵に寝返った「スパイ」のあぶりだしを行ったのよ。敵を欺くには味方からというわけね。
その「スパイ」は長年、ドンに使えてきた右腕とも言うべき人物だったのだけれども、情け容赦なく「処刑」したのね(長年つとめてきた家族同様の人物であっても決して許さない マイケルの非情さ)。
そしてもちろんソニー殺害にからんだ、妹コニーの旦那も、一度は許すと見せかけ「黒幕」を吐かせたあとで「処刑」したわ(黒幕が誰なのか察してはいても確実に確かめたうえで、凄惨な処刑を行う マイケルの冷酷さ)。
あとは敵対するマフィアのドン達の動向を調べぬき油断した瞬間を見計らって一斉「殺戮」。徹底した見事な「仕事」よ。こうしたマイケルの「仕事」っぷりは、他のマフィアのドン達を心底震え上がらせたわ。
でもね、マイケルのこうしたやり方に一番ショックを受けたのは、妻であるケイ(ダイアン・キートン)ね。自分の愛したやさしい男が、とんでもない「怪物」になっていたことに気付いたのね。このことは、マイケルとケイの結婚生活に暗い影を落してゆくわ。
ある意味、悲劇よね。家族を、「ファミリー」を守るためにしたことが、愛する人に嫌悪され遠ざけられてしまうのよ。
……ファミリーのドンとなったマイケルは、後日、マフィアとして最大規模の「帝国」を築き、「皇帝」として君臨してゆくわ。マイケルの人間性や個人的幸せを代償にしてね……。
明と暗、静と動、非情・無情と愛情・友情のコントラストの素晴らしさ、ニーノ・ロータの曲が映画を引き締めているわ。何度見ても飽きない映画ね。この映画で男の生き様を学ぶのも良いかもしれないわね(笑)
……リーダーとは如何なるものであるか。そしてリーダーになりたくてもなれない男とリーダーにならざるをえない男の「違い」は何なのかを考えされられる映画ですね。
お久しぶりでございます。本当にお前はやる気があるのか(笑)、という頻度で、ブログをさせていただいております。
で、今回も久々なのに、恐縮ですが、次回予告編の「ご案内」をいたします(仰々しく、もったいぶって申し訳ありません)。
悪女映画ときたら、今度は悪党・アンチヒーロー映画でしょ、というわけで次回は『ゴッドファーザー』を取り上げさせていただこうかと存じます。
はい、私のバイブル(映画)の一つでございます。本当に素晴らしい映画です。何度見ても見飽きません。見るたびに何か新しい発見があります。
……では、次回に私の『ゴッドファーザー』に対する愚見を述べさせて頂きます。
しばらくご無沙汰しております。お久しぶりでございます(苦笑)
さて今回は次のテーマに移る前に多少グダグダと愚論をこぼさせていただきたいと思います。以下はあくまでも私なりの「愚考」ですのでご承知ください。
ごくごく最近に、K・Kという、まあ一口で言えばお世辞にも美人とは言えず、よく言えばふくよか、悪く言えばデブ(失礼)、そして決して若くもないという女性が、何人もの男性を手玉にとり、多額の金品を貢がせた挙句、そのうちの何人かは自殺に見せかけ殺したとみなされた事件がありました。現在も係争中の事件であり(一審は有罪)、おそらく最高裁まで上告されるかと思われます。
まあ、世間の方々(特に男性)は、何故こんなババアのデブ○が、何人もの男を手玉にとることが出来たのかと、不審がられていました。しかし、それは表面的な見方であり、女性側、特にプロ(水商売)の方から見れば、覚悟とやり方次第では、「可能」であり、不思議でも何でもなく当然の「仕事」であり、むしろ「下手」を打った女とみなされています。
何故、「可能」かといえば、一口にいえば彼女は自分の立場を明確に認識しており、それどころかそれを逆手にとり、その上でターゲットをしぼり、目的に向かって徹底してやったまでのことだからです。
彼女は、まず自分が決して美人でもスタイル抜群でもなく、若くもないことを分かっていました。そして世間には「デブ専」、「ブス専」、「フケ専」という、極少数ではありますが絶対的な「マニア」が存在します。まずはそちらへ、ターゲットをしぼりました……。
でもね、根本的かつ最終的なターゲットは「コミュニケーション能力のない男性」なのです。
本当にお気の毒ではありますが、被害者の方々の共通点はまさにそれなのです。年齢、職業を問わず、彼らには一様にその能力に欠けていたのではないか、だからこそ彼女の「獲物」になったのかと思われます(すいません、被害者の方々を誹謗中傷する気はまったくございません。あくまでも愚見です)。
考えてもみてください。たとえどんなデブ○でも好意をよせられ、徹底的に奉仕してもらえれば(100%演技ではあるが)、女性に縁のなかった男性なら決して悪い気はしないでしょう。デブ○だけどまあ、いいか、となります。
方法は、時代の武器であるインターネットを使い、「婚活サイト」で、結婚相手を探すというやり方です。結婚というビジネス(!?)は究極の「水商売」です(苦笑)。
さらに、あざといことに、その婚活サイトの紹介欄に(結婚に至らない場合であっても)交際期間中にずばりSEX可としていました。ここまではっきりとOKサインをだされれば、「交際だけ」でも考える男性はいるでしょうね(苦笑)。
それこそ、相手を探せない、恵まれない人たちにとっては、わらにもすがる最終手段です(苦笑)。ですから相手を必死に探す人々であればあるほど「ひっかかりやすい」のです。
次に、段取りです。まず、「獲物」の資産・給与の有無・金額を調べます。そして資産・給与が少ない場合は金品を貢ぐ可能性を確認し計算した上で、行動に移していました。
あくまでも生活費、学費、という名目で、貢がせる金額の多少を決め貢がせます。そしておそらくは己自身の「好み(?)」によって、SEXの有無を決めていたのではないかと考えられます。
貢がせる金額の少→多の複数回搾取、もしくは多の一発勝負(笑)は、天性のカンと計算なのでしょうね。巧妙なSEXと徹底的な奉仕で、世間知のない男性であれば、彼女に溺れてゆくかと思われます。
