Savage Faith〜

「俺の話を聞きたいと。」
 白い獅子と人間が合わさった様な姿をしたカズ。彼はコーヒーにそっと口をつけた。
 彼の視線の先にはホットケーキを頬張る養女の獅穂。その隣には長髪の女性記者、乙名史悦子がペンと手帳を持ちながら彼の話を聞いていた。
「スーパークリーク、グラスワンダー、トウカイテイオー。それぞれG1を制した彼女達を育てあげたカズトレーナーから是非お話を聞かせて頂きたくて。」
 乙名史は目を輝かせて熱く語っていたが、カズは苦笑いを浮かべていた。
 カズは重賞を取ったウマ娘を育てたという実績はあった。しかし、カズ自身に問題があった。スーパークリークとトレーナー契約して間もない頃、スーパークリークとの契約で別のトレーナーと揉めたり、または取材時に記者に対して威嚇し、椅子を投げつけたりと粗暴な一面を見せつけており、記者や一部のファンから野蛮なトレーナーと蔑まれていた。
 それは彼自身も分かっていた。自分は人間とは異質な存在である。元々馴れ合いが好きでなく、あまりコンタクトを取ろうとはしなかった。しかし不思議な事に乙名史はカズを注目していた。まぁ彼女も仕事だろうと考えた。そして彼女から喫茶店に呼ばれた時、彼が応じたのも、ウマ娘達が彼女に世話になっていると義理からであった。
「しかし、俺を取材とは貴女も物好きだな。俺の事を書いたらファンから苦情が殺到するぞ。」
「いえ、実は今日は取材ではなくて。」
「えっ?」
「カズさんの事を敵と見てる人が多いのも知ってます。しかし、貴方から優しさと不器用さを感じまして。私だけでなく、多くのウマ娘も感じているみたいで。それを確かめたくて。」
 冗談を交えて話すカズに真剣に言葉を返す乙名史。言われてみると確かに彼女の服装も私服であった。その眼差しはいつもの様にウマ娘への取材で見せる輝いた眼差しではなかった。仕事としてではなく、自分の女性として感じる意識を確かめたいとカズに向き合っていた。
「貴女も物好きだな…。」
 乙名史の強い眼差しに根負けしたカズは左手につけていた薄い革製の手袋を外した。そして彼女に手の甲を見せると其処には三本の大きな傷跡が残っていた。
「その傷は……。」
 その傷を見た乙名史は戸惑いの表情を見せた。


 スーパークリークとトレーナー契約を結んで数ヶ月、紆余曲折はあったが、無事にデビュー戦も勝利で飾り、皐月賞、日本ダービー、そして菊花賞のクラシック三冠を目標としていた。
 その前哨戦として、すみれステークスに出走する事にした。
「はぁ、はぁ…ふぅ…。」
 練習を順調に重ねてきた。スーパークリークの実力ならば、このレースも行ける筈とカズは考えていた。しかし、スーパークリークの様子が少しおかしく感じた。
「クリーク、どうかしたか?」
「えっ?いえ、何でもないです〜。昨日の疲れが少し残っているみたいで…。」
 カズの問いかけに答える彼女。
「最近、偶にあるんです〜。でも本当に大したことありませんから。」
 いつもの様に優しく穏やかに話すスーパークリーク。しかし時折見せる息づかいから、彼女の息苦しさが伝わってきていた。
「出走を取り消すか?」
「えっ!?それだけは〜。私、本当に走れますから。」
 彼女の言葉に押され、カズは険しい表情を解いた。
「分かった…まだ時間があるから身体を休めておくんだ。」
「はい〜、では少しだけ横に。」
 そして彼女に休むよう指示を出した。横になりながら、カズの方をチラッと見るスーパークリーク。
「トレーナーさん、私、頑張りますね。」
 カズに心配かけないようにと微笑むスーパークリーク。
(俺とした事が。彼女を信じなくて何がトレーナーだ。)
 そんな彼女の気遣いに己を戒めるとスーパークリークの強い意志を信じた。


 数時間後…仮眠を取ったからか、スーパークリークの調子は少し戻ってきた。大丈夫だろうと感じたカズは彼女の望み通り、送り出した。
 そしてパドックを終え、レース本番。少し戻ったとは言え、本調子ではなかったが、他の好敵手達に圧倒的な実力を見せて、すみれステークスを勝利で飾ったスーパークリーク。しかし…
「はぁ…はぁ…はぁ…ふぅ…。」
 呼吸が激しくなるスーパークリーク。そんなスーパークリークの様子に心配してカズが駆け寄る。
「クリーク。」
「トレーナーさん、大丈夫。大丈夫ですから、
そんな顔、しないで…ね?」
「クリーク……。」
「トレーナーさんを心配させちゃって、ごめんなさい…悪いウマ娘ですね………うぅっ!」
 更に悪化してまい苦しそうに呼吸しながら胸を抑えるスーパークリーク。
「一先ず、医者に診てもらうぞ。」
 苦しむスーパークリークを抱きかかえると、医務室へ急いだ。

