bluesky-minoruのブログ

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 前回の「ピカソ美術館訪問記」以来、二か月以上が過ぎたようです。

帰国に当たって、パリ教会の皆さんからいろいろ身に余るご挨拶をいただき、記念品もいただきました。


 画家のT.I.さんは、記念にノートルダム寺院の近くのセーヌ川沿いを散歩する私たち夫婦の絵を描いてくださいました。





 彼女のご主人であるフランス人も画家で、お宅に訪問していろいろと作品を見せてもらいました。

その作品を2~3点紹介します。

ルーブル美術館の中を描かれた作品の一つです。





 まるで写真のような忠実な描写です。

風景画も一点掲載します。





 下の写真はご夫妻のアトリエです。お二人の制作中の作品も見られます。







 日本への帰国を前にしてパリ最後の夜にも、ちらりと散歩に出ました。

三年半の間、皆さんと一緒に過ごして来たマレ教会の夜景。





 バスティーユ広場から徒歩二分?いや一分でしょう!

次の日、私たちが午前11時過ぎに飛行場に向かうため牧師館を出発した20~30分後に、2015年1月7日のパリ・テロ事件が発生したようです。

私たちは、そんなことは全く知ることもなくフランスを発ち、翌日、羽田空港に着いて出迎えてくださったYご夫妻から聞いて初めて知りました。


 出発前に起こっていれば、牧師館のすぐ近くでしたから恐らく大混雑で飛行機の出発時間に間に合わなかったかも知れないと思わされました。



 今回、私の希望で帰国便はドイツのルフトハンザ航空を利用させてもらいました。家内は昨年、一時帰国の時に利用したので他の便にしたかったようですし、乗り換えのフランクフルト空港が大きすぎて中をずいぶん遠くまで歩かされた・・・と言っていました。

実は、「世界一広い空港」と聞いていたので私自身が、一度、行って見たいと思っていたからでした。


 あいにく空は曇りでしたから、パリ空港を出てフランクフルトまでは雲の上でした。




 

 日本までの飛行機に乗り換えるフランクフルト空港は、さすがに広かったですね。10分か15分は歩くでしょうか、いろいろ売店や外の景色を見ながら歩きますから別に退屈もしません。





 ロビーから見る空港の外側も広いです。ガラス越しに見る外の夜の景色はガラスに反射するロビーの景色と重なってカメラに映るのが面白いと思いました。





 いつもは12時間ほどの飛行機で寝るのですが、今回は空路下の景色写真を見たり、映画を見たりして一睡もしないで羽田空港に着きました。

最初にも書いた通り、到着場に迎えに来てくださっていた元パリ教会員で昨年の10月に帰国されていたYご夫妻が待っていてくださいました。嬉しかったですね。


 東京での二日間は30年以上も前に開拓メンバーに加えてもらった杉並区の教会で泊めてもらい、いろいろと用足しをした後、4年前まで牧師をさせていただいていた松本の教会に向かいました。

久しぶりの松本、かの有名な松本城にも足を延ばして来ました。やはり美しいお城です!





 と言う訳で、再び日本での生活が始まりました。






 住まいのすぐ近くに「ピカソ美術館」があることには3年程前から気が付いていましたが、ず~っと工事中で閉まっていました。

徒歩で15分くらいの所ですから、散歩も兼ねて何回も行きましたが、中に入ることは出来ませんでした。

そこで、庭の方から建物の外側だけを写真に撮っていました。

行く度に、何人もの観光客が案内書を見ながら美術館の前まで来て、閉まっていることに気が付き、がっかりして帰って行く姿を目撃していました。







 それが嬉しいことに、この10月になってやっと工事が完了し、確か10月25日から入館できることになりました。

ところが、ところが! 長~い期間、休館だったわけですから、たくさんの人たちが待ちわびていました。

 そして入場希望者は毎日、切符売り場の前に朝から長蛇の列!

毎日、入場制限で入り切らないと一日待っても入れない状態が続いていたようです。


 そのことを聞かされていましたから、私たちも一か月半ほど待っていましたが、前もってインターネットで月日と希望時間を決めて入場券を購入しておくと、その人たちは優先で入れると教えてもらいました。


