「……悪趣味が過ぎやしないか?」

  髪を少し焦がしたジョーがバハムートを睨んだ。メグが咄嗟にリフレクの魔法を使ってメガフレアの炎をはね返すことには成功したが、すでに横に飛んでいたジョーは、飛び散ってきた火の粉を避けきれなかったのだ。

 「その程度で済んでよかったと思うんだな。それにしても……」 

 ユウは火傷ひとつ負わず涼しい顔をしているバハムートに目をやった。

 「あの火をまともに食らっても何ともないとはな」 

「自分の術だからな、それぐらいの耐性は出来ている」

「幻界にいるときはいつものことだったのよ」 メグは当時を懐かしんでいるのか呆れているのか、肩をすくめた。 

「いつでもどこでもいきなり攻撃を仕掛けてきて、リヴァイア兄さまは何度も黒焦げにされていたわね」 

「あれも修業のうちだ」 

「今回も仕掛けてくるかと思ってたから予想通りだったわ」 

 ユウたちはバハムートが入れたお茶を啜り、手近な岩に腰掛け会話を楽しんでいた。黒焦げにされかけたジョーだけは仏頂面のままだったが。 

「オレたちが消し炭になっていたらどうする気だったんだよ?」 

「死なない程度に力は抑えていたつもりだった」

 「つもりかよ」 

「まあ、今のリュウアなら対処出来ると思っていたしな」 

「それだけ信用してるってことだな」

  ユウの言葉に、メグの表情が少し明るくなった。まだ黒魔法は使えないが、炎への恐怖心は昔と比べて大分薄れているのだ。

「……さて、本題に入るとするか。サイラーのことだが、リヴァイアからどれくらい聞いた?」

「おれの母親は人間ということと、昔幻界を追放されたことぐらいだな」

「そうか……先に言っておく。赤子のお前をウルに預けたのはこの私だ」 

「何だって…!?」 

 ユウの身体が一瞬凍りついた。顔を隠した何者かが「この子はこの世界にはなくてはならぬ存在。どうか成長するまで守っていてくれないか」という言葉を残し姿を消した、という話はトパパから聞いていたが……。 

「じゃ、そのときからおれがクリスタルに選ばれるということは分かっていたのか?」 

 バハムートはうなずいた。 

「私たちがノアに封印される前からな。預言者から『人でも幻獣でもない存在が、やがて訪れる闇から世界を救う』と告げられた。それから少しして父上が亡くなられたのだが、最期に『サイラーを人間界に追放しろ』と言い残されたのだ。私たちは反対したが、結局止めることは出来ず、サイラーは記憶を消され氷の棺に閉じ込められて追放された……」 

 バハムートの言葉にメグが目を見開く。

 「それってもしかして、ユウが産まれる為だったのかしら?サイラーが人間の女性と結ばれたら、人でも幻獣でもない存在が産まれる可能性が出来る」 

「おそらくな。随分回りくどい方法だったが、父上は既に病に伏せられていたのであまり考えられなかったのかもしれん」 

「でも、何でユウの父親を選んだんだ?幻獣は他にもたくさんいるだろ?」

  ジョーの疑問に、バハムートは気まずそうな顔をした。 

「息子のお前に言うのは何だが……サイラーは惚れっぽいところがあってな。幻界に迷い込んだ人間の女と恋仲になったこともあった。勿論、彼女は記憶を消した上で帰したがな」 

「何だ、そりゃ……」

  ユウは顔も知らぬ父親に脱力した。おれはそいつに似なくてよかった! 

「まあ、お前は堅物っぽいから心配なさそうだな」 

「そんなことはないぞ。こいつだって昔……いてっ!」

 ユウは黒歴史をばらそうとしたジョーの耳を思い切り引っ張った。弾みでジョーのカップからお茶がこぼれる。 

「余計なことを言うな。……で、おれの父親は追放された後どうなった?」 

「行き倒れ同然で魔剣士の村ファルガバードに辿り着き、お前の母親と出会った。名前は確かロミだったな」 

「ファルガバード?」 

 初めて聞く地名だ。

「サロニア南西の山に囲まれた小さな村だ。やがてふたりは恋仲になり、お前が産まれたというわけだ」 

「そうか……で、今はどうしてる?」

 ややためらいながらユウが尋ねると、バハムートは目を伏せた。 

「残念だが、ふたりともすでに亡い。サイラーは、お前が産まれてすぐザンデに……」 

 ユウの全身に鈍痛が走った。多少の覚悟はしていたが……。 

「私は浮遊大陸に封印されていた故、精神体で駆けつけるのが精一杯だった。すでに虫の息だったサイラーは私にお前を託して……何も出来ず済まない」 

「……バハムートが謝ることじゃない……」 

 数々の感情が胸の中で渦巻き、口をきくのも億劫になっていたが、何とかそれだけ絞り出した。今ひとりでいたら涙をこぼしていたかもしれない。 

「ロミはお前が五歳のときに病気で……彼女にはラシュカという弟がいる。唯一の身内とも言えるな。ファルガバードの魔剣士の試練場には土の牙があるから、行ってみたらどうだ?」 

「というか、行くしかないだろ」 

 ジョーが最前引っ張られた耳を押さえながらお茶を飲み干した。 

「インビンシブルまで送っていこう。おっと、その前に……」 

 バハムートが空中に円を描くと金色に輝くオーブが現れ、呆気にとられるユウの胸に吸い込まれていった。 

「私の力が必要になったら呼んでくれ。……リュウア」  

「え、何?兄さま」

 バハムートは少しの間メグを見つめ、どこかホッとしたような顔をした。 

「いや、何でもない。しっかりやれよ」 

「はい!」

 メグは微笑みながらうなずいた。