まあ、話はそれますが彼女の趣味の一つにお菓子作り(料理、すなわち食欲)があります。これは男性を陥す手段では侮れないと思います。そして究極的手段として、彼女には援助交際をしていた過去(SEX、ずばり性欲)があります。この人間、男性の根本的本能を的確に付けば、外見がどうであろうと、(ある程度の男性は)陥せます。
また面白いのは金のないイケメンを「セフレ」として長期間交際していたことであり、また「道具」を使わないのが正統なセックス(苦笑)で、尚且つ自分は「名器」の持ち主だと豪語(爆笑)していた」ことです。
そして高級マンションに住み、贅沢な暮らしぶり、高額な洋菓子スクール、高級な室内犬……貢がせたお金はそうやって消えてゆきました。
話を元に戻すと、そこまでは結婚詐欺師としては凄腕でした(事の善悪はともかく)。が、致命的誤りを犯しました。すなわち殺人です(と、いう疑いが現在問われています)。
結婚詐欺に基づく金品の詐取も、もちろん犯罪です。ですが、殺人は次元が違います。この犯罪を犯さずにうまく対処出来なかった点に彼女の甘さがあります。
と、いうかさらに突っ込んで言えば結婚詐欺をするまでもなく、援助交際を上がった時点で、「己自身の女」を武器にした商売の限界を悟り、次のステップを踏み出すべきでした。
具体的に言えば、「結婚」か、「経営者の立場」での水商売か、水商売をベースにした「人脈ビジネス」です。「己自身の女」を武器にした商売ができるのはごく短期間です。問題はその「次」なのです。それが彼女には分かっていなかったのではないかと思われます。
どうしても「己自身の女」を武器にしたければ「全身整形」、「ダイエット・豊乳・美肌」、「アンチエイジング」徹底的に行う覚悟で、若く美しい女をライバルにして日々鍛錬しなければなりません。それはそれでキツイですね~。
例えれば、あの○姉妹をみればご理解いただけるかと思われます(ちなみに、いつかはあの○姉妹をとりあげてみたいと思います 苦笑)。
犯罪を犯さないでもすむだけの緻密で遠大な計画の立て方、そしてそれを淡々と実行する力、あらゆる層への人脈作り、自己管理能力、または、犯罪がバレた場合の保険のかけ方、裏人脈への根回しや、危機管理能力が、両方必要ですね(って何を言ってるんだか 苦笑)。
で、長々・だらだらと述べてきた私が何がいいたいかと申しますと、犯罪を犯すことなく、その場その時の自分の立ち位置を明確にし、ターゲット(目的)を定め、戦略・戦術を立てよ、ということなのです。
そしてさらに重要なことは、私たちが生きてゆくうえで根本的・致命的能力は、学歴・経歴ではなく、コミュニケーション能力、さらにいえば交渉能力の有無なのです。
これこそが、生きてゆく上での最高・最強の武器であり、これなくして生きられないとまで考えております。その根底には危機管理能力・自己管理能力も当然必須ですね……。
……以上、伏線にもならないお粗末な愚見を述べさせていただきました。で、今回、私が本当に言いたかったことはですね、まったく話は変わりますが、本当にまったく変わりますが(……今までの話は何だったのだろうか 苦笑)、政治家の皆様、自国民をうまく「たらしこめる」ほどの戦略、戦術、危機管理能力(戦争、天災、人災)、交渉能力(防衛・外交)をもっと持てよ(怒)~と、心底思わされる今日この頃でございます。国民を引きつけるのも、のせるのも、使いこなすのも全て下手。
あまりにもヘタレ過ぎ、視野の浅さ狭さ、実行能力の無さ、目にあまります。売国やるにしても、利権獲得(利益誘導)にしても、革命にしても、保守本流にしてもバレバレすぎ(苦笑)。
まず自分(自国)の立場が分かっていない。相手にするべき者(国家)、相手にしてはいけない者(国家)が分かっていない。相手(国)が嫌がること、怖がる事を徹底的にリサーチし実行できていない。で、外国なり自国の反対勢力から、脅しをかけられたり利益誘導をされるとコロッと意見・行動を変える。
と、いうか今現時点で何をやるべきなのか、何をやってはいけないのかが分かっていない。平時も有事も同じように対応しようとする……。
もうね、出来てない事が無数にありすぎて書けないほどです(笑)。
政治家なんて、良くも悪くも常人が出来る仕事ではありません。むしろバリバリの悪党でないとできないでしょうね(キッパリ)。人をたらしこめるだけの弁舌、何が何でも目立って、のし上がってゆけるだけのパワー、どんな奴とでも(たとえはらわたが煮えくり返るほど嫌いな相手でも)にっこり笑って付き合える図太さ、そして人を従える力。
で、ひたすら己の利潤追求と勢力拡大を図る。二枚舌三枚舌で公共の利益をうたいながら自己の利権を確保するしたたかさ、自己の「信者」を増やすべく勢力拡大をし、いつのまにか自己の主張を大多数の意見とする凄み(政治は数、数は力、力はカネ by田中角栄?)。
こんな事、善人が出来るわけないって(苦笑)。というか「大」犯罪者じゃないと出来ないって(笑)。
今の時代求められているのは「無能な善人」ではなく、「有能な悪党」なのです。織田信長しかり、坂本竜馬(?)しかり、田中角栄(!)しかり。彼らのような人物を望むのは無理かもしれませんが、せめて片鱗でもあればなあ~と思うのは私だけなのかしら?……。
は~脈略も無い文章ですいませんでした。
さて、ここしばらくの間、『悪女映画』に関して取り上げさせていただきました。
何だかですね~、やっていることはもちろん悪いことなんですが、ある種すがすがしさを感じてました。
彼女らは皆(一部違う女もいるが 笑)、自分が悪い女であること、自分が悪いことをやっていることを「自覚」しているんですね。そして他人にどう思われようが、どういう結果になろうが腹をくくって生きてます。
さらに、そうせずにはいられないか、そうすることが当たり前か、楽しみとしてか、仕事(?)としてやってます。いいですね(笑)~。
皆一様に男をたらしこめるだけの美貌・肉体的魅力があるのはもちろんですが、やはり頭脳、実行力、胆力に、悪女としてのレベルに違いがありますね(笑)~。 以下は私なりのまとめでございます(笑)。
『危険な情事』のアレックス・フォレストは、自分の感情だけに突っ走って破滅してしまった(退治されてしまった 苦笑)即クビ社員レベル。遊びと本気の違いすら分からずにストーキングするようでは、悪女ではなくただの○○○○ですな。う~ん、一度精神科に行ってみれば。