 医師に診てもらって暫くすると彼女の体調も落ち着きを取り戻していた。
「大丈夫か?」
「御心配おかけしました〜。安静にしていたら、今のところは。ただ…体の中におかしな重さが、ずっと残っていて…。」
「調べてみたのだけど、原因は分からない。」
 カズとスーパークリークの会話が切れるの見て、医者が話しかける。医者の言葉にスーパークリークは戸惑いを隠せなかった。
「分からない…それって、どういう…。」
「軽い血行不良があって、再発するかもしれない…。でも原因は分からないわ。ウマ娘の身体について分かっていない事が多くて、スーパークリークさんの症例は少ないの。」
 人間でさえ、原因不明の病もある。ましてや異種族であるウマ娘なら尚更。医師の説明に驚くスーパークリークを見て、カズはまさか自分の身近の者が…と彼もまた戸惑っていたが、冷静を装っていた。
「これからどうしたら良い…。」
「原因が分からず、治療方法もない以上…無理をさせない事。経過観察していくしかないわ。
出走スケジュールも見直した方が良い。」
「あの…クラシックは…?」
 不安そうに医師に聞くスーパークリーク。
「絶望的とは言わない…だけど、やめた方が良いと私からはそう言うしか出来ない。」
「そんな…。」
 レースに生きるウマ娘にとって、重賞は目標であり、制する事は夢でもある。スーパークリークにとってそれは非情とも言える宣告でもあった。
「ともかく今日は一晩安静にしている事。いいわね?」
 医師は指示を出すと、宿泊の申請手続きをする為に部屋を出て行った。カズとスーパークリークの二人だけとなった。
「クリーク…。」
「トレーナーさん、今日はもう…。」
「しかし…。」
「私は大丈夫です。それに遅くなると獅穂ちゃんも心配しますから……ね。」
「……分かった。」
 スーパークリークは微笑んだ。しかし今の彼女の笑顔は悲しみを隠そうとしていた。彼女の気持ちを汲んだカズは部屋を出ようとドアノブに手をかけた。
「トレーナーさん。」
 するとスーパークリークが呼びかけた。
「ありがとうございました。」
 彼女は穏やかに言葉をかけ、カズはその言葉を受け止めると、医務室から出て行った。
 扉を閉めて、部屋から離れようとした。その去り際、ドアの奥から声が聞こえた。スーパークリークの声だ。
 カズは気になり、彼女に気づかれない様、そっと扉を開けて、細い隙間から覗きこんだ。

「たった一度の機会……トレーナーさんにあげたかった皐月賞とダービー。三つ……三つ、絶対あげるってトレーナーさんと約束したのに……」
 スーパークリークは毛布に顔を埋めてすすり泣いていた。彼女の夢が閉ざされかけ、その姿はあまりにも痛ましかった。
(あの子は俺の為に…自分の事よりも俺なんかの為に…。あの時の様に。)
 
 数ヶ月前、カズとトレーナー契約を結ぶ前のスーパークリークは十年に一度の逸材と言われ、トレーナーの腕が良ければ安定した成績を残せると言われ、腕が立つトレーナー達からスカウトを受け、実績があると言われたあるベテラントレーナーとの契約は確実だろうと周囲は感じてした。しかし、スーパークリークは新人であったカズとトレーナー契約を結ぶ事を望んだ。周囲はそれに驚いた。
 そしてそれに納得いかないトレーナー達からの風当たりが強く、あるトレーナーからスーパークリークの担当を賭けた勝負を挑まれた。
カズもそれは理不尽だと牙を剥けかけたが、スーパークリークはその賭けを受けて立ち、
彼女の強い決意を尊重し、勝負する事にした。
 練習を重ねるスーパークリーク、そして彼女のサポートに尽力したカズ。結果はスーパークリークが勝った。

 しかし、相手トレーナーから掛けられた負け惜しみの言葉、そしてスーパークリークとの勝負に負けてしまったウマ娘への横柄な態度。それを目の当たりにしたカズは我を忘れてしまい、牙を剥け、相手トレーナーの肩を掴むと殴り飛ばした。
 この出来事がきっかけで、本来ならば重大な処分が課せられる所だったが、相手トレーナーの普段からの態度、賭け事の経緯によりカズは二週間、学園の出入禁止処分となった。
 しかしそれでもカズへの風当たりは強かった。相手のトレーナーは実績があったのと、カズ自身の身なりからスーパークリークと学園の未来を潰した乱暴者として他のトレーナーや記者から蔑まされた。
 カズは人間達の身勝手な振舞いに嫌気が差していた。しかし、それ以上にスーパークリークの頑張りを無にしてしまった罪悪感と自己嫌悪に苛まれた。
「お父様……。」
「獅穂、すまん……。」
 カズの言葉に察したのか首を横に振る獅穂。思えば、この子も新しい友達やスーパークリークというお姉さんが出来て、喜んでいたのに。やはり、自分もあの殴り飛ばしたトレーナーや周りの人間達と変わらないじゃないか。自己嫌悪に染まりながら文を綴った。
(彼女のトレーナーを名乗る資格はないな。)
 カズは紙にペンを走らせ、文章を書くと。
その紙を封筒に入れた。その封筒には『辞表』と書かれていた。

