いつかやってしまうような気はしてて、
でも
ひとりで生きていける稼ぎと行動力がある女がそれをやり始めたら、止まらなくなる気もして。

何度も何度も思ってたけど、踏みとどまってきたことを、ついにやった。

ケンカして、
納得いかなくて、
ひとりでビジネスホテルに泊まる。


これの狙いを、照準を、相手に当ててしまうと良くないようだ。
心配させたい、とか。
どれだけ傷ついたか解らせたい、とか。
そうすると、このホテル泊そのものがまたケンカの火種になるから。

あくまで、照準は自分に。
憤りを落ち着けるため。
リフレッシュするため。
考えをまとめるため。
深呼吸をするため。
時には、終わりのときを見据えるため。
それから、愛する犬に会話の無い食卓を見せないため。


楽しむ、と決めたから。
お弁当持参でホテル泊を楽しむことにした。



私が言ったことに傷ついた。
こんな時に言うなよ、と思った。
そう言われたら、そうだね、ごめんね、と言えたんだ。
でも、センスない、ナンセンスだ、非常識だ、と
自分の物差しに叶わなかったことで人格を否定されたことを、私はまたきっと許せない。

許せない、が少しずつ溜まっていっている。
昇華されていくんだろうか。
大事にされているなんて、こっちに来てから思ってないよ。
思えてないから、大事な人になんてカウントしないでほしい。







2025 まだ決まらない。
そう書き始めようとして、一個前の記事が目に入った。

不惑。
それだ。

まどわず。
ブレず。

私は私の好きなことや物や人を愛して、
それにただ真っすぐ生きるだけなのだ。

やりたいことをやりたいと言い、
できないことをできないと言い、
嬉しいことを、幸せなことを、ちゃんと言葉にして。

まどわず。
ブレず。


どうやら天命を知るらしいこれからの10年を、
よりやり残しが無いように実直に生きていく。

上を向いて。
前を見て。
深く息を吸って。
目の前の景色を愛して。






40になった。
この年を『不惑』と呼ぶと知ったのは、どのくらい昔だっただろうか。
YOSHIKIがその年の頃だったか。

あの頃追いかけた人達は、今はいくつになったのだろう。

40なんて、ならないかと思ってた。
だけど普通に、ごく普通に訪れた。


30になる前、職場のあまり好きではない先輩に「20代でやり残したことってある?」と訊かれた。
やりたい仕事に7年没頭して、
その間に海外旅行も行って、
その仕事を辞めてケニヤに行って、
ダイビングを始めて、登山を始めて。
何も無かった。
もう、本当に、そんな質問にがっかりする程度に何も無かった。

『しいて言えば結婚と出産くらいですかね』

そんな後輩、かわいくない。


40を前にして、そのやり残した結婚もして、出産はしないことを決意して。
たぶんこの世で1番ずっと一緒にいられる人と毎日を過ごして、
犬が家族に加わって。
いよいよ、本当にいよいよ、やり残すことがない。

だから、若い頃に思い描いてた想像よりずっと、一つの抵抗もなくこの年を受け入れられた。

『不惑』かといえば、そんなことはないのだけど。
この年を迎えることに迷いが無いのだから、それは素晴らしい40年だったということだろう。