『けものみち』の成沢民子は、最初は被害者的立場だったのが、加害者になり、悪女となった、平社員レベル。自分自身、周りの状況、やるべきこと(やってはいけないこと)が分かってないんだね。フツーの女の幸せはあきらめなきゃ。
『氷の微笑』のキャサリン・トラメルは、趣味の世界に没頭する、主任レベル。楽しみでやっているのは分かるんだが、一体何が目的なのか、そもそも動機は何なのかが不明。氷の微笑2が酷すぎるのはそれが原因のひとつかも(苦笑)。
『黒蜥蜴』の緑川夫人も同様に、己の美意識に生きる、主任レベル。凡人には理解不能の世界観があるのは分かるんだが、あんたは本当は何がやりたかったの? その前に自分自身をもっと客観視してみれば! と言いたい。
『疑惑』の鬼塚球磨子は、本能・本性で生きる典型的悪女で、係長レベル。悪女としてしか生きられないのはいいんだが、もう少し度胸をすえて「大仕事」しなよ(笑)と言いたい。それにはもっと「計画的に」、「計算して」、行動してね(苦笑)。
『黒革の手帖』の原口元子は、目標・目的を持って行動するのはいいんだが、そのやり方がいまいちで、知恵を絞る必要がある、課長レベル。銀座ママに「なること」が目標なのか、銀座ママで「ありつづける」ことが目標なのかを考えて行動すべき。
『わるいやつら』の槇村隆子は、目的・目標があり、やり方もいい線いっているんだが、手を広げすぎて詰めが甘い、部長レベル。使える男、捨てる男を見極めるのはもちろん、甘く見ても大丈夫かどうか考えて切らなきゃね(苦笑)。
『銀河鉄道999』のメーテルは、オールマイティーな割りには自己評価が低い、専務レベル。もっと早く「覚悟」を決めれば苦しまず、悪事を行うこともなく、自分自身が「女王」になれる程の女なのにね。
『情婦』のクリスチーネ・ヴォールは、治世の能臣、乱世の姦雄タイプ。つまり善にも悪にも強い、社長レベル。情念をコントロールすることが出来れば最強。でもそれが彼女の魅力でもあるんだが。
『極道の妻たち』の粟津環は、最強のカリスマタイプ。女はもちろん男も従える、会長レベル。総理大臣やらしても務まるかもしれない(爆笑)。もはや悪女の枠を完全に超えてます(笑)。
……以上でございました。尚、あくまでもわたくしなりの考えでございます。ご了承ください(苦笑)。
今回取り上げさせていただくのは『情婦』(1957)です。詳細はこちら
をご参照下さい。以下は私なりのまとめでございます。
さすが世界的名女優・マレーネ・ディートリッヒです。女優魂、魅せてくれます。ここまでやってのけるのはさすがとしかいいようがありません。一人二役がこの映画のキモですので見破られた時点でアウトですが、絶対分かりませんって(笑)。SFXなみの変装、メイクであり、喋りも、態度も同一人物とは思えない程の変貌です。
何よりも登場した瞬間から何ともいえないオーラがあるんですわ、ああこれが大スターなんだなと納得しました。凄みのある美貌、ドスのきいた声、堂々とした態度、当時56歳とは思えない若さ、脚線美に驚嘆です。
今から55年も前の映画であり、白黒ですが、法廷映画の傑作です。ストーリー、脚本、キャラ、心理描写に卓越しています。ビリー・ワイルダー監督いい仕事してます。
退院したばかりの老弁護士・ウィルフリッド卿(チャールズ・ロートン)は有能・有名な法廷弁護士。
病み上がりということもあって、酒・タバコ・刑事事件も引き受けてはならず、おまけに口うるさい(だが有能な)看護婦ミス・プリムソル(エルザ・ランチェスター)が付き添うのにんざりぎみ。
そんな中、友人の弁護士が依頼人を連れてきた。断るつもりだったが段々事件に興味を持ち始める。
依頼人の名はレナード・ヴォール(タイロン・パワー)で、発明技術者。知人の裕福な未亡人が殺され、彼に嫌疑がかかった。無実を証明する証人は彼の妻クリスチーネ(マレーネ・ディートリッヒ)ただ一人。
レナードの話を聞いたウィルフリッド卿は通常、法廷では、嫌疑者の妻の証言は信用されない、他に証人を探すか、または殺人を犯す動機のない事を主張するしかないと説明する。
レナードは、未亡人に、自分の発明品に投資してほしいと希望していたので殺すはずはないと言う。だが、新聞で未亡人の全財産が彼に相続される旨の記事が出て、極めて不利な状況になる。そしてレナードは逮捕された。
彼の逮捕直後、妻・クリスチーネも弁護の依頼に現れた。レナードのアリバイを証言すると約束するもその態度に釈然としないものを感じたウィルフリッド卿。周囲の心配や看護婦の猛烈な反対を押しきり、ともかく事件の弁護を引き受ける決意をした。
裁判は始まり、被告に不利な状況ながらも有能なウィルフリッド卿は弁護士としての技を駆使し、有罪・無罪つきかねる展開となる。
そんな際に、妻・クリスチーネが検察側の証人として登場。そもそもレナードとのなれそめは、戦時中ドイツに進駐し一兵士として、元女優であったクリスチーネを助けたことから結ばれた。だが彼女自身には前夫がいるため、レナードとの結婚は重婚であり認められない。
その旨を述べた後、事件当日のアリバイを否定、レナードからの偽証の依頼、そしてレナードの未亡人殺しの告白、といった驚くべき証言をする。裁判所中が驚愕。レナードの有罪は確定か?何故、夫に不利な証言をあえて行うのか?困惑するウィルフリッド卿。
その晩、ウィルフリッド卿に謎の中年女性から電話がかかってきた。彼女はクリスチーネの秘密を知っていてその証拠が「手紙」だという。それはクリスチーネから愛人への手紙であり、夫レナードに殺人の罪を着せた上で、愛人と結婚するといった内容だった。その手紙を女から買うウィルフリッド卿。
そして、その「証拠」をもとに、一発大逆転、レナードの無罪を勝ち取り、クリスチーネは偽証罪に問われることになった。
無罪を勝ち取り、見事に勝利したウィルフリッド卿だが、あまりにも出来すぎた展開に不審なものを感じた。そして彼の前に現れたクリスチーネが衝撃の告白をする。
夫レナードは未亡人を殺し、妻である自分に助けを求めた。