 そこで、インターネットで前売り券を購入、その日のその時間に美術館に行くと、切符売り場で並んでいる人にはお構いなく、私たちは待つこともなく入れてもらえました。

入り口のところはこうなっていました。






 中にいると、こうでした。







 建物は四階建て。ヨーロッパでは地上階は一階とは数えませんから、地上階から三階まで、それぞれの部屋にびっしり絵画や彫刻が展示されていました。



 ピカソと言えば、何といっても人物でも静物でも幾何学的に分解して組み立てたような絵が思い起こされます。

しかし、そういう絵は彼の生涯の半ば過ぎ頃からの傾向のようです。

日本でも彼のかなりの数の作品が来て展示されたことがありました。

もう何年前だったか覚えていませんが、「青の時代」「白の時代」・・・と言う具合に、多くの作品の前に立って初めて、「すばらしい!」と思えた日のことが思い出されます。



 極端な断面図的な作品以外で彼の特徴を表していると思ういくつかの作品を掲載して見ます。

普段から特に勉強しているわけでも覚えているわけでもないので、私が面白いと思ったものを適当に順不同で並べてみます。


 まずは、印象に残った「少女像」。






 そして、ソーシャル・ダンスと思われる若い(?)二人の男女が組んだ絵。







 ついでに、デッサン風のものを一枚。







 これら人物像は、共通して「やや太めの女性」が描かれているなあ!という強い印象を受けます。


 その上で、彼らしい断面図を組み合わせたような作品も二枚ほど上げてみます。

一つは人物画と思われるもの。






 もう一つは風景画。





 この程度のものだと、まだまだ楽しんで鑑賞することができます。

彫刻もたくさんありました。

会場の風景も見てもらいましょう。







 上の階に上って行くにつれて、窓から見る外の景色の眺めも変わってきます。

本日の一番初めの所に、何か月か前に、この庭から写した建物の写真を載せましたが、ここからはその場所を上から眺められます。






 「ピカソ美術館」だから、ピカソの作品ばかりがあるのかと思っていたのですが、セザンヌもルノワールも、そのほかの画家の作品もかなり並べられていました。


 その中から、モジリアニとマチスだけ載せて終わります。

モジリアニは先日のブログでお墓の写真も掲載しましたから。







 最後はマチスを一枚。









 いつものように、わずかな時間を見つけて書いているので、誤字や間違ったこともたくさんあると思います。気が付き次第、修正していきます。


















 「クリスマス」と言う言葉を聞いたのは、太平洋戦争が終わった小学生の時からだと思います。

それまでは英語なども「敵性用語」と言われて使ってはいけなかったし、日本は明治以来、天皇を中心とした神道が国教になっていたようだから「クリスマス」が祝われるなども、もっての外だった筈。


 教会関係では、12月25日当日か、それ以前で25日に一番近い日曜日の礼拝が「クリスマス礼拝」として祝われるようです。

もちろん、事情があったり都合によっては、それ以前の日曜日に「クリスマス礼拝」が繰り上げて持たれることもよくあります。


 今年、11月に牧師が日本に帰国されたベルギーのブリュッセル日本語教会から、私の都合が付く12月14日に代理としてクリスマス礼拝をしに来るようにとの要請をいただきました。


 そこで例によってタリス号でブリュッセルに向かいました。

「間もなくブリュッセル駅に到着しま~す!」という車内アナウンスが聞こえてきた辺りで、窓外の景色を撮っておきました。






 降りたホームで待つほどの間もなく、ブリュッセル日本語教会員のNさんが迎えに来てくださいました。

市内電車(トラム)で10分ほどだったでしょうか、ブリュッセルの街は30年前にもオランダ人の友人夫妻に車で案内してもらったことがあったので、懐かしく感じているうちに教会近くの停留所で降りました。


 静かな街並みの中にある清楚な感じの教会です。






 パリと同じくフランス語地域なので「Eglise Protestante」とフランス語で書かれています。

入り口はこじんまりとして見えますが、中は広く、画面の奥の方に見えるように4~5階建ての建物でした。



 早く来た人たちが会場の準備をしたり、奏楽の練習をしたりしています。





 プログラムはパリ日本語教会の今年のプログラムに似せたイエス・キリストの降誕物語を中心とした箇所の聖書朗読とその内容に因んだ讃美歌を交互に歌うキャンドル・サービス形式にしました。(ただし、キャンドルは省略)


 皆さん、こういう形式のクリスマス礼拝は初めてだったそうですが、楽しかったと喜んでくださいました。



 礼拝の後は、別室に用意されたクリスマス祝会用食事の時間。

そこの窓から見た入り口の建物の様子です。





 さらに、その部屋から見た裏側の様子。

ここのところ、ヨーロッパの冬特有の時々小雨を伴う曇り空が続いていたのですが、この日は朝からよくはれ上がった暖かい日でした。








 テーブルに用意された皆さん心づくしの料理やケーキ類が並び、それぞれが好きなものを皿に盛って食べるビュッフェスタイルの楽しい食事会でした。






 皆さん揃っての集合写真はすっかり忘れて、最後に残った何人かの教会員の方々と記念の写真を撮っていただきました。






 この日、パリ教会では「子どもクリスマス会」が行われ、大人の礼拝にはドイツのフランクフルト日本語福音教会のT牧師が来てくださって礼拝御用をしてくださいました。

T牧師夫妻も来年の3月にはドイツでの20年間の牧会を終えて、日本に帰国されることになっています。

パリ教会としてもT牧師との「お別れ会」を兼ねて、家内が牧師館でT牧師と有志教会員のために「カレー夕食会」を用意してくれていました。

19名の人たちが集まって食事をして行ったそうです。


 私もその夜、10時半ころに帰宅して一人分残してくれていたカレーを食べました。

教会の皆さんはもう帰られた後でしたが、その日の様子を家内から聞きながら、楽しそうだった様子が想像できました。



パリ教会でのクリスマス、一枚だけの写真


 その一週間後の昨日が、パリ教会のバイリンガル・クリスマス礼拝でした。

忙しくて写真どころではありませんでしたが、家内が撮ってくれたキャンドル・サービスで使ったローソクの写真が一枚だけありますので下に掲載しておきます。