書名:こんぱるいろ、彼方
著者:椰月美智子
こんぱるいろー漢字では金春色―の美しい表紙に誘われて手に取り、失礼ながら椰月美智子さんのことを全く知らない状態で読んだ本。
母、自分、娘の3世代の視点から描かれるベトナムのこと、歴史とその中の自分、今とこれから。
ちなみに「こんぱるいろ」とはターコイズブルーの和名。
主人公である野田真依子は40代の主婦、スーパーでパートタイムで働いている。
娘の奈月は二十歳の大学生、息子の賢人は中学生で反抗期真っ盛り。
それなりに平穏に過ごしてきた真依子に、ある日訪れた転機とは。
【この先ネタバレ含みます】
奈月が友人とベトナムに初めての海外旅行に行くことになり、それを聞いて驚いた真依子はこれまで話していなかった自分のルーツを娘に打ち明けることを決意。
青海真依子(結婚後は野田真依子)は日本に帰化した後の名前であり、彼女の元の名前はファン・レ・マイ。
1978年に両親や兄姉とともにベトナムから日本に逃れてきた、所謂「ボートピープル」だったのだ。
子どもたちが差別されるのではと危惧してなかなかそれを打ち明けられずに時は流れ、娘の旅行先が偶然にもベトナムだと知って真依子は葛藤の末、決断する。
その葛藤とは裏腹に、奈月の反応が意外だった。
「何で今まで黙ってたの? 親がベトナム人だからって何か問題があるの?」
将来は小学校の先生になりたい、という奈月はアクティブで勉強熱心。差別は良くない!とストレートに主張する彼女がとてもまぶしくかっこよく思えた。と同時に、まだ若くて世間をあまり知らないが故の純粋さだろうとも思った。
対して主人公である真依子はおとなしく、あまり能動的ではない性格。ベトナムの歴史もあまり知らず、幼少期には話していたベトナム語も今は殆どわからない(兄や姉はベトナム語を話せる)。日本に来てからはベトナムにも他の海外にも一度も行ったことがない。
奈月から「どうしてお母さんは自分の母国のことに無関心なのか。何で知ろうとしないのか」となじられても、「興味がなかったから」とバツが悪いものの悪びれない。パート先で同僚の日系ブラジル人が上司にパワハラされていても、内心憤りつつ面倒なのと怖いのとで殆ど何もできなかった。
私は真依子と近い世代なので、彼女が娘から突き上げられている箇所では少し…いやかなり同情した。
奈月から見て「うちの母は事なかれ主義で、知らないことを学ぼうという気もない」とイライラするのもわからなくはないが、目の前のことをこなして日々を過ごすのに精一杯な主婦と、若くて向学心旺盛な大学生の娘では勝負にならないというか(そもそも勝負でもないが)、立っている位置も見ているものも違うんだと思う。
そしてもう一人の主要人物、真依子の母である春恵(元の名前はスアン=春という意味)。ベトナム南部のニャチャンで生まれ育った女性がどういった経緯で家族とともに日本に来たのかが描かれている。
ベトナム戦争で北側が勝利し、社会主義国家として統一されたベトナム。南側の将校だったスアンの夫・フンは迫害からの解放と自由を求めて亡命を決意。妻子とともに嵐の夜に船出し、日本にたどり着いた。ボートピープルの人々が皆亡命に成功した訳ではない。船出して追っ手に捕まった人も、船が難破して亡くなった人もいた中で、彼らは生き延びた。
それから40年余り、日本で子供たちを育て上げ平和な余生を過ごす老夫婦の姿が微笑ましかった。
小柄で可愛らしいスアンが、夫を信じて未知の国へ踏み出していく姿に感動した。夫婦が激動の人生を乗り切ったおかげで、子供たちと孫たちの人生に繋がったのだから。
私の住む街にもベトナムから移住されてきた方々はちらほらいる。
その人やその親御さんにも色々な歴史があるのだろうなと思った。
恥ずかしながらベトナム戦争について詳細を知らなかったので、この本をきっかけに色々検索してみた。フランスの統治からの脱却、アメリカの介入、2つの国に分かれてベトナム人同士で争った戦争。どちらの立場にもそれぞれ主義主張があり、単純にどちらが正しいとも言えない世界だった。
奈月は旅の前でも後でもベトナムのことを積極的に知ろうとして、見分を深めていく。
そんな娘のようには積極的になれないものの、「今の自分も上々じゃない?」と肯定した上で少しずつ変わっていこうとする真依子に共感した。
小説としては、激動の人生を生き抜いた春恵もしくは積極的で向上心にあふれた奈月を主人公にした方がドラマチックなのかもしれない。
でも、3人の中でいちばんのんびりしている真依子を主人公に据えたことにはそれなりに意味も理由もある気がする。「自分は自分でいい」と自己を肯定することの大切さを感じた。
ちなみに真依子の元の名の「マイ」はベトナムでは旧正月の頃に咲く黄色い花のこと。