だが、妻の証言だけでは彼は有罪になってしまう。それならば、妻を悪者にし、あえて逆の証言を行うことで彼の無実を証明するしかない。
妻の非を暴いた謎の女こそ、妻自身が演じた一人二役だったのだ。レナードを愛すればこそ、ここまでやってのけた。また「一事不再理」により、今回無実となったレナードは二度とこの事件で裁かれることはないと話す。
驚き、怒るウィルフリッド卿、そしてレナード自身も現れ、妻の「名演技」に感謝すると言った。その最中に、若い黒髪の女が現れレナードと抱擁する。レナードは新しい愛人であると皆の前で説明し、彼女と共に去ろうとする。
ショックを受けたクリスチーネだったが一瞬のうちに覚悟を決め、ナイフでレナードを刺殺する。警官に殺人現行犯として連行されるクリスチーナ……。
一部始終を目撃していた看護婦ミス・プリムソルはクリスチーネの弁護をウィルフリッド卿に求める。苦笑し納得するウィルフリッド卿だった……。
……見終えた瞬間、クリスチーネあんた本当に凄いわ~と思いました。と、いうか完全に自己完結してるわ、あんな最低クズ旦那、マジに要らないって(苦笑)。まあね、傍から見れば、「馬鹿な女」だという意見もあるでしょうが、彼女は男を「徹底的に」愛するがゆえにやったことなのよ。だから「やったこと」自体に悔いはないはず。
「ここまでやるか」なのか、「ここまでやる必要はあったのか」なのか、「ここまでやってこのザマか」……など、多々見方、考え方はあるでしょうが、まあ一番の悲劇は、旦那が、クリスチーネの愛情に値する男ではなかったことでしょうね(苦笑)~。
あんな大芝居まで打つほどの知恵と度胸と行動力があるのなら、何でもっと男を見る目を養わなかったんだよ~と言いたいですわ。
戦時中のドイツから助け出してくれた事にものすごく感謝したんだろうが、一緒に生活すれば生活能力のない、女好きの、女たらしであることはすぐに分かった筈、その時点でこの男と別れる判断しなきゃ駄目でしょ(苦笑)。あんた程の「極妻並みに」腹の据わった美女なら、男はいくらでもわいてくるって(笑)。
と、いうか未亡人殺しちゃったから母ちゃん何とかしてくれ~と、泣きつかれた時点で、「この男、本当に終わってるわ」、「婆さんひとり、満足にたらしこんで、金ひっぱれないのかよ」、「仕方ねぇな~ もっと稼ぎのいい女たらし見つけなきゃ」と完全に見切りつけて切らなきゃ(苦笑)。
まあ、おそらく駄目な男ほど愛しくなって、窮地に立たされれば立たされるほど、自分が助けなきゃと義侠心だしたんだろうね~。情と母性本能の強い、出来る女にありがちなパターンだが……。
でも、最後に刺したのは「良くやった」と褒めてあげたい(爆笑)、あそこで旦那に若い女連れで逃げられたら、あんた末代まで怨念の塊となって悪霊となったに違いないからね。刺し殺して悔いなし、当然ですな(笑)。
はい、次はレナードです。タイロン・パワー、セックスアピールパワーありますね(笑)。人間としては最悪で、男としては最低です(笑)。
ただ、彼には少なくとも、「女をたらしこむ」才能があります。おそらく、いつでもどこでも獲物を探し、ものにすることに余念がなかったんでしょうね。と、いうかそれこそが彼の「仕事」であり、「生きがい」だったのではないかと思われます。
ところで、クリスチーネが自分のためにあそこまでやってくれても「ふ~ん、戦時中のドイツから自分の妻として脱出させてあげた恩があるから、当然じゃん、もちろん報酬はやるよ、じゃ、あばよ」と言い捨てて新しい愛人と共に去ろうとしたシーンにある種のすがすがしさを感じました(苦笑)。
彼にとってはクリスチーネも、殺した未亡人も、新しい愛人も同じなのです。その時、その時に自分の欲求(性欲、金銭欲)を満たしてくれる相手なら誰でも良いのですな。そして飽きるか、目的を果たしたら、捨てる(別れる)だけなのですね~。なんてシンプルな馬鹿男なんでしょう(冷笑)。
ただね、もしクリスチーネが本当に自分を見捨てて死刑になったらどうなったのか考えてはみたのでしょうか?おそらく考えなかったでしょうね(笑)、それほどまでにクリスチーネを信じ、頼り、救ってもらいながら、あっさり捨てようとしたところにどうしようもないクズっぷりを感じます(嘲笑)。
まあ、電気椅子(縛り首か?)から逃れても、刺殺されたという結末にも、「ふ~ん、当然じゃん じゃ、あばよ」で終了ですな(爆笑)。
最後に古狸じゃなかった、チャールズ・ロートン演じるウィルフリッド卿です。最初は病み上がりのとぼけた爺弁護士として登場しますが、この爺、看護婦のおばちゃんと、四六始終かけあい漫才をやる余裕があります(笑)。
また、自分の鼻眼鏡に乱反射させて、依頼人の顔に光をあて、虚実を見抜く技を披露しますが、「完全に」外します(笑)。と、いうか今のは、もしかしてボケかましただけなの?と誰か突っ込みいれなきゃ(爆笑)。
それはともかく圧倒的に不利な状況にある依頼人を見放さずに弁護を引き受けるところは弁護士魂を感じました(自分も病み上がりで体調に自信がないにもかかわらず)。
そして長年法廷弁護士をしているだけあって、不利な状況でも決して「負け」ません。じりじりと「勝ち」を得ようと弁護士としての技量を発揮します。のほほんとしているように見えて検察側の証人の粗を見逃しません。爺、侮れません(苦笑)。
ただ、クリスチーネという最強の「検察側の証人」には手こずりました。彼女が何故、夫に不利な証言を行うのか、その真意は何か、さすがの爺も最後まで読みきれませんでした。
で、謎の女から情報提供を受けた際も100%ガセネタ承知で会いに行きます。依頼人の命を救うためなら何でもやってのける根性があるんですね~。
が、無罪判決を得ても、釈然とせず憮然としている点にやはりプロフェッショナルの凄みを感じました。本能が告げていたんですね~、何か裏があると。
そして驚き怒りながらもクリスチーネの告白を聞きます。最後に、レナードを刺殺したクリスチーネを、「旦那を殺した」のではなく「旦那を処刑した」のだと、みなす度量があります。爺、クリスチーネが「何故」刺したのか、完全に理解していたんだね(笑)~。
