大学の頃のことをふと思い出している。
母校では卒論の提出〜ゼミ合宿〜口頭試問の流れの中にある頃合か。

卒論の提出日は熱を出していて、頭に冷えピタ貼って打ち上げに参加した思い出。
先輩が冷えピタに『気合い』と書いてくれた。笑

卒論をやるという名目で夜な夜な研究室にこもり、気づいたらソリティアを無限にやっていた。

寝袋に入って研究室で寝て、翌朝入ってきた先生にビビられた。あの寝袋どうしたっけな。。。

理系の研究室で泊まり込みは珍しい話ではないけど、ド文系で泊まり込みは少数派だったんじゃないかと思う。だって帰るの面倒だし。そんな人間が自分だけじゃなかった、そんな環境って幸せだったと思う。

あまり真面目な学生ではなかったから4年の後期まで授業があった。。。単位ギリギリで卒業した。

うん、素晴らしい日々。

考えたいことを考えたいだけ考える日々。
うん、素晴らしい日々。

無事に卒業できて、謝恩会の日に先生は小松に言った。

『お前はこれから苦労するかもしれんな、お前のことがわかる人間は、10人に2人くらいいたらいいほうや』

泣きながら聞いていた。

その預言は当たっていたと思うけれど、同時に、誰でもそんなものなのかもしれない、という考えにも至っている。多分、もっと、いや確実に、わかってもらえなさを感じながら生きる人々はいる。

10人に2人いればかなり多いような気がする。

たとえ数は多くなくても、なんにも話してないのに『あっ。』て思う出会いを私はいくつか、得ることが出来た。

今もそれに駆り立てられて進んでいると思う。



『君たちはやっと入口に立った』
『いつか、シンポジウムとかできたら面白いな』

卒論を出した私たちに先生が言った言葉。

あれが入口だったって、今なら本当にわかる。
当時はゴールでしかない、としか感じられなかったのに。

あれは入口だった。

私は今も、流されてしまうこともできる潮流の中で、その潮流に逆らって、別にやらなくても困らないことのために全てを組み上げている。

謝恩会の日と似た涙を流した夜から、1日も、忘れたことは無い!


これからもずーっと、進んでいきたい。