 そして処分が解けた日。カズはトレセン学園に戻って来た。しかし、彼は今日が最後だと思い、辞表を提出する前にスーパークリークに別れを告げる事にした。
 すると、トレセン学園の門の前で佇んでいる女性がいた。スーパークリークだ。
「クリーク……。」
「トレーナーさん。」
 彼女はカズの姿を見つけると駆け出し、そして、彼の胸に飛び込んだ。
 バフっと柔らかい音ともにスーパークリークの温もりがカズの身体に伝わってくる。彼女は彼の胸に顔を埋めた。そして埋めた顔を上げてカズを見上げた。
「おかえりなさい、カズさん……。」
 カズを見上げたスーパークリーク。その瞳に涙を浮かべていた。彼女の涙、そしてトレーナーではなく、名前で呼んだ彼女の言葉にどれだけ自分を待っていたか。周りから蔑まれていた自分をどれだけ待っていたか。彼女の想いが伝わっていた。

 俺は辞表を破り捨てた。誰よりも優しく、誰よりも温かな心を持った彼女のトレーナーになると改めて決意した。それなのに、俺は……カズは彼女をまた悲しませてしまった事にやるせない気持ちでいた。そして、この場を離れたら俺は…俺は今度こそ彼女のトレーナーでいる資格はない。
 カズは意を決すると、ドアノブに手を掛けると扉を開いた。
「!!?」
 突然の事に驚いたスーパークリークはカズの姿を見ると、慌てて零していた涙を拭き取った。
「と、トレーナーさん!?帰ったんじゃ。」
「クリーク、今日は俺もいる。君の側にいさせてくれ。」
「で、でも。」
「獅穂なら、たづなに頼んで連れて来て貰う。
君を一人にさせない。それがトレーナーの役目。」
 そういうとカズは持っていた荷物から必要なものを取り出し、携帯電話のメール機能でたづなに連絡をする。そんなカズの行動にスーパークリークは戸惑っていた。
「トレーナーさん……。」
「クリーク…俺は今まで君のトレーナーではなかった。君を一人にさせてしまった…すまない。」
 そしてカズは鞄の中から刃渡り数十センチの汎用ナイフを取り出すと鞘から抜いた。
「トレーナーさん、一体何を?」
 戸惑うスーパークリークを他所目に一瞬に輝く刃を真剣な眼差しで見つめるカズ。
 初めて出会いトレーナーとして指名した時に見せた彼女の笑顔、処分が解けて帰って来た自分を瞳に涙いっぱいに浮かべて迎えてくれた彼女の温もり、そして道を閉ざされかけて悲しむ彼女。スーパークリークの姿を浮かべるとカズは自らの左手の甲に突き刺し、そして横に滑らせ、切り裂いた。
「と、トレーナーさん!?何を!?。」
 大きな傷口からカズの腕を伝い流れる血。
「た、大変、すぐに血を止めないと!。」
 その傷は深く、スーパークリークは慌てるもカズはそれを制止した。
「クリーク、君が背負ってきた悲しみや痛み、これから背負うとする喜びも悲しみも困難、俺も一緒に背負う…俺の生命は君と共にある。その証がこれだ。」
「トレーナーさん……。」
 カズは右手で左手の甲を押さえた。その言葉をスーパークリークは彼の想いをゆっくりと聞いていた。
「クリーク、今度は俺から言わせてくれ。俺を…俺を君のトレーナーにさせてくれないか?」
 カズの言葉にスーパークリークは胸一杯になり、自分の手を傷口を押さえたカズの右手にそっと重ねた。
「はい……。」
 
 スーパークリークは涙を浮かべた笑顔を彼に見せて頷いた。その涙は悲しみではなく、温かな喜びの涙だった。


「なるほど、その傷にはカズトレーナーとスーパークリークさんにその様な物語があったのですね。」
「あぁ。勿論グラスワンダーやトウカイテイオーの時もそうだった。しかしまぁ、結局は自己満足になってしまうんだけどね。」
「いえ、スーパークリークさん達が重賞レースを制する事が出来たのもカズトレーナーの想いが通じたのであり、同じ女の立場として、それだけ大切にされているって、とても嬉しいと私も思います。」
 いつもの様に熱く語る乙名史にカズは苦笑いを浮かべた。

 自分がやった事は血生臭いだろう。だけど、スーパークリークやグラスワンダー、トウカイテイオー、そして全てのウマ娘達は栄光を勝ち取る為に頑張っている。喜びだけではなく、彼女達が壁にぶつかり痛みと悲しみにも襲われるだろう。そんな辛い気持ちを分かち合うのもトレーナーだ。不器用ながらも彼女達をサポート出来た事、そしてウマ娘達と同じ女性として、女性視点で話してくれる乙名史の言葉にカズは心の中で安堵の表情を浮かべた。

 左手の大きな傷はずっと残る。だが、それは
彼女達と共にある。その証である。


FIN