ラストのシーンで、普段は養生にうるさい看護婦のおばちゃんの「あんた、当然クリスチーネの弁護引き受けるんだよね?」に納得する爺。おばちゃん、あんたも分かってるんだね(笑)~と、心温まるエンディングでした。
……愛すればこそ大芝居をうち偽証罪になってでも男を救い、愛すればこそ男を殺した、凄い女を名女優マレーネ・ディートリッヒが演じきった映画です。
さて、今回取り上げさせて頂くのは『銀河鉄道999』(TV版)でございます。詳細はこちら
をご参照下さい。以下は私なりのまとめでございます。
メーテルとは一体何だったのか?これこそが銀河鉄道999の魅力でしょうね。
はっきりいってやってることは極悪非道です(苦笑)。『母プロメシュームの命により「機械化惑星を強化する部品とすべく、鉄郎を始めとする数多くの意思強固な青少年たちを集める」という役目を担っていた』(ウィキペディアから引用)。
……ってあんた要するに「人さらい」で「人殺し」じゃん(笑)
『だが、それは同時に父親のバンによる「機械化惑星を破壊すべく、多数の同志をその中心部へ送り込む」という作戦のための行動でもあった。この相反する2つの目的を同時に背負いながら鉄郎と旅をしている』(ウィキペディアから引用)。
……う~ん。どうしようもない親を持った娘の悲劇・苦悩だわね~。
で、最終的には母親を惑星ごと破壊するという凄まじい裏切り(征伐ともいう 苦笑)を行うんですな。まあ夫婦のいざこざ(もはや宇宙レベルのいざこざ 爆笑)のツケを娘が払うという、とんでもないストーリー。もうね、メーテルあんたいろんな意味で「業」を背負いすぎ……(苦笑)。
それはともかく、終着駅(惑星)に辿り着くまでに、鉄郎と旅するメーテルってまさに『理想の女』なんですわ。
最初の登場シーンから母親を亡くしたばかりの鉄郎の前に母そっくりの美女(宇宙一の美貌と称される!)として現れる。
もうね~鉄郎じゃなくっても男なら食い付くって(笑)。
で、「無料で機械の体を手に入れることが出来る星まで、同乗するなら」という条件で銀河鉄道999のフリーパスを与える話を持ちかける。フツー「タダ」という単語が出た時点でそんなうまい話あるわけねーだろ(笑)という突っ込みが出来るほど世間を知らない鉄郎少年はまんまと乗ってしまう。
メーテル相手をしっかり見て「つかみ」に入ってます(笑)。
そして、さまざまな星で人間の愚かさや、醜さ、弱さ、孤独、経済格差や弱肉強食の世の不条理・不合理さを味わいながらも、「男」として成長してゆく鉄郎をメーテルは落ち着いて静かに見守っています。
当初、鉄郎は母親の「機械の体を得て長生きして」を遺言として重きを置いていましたが、段々「終着駅までは一緒に行く」というメーテルとの約束を何が何でも果たそうとします。
まあね、様々な困難に遭遇する鉄郎を「目的」はともかく、庇ったり、助けたり、叱咤激励しながら導いてゆく姿(もはや母親の域)を見れば完璧鉄郎は惚れるわ(笑)。メーテルを逆に守ろうとするわ(笑)。
しかもダントツぶっちぎりの宇宙一の美貌・肉体、頭も切れ、器もあり、銃や鞭使いの名手。普段は物静かで控えめ、暖かく包み込むような雰囲気、だが言うべきことはビシッといい、やるべきことはバシッとやる女。 と、いうかこんな完璧な女いないって(苦笑)。メーテル相手をしっかり「つかんで」ます(笑)。
だが終着駅に近づくにつれてメーテルの葛藤が深まります。
このまま、母親に鉄郎を引き渡せば任務完了だが……、鉄郎いい奴だし、自分に惚れてるし、自分も好きになりかかってるし(?)、さあ、どうするべ。
で、ぐだぐだ悩みながらもともかく、鉄郎と一緒に母親の元へ行きます。母・プロメシュームは言葉巧みに鉄郎に「機械の体」になることを持ちかけます(実際は惑星の機械の部品の一部になることだが……)。
ですが、終着駅(星)に辿り着くまでに様々な「経験」をし、「学習」をした鉄郎は果たして本当に機械の体を得ることが幸せなのか考えます。そして結局、「限りある命の大切さ」に気づき、機械の体になることを拒否します。
プロメシュームはもちろん激怒し、鉄郎を殺そうとしますが、メーテルは今までの若者たちとは違う、鉄郎の「勇気・信念」に打たれ、彼を助けます。
でも、さすがに母親を一思いに殺すことはできないメーテルに代わって鉄郎がプロメシュームを倒します。というか、こんな事(鉄郎を助けたこと、尚、今までの若者は助けず見殺しにしていたのか?)がきっかけで母親を倒すぐらいなら、何故もっと早い時期に覚悟を決めてやろうとしなかったのか。やはり母親を愛していたから切るに切れなかったのか。
最後に、「男」として立派に成長した鉄郎を見て、自分がいなくても大丈夫だとメーテルは悟ります。そして鉄郎に「別れのキス」をし、999の車両に置手紙を残し、自分は別の銀河鉄道に乗り去ってゆきます。
メーテル、完全に見切ってます。「自分(相手)自身)」を、「自分(相手)の状況」を、そして「自分(相手)のやるべきこと」を……。本当に見事な女ですね。
……子供の頃に見た時とは違って、大人になって見るとまた違った味わいがありますね(ちなみにメーテル役の声優・池田昌子さんの声がいいんだわ~ 本当に惚れ惚れ聞きほれる美声 笑)。
メーテルがこの時、あの時、何故こんな事を言ったのか、あんな事をやったのかを考えながら見ると感慨深いものがあります。二重、三重の意味があったんですね(苦笑)~。あんた本当に悪い女だわ(笑)~。でも母親に逆らえず苦しかったんだね~。そして普段の黒尽くめの衣装は「喪服」の意味だそうです。罪深さを承知していたんだね~。
奥深い魅力のある「悪女」です。その正体が分かっても、好きにならずにいられません。それこそがメーテルの「魔力」なんでしょうね。
……暗黒の宇宙に向かって銀河鉄道のレールはのびてゆく。そのレールの上を外見は旧式(C62形蒸気機関車)、内部は最先端の技術を搭載した銀河超特急999が銀河に向かって走ってゆく。そしてレールを離れて宇宙を走る999から見た地球の青さ、美しさ、素晴らしさ。銀河の星星が光り輝く中を999は永遠に走り続ける……。
