今日は人生を大きく変えていく時の在り方や日々の生活の中でのエネルギーの詰まりや滞りがあるような時に思い出すと良いかな、と思うお話です。
私たちは普段人生を生きているときに人生を生きてる!と意識する事はあまりありません。人生と言うよりもその時その時にやっている仕事だったり事柄を楽しいか楽しくないか、利が有るか無いか、意味があるか無いか、などの観点から状況によって自分の周波数を無意識に変えるようになっています。
時には、自分や他人の行動を一つ一つジャッジしてこれはいいこと悪いこと、意味のないことなど。例えばスピリチュアルなことをやっている人だったら、瞑想している時、内観をしているときは好ましい時間でエネルギーもさらさら流れている。ただ1度その空間から出てきて自分のやりたくないこと、希望している仕事と違うことをやらなければいけない時、どうして私がこんなことやらなければいけないの、私の責任だから仕方なくやる、あの人のせいで仕事が増えた、など思い通りに行けば良い日、いかなければついてない日、となります。
エゴは一つ一つ自分の行動にレッテルを貼るのが好きで無意識に多くの人がやっていることでもあります。
これは人生全体として見たときに、エネルギーの流れはデコボコしていて、それが流れを作っているわけです。
ワクワクすること、好きなことや瞑想をする、良いエネルギーを練る。そしてそこから日常に戻るとまた思考が無駄なこと有益なことと判別してエネルギーは漏れたり滞る。多くの場合このような両極の繰り返しがいわゆる普通の自我で生きている人生のパターンです。
これは例えると、自分の家で自分が気に入った部屋だけは掃除してそれ以外はゴミが散乱しても関係ない、と言う状況、全体で自分のお家なんです。安定して長く支持されるお店とか人っていうのは自分たちが売りたい物を売る時だけじゃなく、トータルで接客やサービスも心地良いです。売ることだけじゃなく、清掃、サービス、社会奉仕などあらゆる面で自分の存在全体としての会社や私というその存在全てに一定以上の意識が流れていて、まずこの意識があって商品やサービスに現れてきます。自分に利がある時だけ、好きな時だけでなく、全体の流れとしてエネルギーがきちんと流れていて、いつでも豊かさの流れに乗っているんです。
瞑想している時だけはエネルギーがサラサラ流れていて、自分のやりたくない仕事が回ってきたときにはピタッと止まってしまうような無意識の拒絶、波動の使い分け、これがあると引き寄せてもなかなか人生全体としては大きな変化っていうのは起きにくいというか起きても大きなエネルギーの流れにまで育たないです。
自分がやっていること、見るもの聞くこと感じること、自分が在ると言うこと全てに対しての意識、またこれは私には関係ない、関係ある、といった人生を細切れにする様なジャッジはエゴの狭い視点しかないのでそれなりのエネルギーしか流れません。
例えば自分で設定した人生の目的が経済的な豊かさだった場合に、お金を稼ぐこととは一見関係ないこと、例えば日常の家事や、子供や親のお世話をするとか、地域活動のようなことに対しては、なんで私が??やりたくない!ときゅっと固くなる感覚がありますよね(私だけでしょうか?笑)
もちろんやるやらない、参加するしないの話ではないです。
言葉や行動ではなく、自分の内側を感じたときに、今自分の中でエネルギーがサラサラ流れてる状態か、ぐっと詰まって自分の人生に起こっていること、もうすでにあることを拒否しているのかは自分で感じてわかると思います。
これは言葉や行動で隠しても内側の流れはいずれ外側に現れます。
なのでこんなの私の人生じゃない、こんなはずじゃなかったと言うような状況や事柄に面したときに全部ひっくるめて、私の人生と言う大きな大河の1部なんだ。そしてそれ全体をさらさら流していくんだと言う気持ちや見方、その視点があるだけでエネルギーが流れやすくなります。
(なりより否定されないので人生自体もあなたを好きになるのです)
今まで愛せなかったことが愛せるようになったり、楽になったり。
これはやりたくない事をしない方がいいと言う話ではありません。人間として生活する以上やらなければいけないことも沢山ありますから、そんな時は内側で否定しながらやるではなく、ただ淡々とこなしていくだけです。
沸き起こる思考や感情を追いかけずにやるべきことだけを見つめてこなしていきます。
矛盾しているように聞こえるかも知れませんが、全ては内側の流れを整えていくだけなので、なるべく詰まりや滞りは作らない視点が必要なのです。
無理にポジティブに捉える必要はなくて、ただただその事柄が自分の人生の中にもう既にあって存在を許されたことなんだと静かに受け止めてみる。
ただあるんです。
それは小さなエゴがあなたは私の人生の1部で良い、でもあなたはダメと言うようなジャッジではなくて、もっと深い深いところにいる本来の自分の魂がこれら全てをもうすでに許容しているということ。
そこには比較や批判もなく、あらゆることがただ起こっては消えていく。
ただそれだけなんです。
お金を稼ぐことも人から感謝されることも、人から感謝されないことも成功すること失敗すること、泣いたり笑ったり、人を憎んだり、傷つけたり傷ついたり、すべてのことがただあるだけなんです。
そういったふうに人生全体に対して全てが自分の人生である。そしてその人生から自分は豊かさだったり喜びだったり、もちろん悲しみもあらゆることを享受していると言うふうに考えられれば、これは無駄なこと、なんでこんなことしなきゃいけないんだろうと言うジャッジして拒否するような気持ちは消えていきます。
すぐには消えなくとも少しずつ緩んでいくので堰き止めたり詰まらせたりはしなくなります。
全てつながっているんです。
目に見える物と違って、自分が人生という舞台で流したエネルギー、使ったエネルギーがどこでどうやって帰ってくるかっていうのは見えないけど、必ず自分の魂と言う大きな流れの中で自分に返ってくること。
だからお金などのわかりやすい価値の付いているものを受け取る時、わかりやすく与えてくれる人に対してだけでなく、自分の人生に起こってくること、現れる人、すべてに対してこれは自分の人生の一部なんだと、そこで自分がこの人生という舞台でどういう在り方をするのか、どう在りたいのか、それを意識しながら日々を過ごしていくと、人生全体としての大河のような1つのまとまりがある大きなエネルギーの流れが生き生きと動き始めます。
一人一人感じ方が違うので、自分自身の内観、自分自身の指針、自分の感覚をしっかり感じて、自分で自分の流れを作っていくということが大切です。
スピリチュアルな成長は誰かの足跡をなぞるだけでは自分のゴールには辿り着きません。
ご自分の感覚を本当に大切にしてください
皆さまの人生が大河のように豊かさや繁栄をご自分や周りの方々に広げていけますように










