通勤電車


恐い女に遭ったよ





満員ぎゅうぎゅう


最後に押し入るように


ドアギリギリ


目の前に乗り込んできたんだけど


暫くしたらそのぎゅうぎゅうの中


後の私の方を向いて


両手突き出し押してきた〓〓





何よ~っ〓


私より後ろのおじさんの方が


「うっ」とか「うわっ」とかいう感じの声を出してたよ





ドアに押し付けられたくないから?


それとも私が押してると思った?

確かに押すような状態だったけど



満員電車内って


色んな人間がいて


不快な思いをすることがよくあるのよね


出来るだけ私は不快を人に与えないように


気をつけようってまた思いました





朝から


何だかな~(アトウカイ風)な話でごめんなさい
「待ってたよ」






嬉しい言葉だな







そんな一言で

私は浮上していくよ






ありがとうニコニコキラキラ
友達って何だろう

どういうのが友達だろう

どんな時に友達を感じるんだろう






自分の思う「友達」というのは人それぞれにあると思う

友達にとって自分が「どういう友達でありたいか」というのもそれと同じ様にあると思う



具体的にあげればきりがないけれど一つあげると





『友達がHELPを必要としてSOSを出している時には声をかけ、手を差し延べ、駆け付ける、そんな自分でありたい』




これは友達にとって自分がそういう友達でありたい

つまり

友達がHELPを必要とした時にSOSを発信される友達として自分がいたい

さらに言うと

自分という存在を友達として必要として欲しいという感じ






そしてこれは裏を返せば

自分がSOSを出したら友達にHELPして欲しい、駆け付けて欲しいという願いだったりする





これがお互いにし合えたら

思い合えたら嬉しいんだけど





一緒にいて楽しい時間を過ごせば気が合う「友達」?

メアド交換したら連絡し合える「友達」?





最近はそうじゃないなと思う





でもそういった関係の人も身近には必要





いつもこっちから連絡するばかりで連絡が来ない相手

誕生日を覚えていても覚えていてはもらえない相手

電話するねと言いながら電話をして来ない相手

交わした約束を奇麗さっぱり忘れる相手





これも「友達」………?





自分が友達として守り通している事と同じ事を求めてはいけないとは思っても





自分が友達として認められていない気がして凹んじゃう