……母親に囚われた美女(メーテル)が、見事に成長した男(鉄郎)の助けを借りて、母親と対決し、母親を乗り越えてゆく銀河ロマンアニメでした。
さて今回取り上げさせていただくのは『わるいやつら』(1980)でございます。詳細はこちら
をご参照下さい。以下は私なりのまとめでございます。
米倉涼子ファンの方、すいません。今回も彼女主演のドラマではなくて、映画版のほうです。個人的には北村一輝・下見沢の凄まじい目力とオーラを気に入っているですが、総合的にみてやはり映画版のほうに分がありますのでそちらを取り上げます。
医師の犯した完全犯罪ということで、発表当時凄い反響があった作品です。なるほど死亡診断書を書けるのは医師だけですから「やろう」と思えば可能です。ですが、これだけ有名になった方法なので今同じ事をやったなら即逮捕でしょうね(苦笑)。
プロローグ……美貌のファッションデザイナー・槇村隆子(松坂慶子)主催のファッションショーが開かれていた。その最中、槇村隆子に近づいてきた男(峰岸徹)が思いっきり彼女を平手打ちする。男は警備員に連れられ退場。場が混乱しかかるも槇村隆子は冷静に立ち直り、ショーは続けられた。
総合病院の院長・戸谷信一(片岡孝夫)は医師としての適性に欠けるばかりでなく、経営者としての資質もなかった。病院経営は当然赤字続き、そのために金のある愛人を複数つくり、まきあげた金で赤字を埋めていた。
戸谷は妻の慶子(神埼愛)とは別居中で、横武たつ子(藤真利子)、藤島チセ(梶芽衣子)という富裕な二人の愛人がいた。その一方、彼は槙村隆子(松坂慶子)という独身で美貌のデザイナーに夢中になっていたのだった。
戸谷には友人の経理士・下見沢(藤田まこと)という、外見は冴えないが妙に世間を知っている男がいて、妻との離婚の金銭問題やその他の悪事を任せていた。
愛人の一人、横武たつ子は材木商の妻で、夫は長い間寝たきりであった。彼女は店を切り盛りし、得た金を戸谷に貢いでいたが、邪魔になった夫を毒殺しようとする。戸谷は医師の知識を悪用し毒殺に協力する。だが、夫の親族がたつ子に不審を抱き、彼女を店の経営から外す。
金も自由に使えなくなり、罪悪感もあって、戸谷との結婚をヒステリックに迫る彼女を戸谷は疎ましく思う。そしてかつて愛人でもあった婦長・寺島トヨ(宮下順子)と共謀し、たつ子を殺害してしまう。
もう一人の愛人、藤島チセは料亭のおかみで経営の才能があり店は繁盛していた。チセも夫が邪魔になりそれを戸谷に訴える。戸谷はたつ子の夫と同様の方法で殺害するに至った。たつ子の夫、たつ子、そしてチセの夫と、三度とも戸谷が死亡診断書を書いた。
だが戸谷は、彼の「全て」を知るトヨが段々重荷になってきた。我慢できなくなった戸谷は、トヨをモーテルで絞殺し、死体を山林に捨てた。
邪魔者がいなくなり、罪の意識から逃れるためもあって、戸谷はいっそう槇村隆子にのめり込む。そして彼女に結婚を申し込むため、彼女の事業に資金提供しようと病院の土地建物を担保に銀行から借り上げようとした。そして下見沢に実印を預け、実行をすべて彼に任せた。
その一方、トヨの死体発見の記事は日数が経過しているにもかかわらず報道されなかった。そんなある日、井上警部(緒方拳)が、たつ子の夫とチセの夫の死因に不審な点があると、戸谷を訪ねてきた。警察署へ任意同行する戸谷。井上警部は二人の死亡診断書を皮切りに戸谷を徹底的に追求する。
取調べを受けている最中、下見沢の横領が発覚。そして戸谷は殺人罪で逮捕される。そんな中、殺した筈のトヨが生きていることが判明。トヨはチセとは一緒に逃亡していたが捕まった。彼女ら二人は、戸谷に騙されて殺人を犯したと主張。
裁判になり、戸谷は無期懲役、女二人は殺人幇助となった。要は、戸谷が主犯とみなされ罪は重く、二人は従犯として軽い刑となったのだ。
エピローグ……数日後、槇村隆子のファッションショーが開かれていた。下見沢が彼女に近づき、突然ナイフで刺した……。戸谷がその事件を知ったのは、刑務所へ送られる最中に読んだ新聞の見出しだった。
……いや~。松本清張独特のドロドロした世界全開ですね(笑)~救いようがありませんね(笑)~。登場人物が全て悪(ワル)という徹底ぶりでした。
その中でも一番、救いようがないのが主人公の片岡孝夫演じる戸谷。もうね~ワルじゃなくってクズ(苦笑)。人間として男として医師として最低ですな。親から継いだ病院を見事につぶしてしまう典型的駄目ボン。医師としての情熱・野心・使命感もまったくなく、病院経営はもちろん赤字。その赤字分を趣味(?)の女漁りが高じての女パトロンから絞りとるサイテーぷり(苦笑)。
ちなみに座右の銘が「どのように美しくても、経済力のない女は虫のように無価値だ」です(怒)。プライドばかりがむやみやたらと高く、能力も器も、まったくない。も~惚れ惚れするほどのクズ。クズの中のクズ、キング・オブ・クズですね(そこまでいうか 笑)。
こんな男に何故女がひっかかるのか理解不能でした。まあ、医師の肩書き(それしか取り柄がない)を最大限活かしたんでしょうね(冷笑)~。
ベッドシーンでの片岡孝夫の貧弱な体を見ていると、ヒモならヒモらしく(決してジゴロとは認めませんとも ええ)、せめて「体」鍛えろよ、もっと「サービス」に励めよ、ちゃんと「満足」させなよ、ほんとに使えねーな(すいませんいいすぎでしたね 苦笑)と思うばかりでした。
……そのために最後に下見沢はもちろん、女どもから逆襲をくらっても一ミクロンも同情の余地がなく、当然だわねの一言で終わってしまいました(爆笑)。
一方、ワルの片鱗を見せるのが藤田まこと演じる下見沢ですな(笑)。彼は苦労人で、戸谷の父親の援助で学校を出ているため、戸谷を「表面上は」立てています。ですが、戸谷という男を知り尽くしているため、内心軽蔑しています。まあ、それはさすがに戸谷も知ってはいますが何分ぼんぼんのため、まさか裏切られるとは思ってもいません。
むしろ最後の横領にいたるまでに、何故もっと早い時期に戸谷をはめなかったのか逆に不思議。彼は世の中の裏表を知っているし、かなりのやり手なのでやろうと思えばいつでも出来たはずなのにね(苦笑)。戸谷パパになんだかいって忠義心があったのか?
