そのうち中学三年生になってみんな高校
受験に追われる季節がやってきた。
僕もそのうちの一人だったがあまり
勉強はしなかった。一応公立の普通科志望
だったが、相変わらず貧乏な僕のうちは
そんなところに行かせるよりか早くから
働かせたかったみたいなところがあった。
だから、第二志望は定時制高校の普通科だった。 今、思えば同じ定時制でも商業科
にすれば良かったとたまに思うけど まぁ、
しょうがなかった。兄も、同じ学校の定時制に通ったから自然の成り行きってやつだ。
でも、反対にいい面もあった。それは人より
先に社会に出られる事と何よりも肝心なのは
自分で稼いだお金をある程度、家に入れれば
お小遣いが増える事だった。
だから、あまり苦にはならなかった。
それでも、第一志望に行けなかったのは
悔しくて学校の教室でみんなが受かった話を
してはしゃいでいるのを横目で見ながら涙したのを覚えている。
春になって中学も卒業して新しい高校生活
が始まった。僕の昼の仕事は歯医者の技工士
だった。今は、ほとんどの歯医者は型を取ったあとは外注に流しているけど僕らの頃は
診察室の奥に技工室があってそこで入れ歯を
作ったり、被せ物を作ったりしていた。
その仕事場は快適だった。朝からラジオが流れていて、いろんな音楽を聴いた。僕の住んでいた街は米軍基地があったのでたまに
FENも流れたりしていた。この時聴いた
いろんな洋楽は僕に少なからず影響を及ぼしたと思う。まったくいい職場だったと思う。
で、4時半頃仕事をあがって5時過ぎに
登校してまず、給食にありつく、それから
授業が始まり下校は9時半頃だったと思う。
その毎日が繰り返し続いたある日、僕はまた
ある友人と出会う事になる。
それがK君だ。
彼は僕と同じように中学時代からRCサクセションのファンだったが周りにはあまりいなかったらしく僕に出会って感動したらしい、
僕もそうだった。彼はRCのアルバムを
デビュー作品から持っていてそれをカセットに録音してウォークマンで聴いていた。
学校に持って来ていたので僕も片方のイヤホンで聴かせてもらっていた。
そんなある日、音楽の授業が自習になった
僕はK君からウォークマンを借りると両耳にイヤホンをさして、RCの唄を歌い始めていた