まあ、それはともかく、その下見沢をもたらしこんだのが松坂慶子の演じる槇村隆子の凄いところですね。下見沢とのからみをまったく映画では表現していなかったのが残念。おそらく狐と狸の凄まじい化かしあいがあったんでしょうね(笑)。で、槇村・狐が下見沢・狸よりも一枚だけ上手だった……。
が、最後の最後で「男」の意地で彼女を刺したというところですかね(苦笑)。下見沢のひょうひょうとしたワルっぷり結構好きでした(笑)。
はい、お次は宮下順子演じる寺島トヨです。もうね~体中から女の怨念、情念が立ちこめまくってます(笑)。凄いです。男なら絶対に愛人にしたいタイプです。が、別れ話がもつれたら100%刺されることを覚悟しなければならないでしょうね(どの部分が刺されるのかはあえて申しませんとも 爆笑)。
はっきりいって戸谷は彼女の手のひらで踊っているうちが華でした。というか、彼女なしでは戸谷は何もできません。ですので彼女を殺そうとした時点で戸谷は終了です。
地獄へ落ちても構わないほど男を愛することができる女なんてそうはいません。戸谷にはもったいない女です。……さて宮下順子の脱ぎっぷりにも注目ですね。
最後に、やはり松坂慶子演じる槇村隆子ですね。本当にね、綺麗ですよ、美しいですよ。なみいる綺麗どころの女優さんの中でも一番輝いていました。でもね、だからこそ惜しいと思いました。槇村隆子の内面がまったく表現されてないのよ。あの美しい顔の下でドロドロに腐れきった醜悪な心が隠されているのを。
映画の最初・プロローグで男にひっぱかれたシーンで、「この女、裏があるな」と思わせた以外は、ほとんど映画では描かれていません。まあ、戸谷を惹きつけて、上手にたらしこむところは多少ありましたが……。
一番描いてほしかったのはやはり下見沢とのからみですね。戸谷みたいな世間知らずの馬鹿ぼんとは違って、下見沢はたらしこみがいがあったと思います(苦笑)。おそらく持てる技の全てを駆使したんでしょうね(笑)。
ただ、下見沢という男を甘く見て最後に刺されるのは、計算不足の想定外だったね。と、いうか下見沢って結構使える男なのに、何故中途半端に切ろうとしたのか?そこらへんが不明。
そういえばプロローグのシーンの男もうまく切ることが出来なかったからファッションショーの満座でひっぱたかれたんだよね。槇村隆子、詰めが甘いわ(爆笑)。まあ男に刺されて死ぬのは悪女の王道ですね(笑)。
本当は、梶芽衣子・藤島チセの突き放した悪女っぷりや、緒方拳・井上警部の飄々とした刑事が、豹変してど迫力のつっこみで追求する凄みや、佐分利信の重厚な裁判官、渡瀬恒彦のやる気のない(笑)弁護士についても述べたかったんですが、残念ですが割愛します。
……松本清張独特のどろどろしたワールドをご堪能下さい。
すいません。今回、このブログに書かれていることは『個人的意見』としてお読みください。通常のブログは、今回お休みさせていただきます。
本当は、このブログで最初は書くつもりはありませんでした。趣味のブログで書くべきことではないことも重々承知しております。でも、あえて申し上げます。
今、日本という国を、日本人を憎んでいる人たち、日本から速やかに立ち去り「自国」へお帰り下さい。
あなた達は、色々な意味で「やりすぎ」ました。日本人を「ナメすぎ」ました。あるいは日本人に「甘えすぎ」ました。
日本人の「やさしさ」を「弱さ」ととらえ、「謙譲」を「奪い取ってよいもの」ととらえ、「和を尊び争いごとを嫌う」ことを「ケンカもできない腰抜け」と、間違って解釈しました。むしろ、日本人ほど強く、ある意味傲慢で、闘争本能が強い民族はないでしょう。
日本は、鎖国から開国し、30年たらずで世界でも有数の国家となり、その後の日清戦争、日露戦争、日中戦争に勝利しました。そして日米大戦に至るまで、闘争本能の塊となって闘いぬき、敗戦後も、20年たらずで見事に復活しました。それは他者との闘い、自己との闘いの歴史でもありました。決して弱音をはかず、他者(他国)をうらむこともなく、死に物狂いとなって、日本人は生きてきました。
戦後、日本は、近隣国としてアジアの同胞として、共存し互いに繁栄してゆこうと、あなたがたに、物心両面にわたり多大の「援助」を行ってきました。名目は何でもよいのです。日本人は過去の歴史はともかく、否、それゆえにあなたがたに「寛大」に接してきました。「大目」にみてきました。
これは並大抵のことではありません。世界を見てください。イタリアが、ドイツが、ここまでやったでしょうか?植民地支配を繰り返したイギリスが独立したアジア、アフリカの国に対してやってきたことはどうでしょうか?
どこの国が他国に対してここまでやってくれるでしょうか?そうやって助けてくれた日本に対してあなたがたの国がやってきたことはなんでしょうか?反日思想を掲げることでしかナショナリズムを高め、国民を結束させ、支持を得ることはできないのでしょうか?
日本を憎んだり、うらんだり、ねたんだりしている間は、残念ながらあなたたちは、決して日本人に勝つことはできないでしょう。逆にいえば本当は日本を憎悪しているのではなく愛している、さらにいえば日本に憧れているのではないでしょうか。だからこそ、ここまで執拗な「関心」があると思います。
もし、本当に日本に勝ちたいのならば、日本と優劣を競う相対評価ではなく、絶対評価を世界から受けるようになればよいのです。それには自己(自国)を冷徹に客観視することから始めなければなりません。そこから目を背けてはいけません。
はっきりいうと歴史の改ざん、自国にとって不利な事実や恥ずべき事実を、捻じ曲げるようなことは決してしてはならないのです。自国民をだますことはできても他国民の厳しい目から逃れることはできないのです。
そして日本国で、「日本を、日本人を滅亡させる」ためにさまざまな「活動」をしている人たちに言います。そんなことをしているひまがあれば、自国へ帰り、「自国を、自国民を発展させる」ためにはどうしたらよいか、考えてください。それがあなたたちの本来やるべきことなのです。日本人になりすますのではなく、自国へ帰り、堂々と自国民として生きてください。
これは日本人のためだけではなくあなた方のためにも申し上げます。日本人は滅多なことでは怒りません。穏やかで心やさしい民族です。ですが、我慢も限界を超えると、爆発します。常日頃、抑えに抑えているからこそ、マグマとなるのです。
日本人は今、「激怒」しているのです。
……今回のブログで不適切な表現があったかもしれませんが、一日本人としてどうしても書かずにはいられませんでした。ご了承下さい。
次回からは「通常」のブログを再開します。
今回は『黒蜥蜴』(1968)を取り上げさせていただきます。詳細はこちら をご参照ください。すいませんが、今回はあらすじは省かせていただきます。ご了承下さい(苦笑)。
見終えた瞬間、「なんじゃ~こりゃ~」(by松田優作)と叫びたくなるような映画です。黒蜥蜴・緑川夫人を恐れ多くもあの美輪明宏様が演じてらっしゃいます(当時の芸名は丸山明宏)。
そして明智小五郎役に木村功(すいません、この俳優さん知りませんでした)。何と人間剥製役に三島由紀夫という超豪華競演(?)というとんでもない映画です(爆笑)。
もはや原作者の江戸川乱歩ワールドは微塵もなく、三島由紀夫&美輪明宏ワールドが全世界を完全に制覇する勢いで広がっています(これはこれで素晴らしいのだが……)。
正直、江戸川乱歩の黒蜥蜴を読んだ私にとってはまさに晴天の霹靂の映画でした。本来なら主人公であるべき明智小五郎が、美輪・黒蜥蜴・オーラの泉スーパーマグナムデラックスに押され、完全に雑魚扱い、一体どこに明智小五郎がいるのか探す始末(爆笑)。
と、いうか、明智小五郎役に、何故こんな地味なシブイ俳優さんを選んだのか理解不能です(木村功ファンの方、すいません)。むしろ黒蜥蜴の手下・雨宮潤一役の川津祐介のほうが目立ってました。三島由紀夫の陰謀か(苦笑)?
まあ、それは良いとして(本当は良くないが 苦笑)、美輪様、光り輝いてます。はっきり言ってこの役を演じるために生まれてきたといっても過言ではありません。
原作の緑川夫人も年増の凄い美人です。が、この三島由紀夫・脚本(もはや原作と言ってもいいかもしれない)の緑川夫人は、まさに正体不明(性別不明)の怪しい美人(あえて美女とはいいません 笑)です。女はともかく男までも吸い込まれそうな迫力が画面一杯にみなぎりまくってます。共演者を完全に食い殺し、ほとんど一人芝居状態ですね(笑)。
ストーリーは、黒蜥蜴という、宝石はおろか、美しければ男女を問わず人間までも盗んで我が物にする(剥製にする)女怪盗を名探偵・明智小五郎が追いつ追われつしているうちに何故かロマンスが芽生える。そして最後は明智に捕らわれ警察に引き渡される寸前に黒蜥蜴が自害するという結末です。
何という荒唐無稽なストーリーでしょう。ありえません(爆笑)。でも三島由紀夫はこの小説、というより美輪明宏に惚れこみ、脚本まで書いて、彼(彼女?)こそは黒蜥蜴を演じるにふさわしい俳優だと信じ込み猛アタックしのです。……凄すぎます(爆笑)。
それはともかく、黒蜥蜴、悔いはない人生でしたね。自らも美しく生まれ、美しいものに囲まれ、美しいものを追求し手に入れることに人生を賭けてました。そして己に慕いよる男共を従え、子分にする。
だが、それだけでは物足りなかった黒蜥蜴、己の頭脳、能力を限界まで駆使して手に入れたい男が欲しかった。そんな時に現れたのが明智小五郎という天才探偵。敵とはいえ、彼に恋心まで抱いてしまう。最後は彼に見守まれて死ぬというある意味、女冥利(?)に尽きる生き様でした。
でもね、フツー宝石はともかく、人間まで盗むか?それも剥製にまでするか?
う~ん。黒蜥蜴の美意識では美しい人間の一番美しい時期を留めておくために剥製にすること、愛するということはイコール殺すということ(逆に愛されるということは殺されるということ)、そしてやさしすぎるからこそ残酷な犯罪者になれるという事なのだが……(個人的に言わせて貰えば自意識過剰で自己愛の権化ですな もっと自分を冷徹に客観視しなよ と言いたい)常人には意味不明、理解不能、問答不要のワールドが存在しているらしい。
まあ、そこらへんが並みの盗賊とは違うといいたいのでしょうが、三島由紀夫&美輪明宏ワールドに「常識」は存在しませんのでそれがOKとなります(苦笑)。
地獄に落ちても悔いはないでしょう(笑)。というか、浮遊霊、自縛霊、悪霊、怨霊になっても文句はいえません。軽~く1000年程、苦しんで下さい(苦笑)。いつか「性別不明の菩薩のような人物」と「太ったにこやかな人物」がセットで徐霊、浄霊してくれるのを待って下さい(爆笑)。
話を元に戻すと、明智小五郎、一体何をやっているんでしょうか? いや、もちろん「仕事」はやっているんですが、はっきりいって後手後手です。この映画自体、『黒蜥蜴』と銘打たれていますが、一応、彼は「名」探偵です。最後はすぺり込みセーフで黒蜥蜴を捕らえますが、それまではいいようにしてやられます。
まあ、要所、要所は何とか押さえ、最終的には、伏線(替え玉を使って)をはって、明智らしさを発揮しますが、何かしらパッとしません。黒蜥蜴に押されっぱなしです。
そもそも明智は何だかんだいって美女に弱いので、毎回(というか毎作)、美女に翻弄されまくってます。と、いうか、女怪盗に惚れるなんて、お前は修行が足りないんじゃないのか、それでいいのか明智小五郎(苦笑)。
地味な明智よりも目立っていたのが雨宮潤一(川津祐介)ですね。雨宮は黒蜥蜴に恩義があり、手下になったのですが、本当に黒蜥蜴を愛していたのは彼でしょうね。しかし、どんなに尽くしても黒蜥蜴が愛しているのは明智なんですね。それに気づき嫉妬に苦しめられてもそれでも黒蜥蜴に忠誠を誓って尽くしている彼は本当に「男」ですわ。
黒蜥蜴はそれが分かっているのでしょうか? と、いうか雨宮をなぶりすぎだって。それじゃ追い込みすぎだって。常人にあんたの愛情表現をストレートに受けるのはきつすぎるって(苦笑)。
だから最後に雨宮は黒蜥蜴を見限って桜山葉子(岩瀬早苗の替え玉 松岡きっこ二役)に走るんだよ(笑)。それが何とも幸せそうに二人手と手を取って去ってゆくんだわ。まるで黒蜥蜴という「憑き物」が落ちたような晴れ晴れっぷり(爆笑)。今までの黒蜥蜴に対する盲愛はなんだっただろうかという程の豹変振りに唖然です(苦笑)……。
まあ、桜山葉子も大した玉です。あの極限状況の中で、黒蜥蜴の奴隷&崇拝者である雨宮潤一を自分に目を向けさせて愛し合うなんて、凄腕もいいところです(笑)。半端な銀座ママよりも腹をくくってます(爆笑)。並みの女ではありません。それはともかく松岡きっこの最も美しい時代の演技っぷりに注目です。
最後に、三島由紀夫の最初で最後の剥製の「演技」をご堪能下さい。東大卒のプライドの権化のようなエリート小説家でも演技に関しては素人です。そんな三島に対する美輪の「愛情」を感じさせられます(あの有名な接吻シーンはその表れか)。
江戸川乱歩の『黒蜥蜴』は完全に忘れ去って同じ題名の三島由紀夫の『黒蜥蜴』を思う存分とことん味わって下さい。
……1960年代、高度成長期の日本におけるアングラ、暗黒遊戯、デカダンスを最大限に表現した稀有な映画です。独特の世界観があります。監督の深作欣二、本当に頑張ったと思います。
……天才・三島由紀夫に愛された、天才・美輪明宏の映画でした。