こんにちは~
前記事に温かいコメントやいいねをくださった皆様~
ありがとうございました
とてもとても嬉しかったですぅ~
いよいよ「カラフト伯父さん」大阪公演まであと数日となりました
観劇できるかどうかゴブゴブだけど少し緊張してきました
そして、大勢のブロ友さまにお会いすることも・・・
この度、お会いすることになりましたブロ友様方~
私、ふつつかな伊野尾担ですがどうぞよろしくお願いいたします
さてさて、カラフトシックの方々との温度差がとても気になるところですが・・・
JUMPと全く関係ない記事書きます
なんだか私の回顧録的な内容になっているので、興味のない方はたいそうつまらんと思います
お時間があればお付き合いください
先日、本屋で「伊野尾くん載ってる本ないかな~
」と物色していた時のこと・・・
目線にコレが入ってきてブッ飛んだ
ギャーーーー!!
剛がGマガの表紙ってぇぇぇぇぇ!!!
ヽ((◎д◎ ))ゝ しかも、白いテレキャス・・・(TωT)
(
説明しよう!!Gマガとはギターをやってる人間は必ずと言っていいほど買ったことがあるギターの専門誌で、やってる人間にとって表紙になることはこの上ない名誉である)
思わず2度見した!!かつて、ジャニーズでGマガの表紙になった人いる??あ、ヨッチャン辺りなってるか(笑)
もう、嬉しくって貪るように内容読みましたけど、買いませんでした
その衝撃で伊野尾くんのことはすっかり忘れて帰宅
←おいw
次の日、やっぱり買いに行きました
だって、そこには私のルーツが載っていたんだもん
←思い込みw
ちょっと語っていいですか?(いいですよ~
)←ウザww
以前、「堂本兄弟」が終了する時に書いた記事で少し触れましたが、剛のギターの師匠は土屋公平氏(蘭丸)です。で、その師匠の土屋公平(以下蘭丸)は私がうら若い乙女だった頃に初めて好きになったギタリストなんです
だったら何?とか言わないで~
なぜ蘭丸かというと・・・
(拾い画です)
この容姿!!
とても中性的でしょ??(惚れんなよ!笑)
歴史上の人物、森蘭丸から由来しています
当時、蘭丸は「The Street Sliders」というバンドにいました。
(拾い画です)
私は、中学の時に友達のお姉ちゃんから借りたテープでこのバンドを知りました。(それまでは、フツーにアイドルとか歌謡曲を聴いてた)
もうね、ゴリゴリのロックンロールで
超カッコよかった
で、雑誌とかでこのビジュを見て、君にHITOMEBORE
ライブではこのカワイイ顔で踊りながらファンキーなギター弾くんだからねー
反則だよねー
←しらんがなww
で、高校に入って、一応吹奏楽部に入部したんだけどね~
ある日、Gマガのスライダース特集を見て吹部を辞めることを決意!

(拾い画です) ※当時のGマガの記事ではありません
このギターを見てバンドすることにした
まずはギター買わないとね
しかし、このギターは、'70年製フェンダーUSAストラトキャスターに蘭丸自身がペイントしたもの。値段は当時でも何十万!!!そんなん買えるかい!!!
でもでも、当時はフェンダーJAPANと言う会社が各年代に作られたギターのレプリカとでも言いましょうか、そっくりのギターを作っていました
ヤッター
(今となってはJAPANもお宝でございます)
フェンダーJAPAN製ストラトキャスター'70年モデルは当時5万5千円
すぐにバイトを始めたよ
それから約1年後、白色のフェンダーJAPAN製ストラトキャスター'70年モデルを手に入れました。(上のGマガ表紙で剛が持ってるテレキャスと全く同じ色!
)
当時、自分で蘭丸のストラトと同じようにペイントするつもりで買ったけどね、結局することはなかったです。
なんかマニアックな話になってしまった・・・スミマセン(-"-;A
その後バンドを組んでからは、洋邦のいろんな音楽を聴くようになり、HR/HMにハマり、スライダースを聴くことはなくなって、1年後くらいに彼に出会います
(拾い画です)
X ♡HIDE♡
なんか蘭丸に似てるっしょ
もう彼は死んじゃったけどね~
このころ、世はバンドブーム
ジャニーズ不遇の時代ですね
次は剛のこと書きます
前記事に温かいコメントやいいねをくださった皆様~
ありがとうございました
とてもとても嬉しかったですぅ~
いよいよ「カラフト伯父さん」大阪公演まであと数日となりました
観劇できるかどうかゴブゴブだけど少し緊張してきました
そして、大勢のブロ友さまにお会いすることも・・・
この度、お会いすることになりましたブロ友様方~
私、ふつつかな伊野尾担ですがどうぞよろしくお願いいたします
さてさて、カラフトシックの方々との温度差がとても気になるところですが・・・
JUMPと全く関係ない記事書きます
なんだか私の回顧録的な内容になっているので、興味のない方はたいそうつまらんと思います
お時間があればお付き合いください
先日、本屋で「伊野尾くん載ってる本ないかな~
」と物色していた時のこと・・・目線にコレが入ってきてブッ飛んだ
ギャーーーー!!
剛がGマガの表紙ってぇぇぇぇぇ!!!
ヽ((◎д◎ ))ゝ しかも、白いテレキャス・・・(TωT)
(
説明しよう!!Gマガとはギターをやってる人間は必ずと言っていいほど買ったことがあるギターの専門誌で、やってる人間にとって表紙になることはこの上ない名誉である)思わず2度見した!!かつて、ジャニーズでGマガの表紙になった人いる??あ、ヨッチャン辺りなってるか(笑)
もう、嬉しくって貪るように内容読みましたけど、買いませんでした
その衝撃で伊野尾くんのことはすっかり忘れて帰宅
←おいw次の日、やっぱり買いに行きました
だって、そこには私のルーツが載っていたんだもん
←思い込みwちょっと語っていいですか?(いいですよ~
)←ウザww以前、「堂本兄弟」が終了する時に書いた記事で少し触れましたが、剛のギターの師匠は土屋公平氏(蘭丸)です。で、その師匠の土屋公平(以下蘭丸)は私がうら若い乙女だった頃に初めて好きになったギタリストなんです
だったら何?とか言わないで~なぜ蘭丸かというと・・・
(拾い画です)
この容姿!!
とても中性的でしょ??(惚れんなよ!笑)歴史上の人物、森蘭丸から由来しています
当時、蘭丸は「The Street Sliders」というバンドにいました。
(拾い画です)
私は、中学の時に友達のお姉ちゃんから借りたテープでこのバンドを知りました。(それまでは、フツーにアイドルとか歌謡曲を聴いてた)
もうね、ゴリゴリのロックンロールで
超カッコよかった
で、雑誌とかでこのビジュを見て、君にHITOMEBORE
ライブではこのカワイイ顔で踊りながらファンキーなギター弾くんだからねー
反則だよねー
←しらんがなwwで、高校に入って、一応吹奏楽部に入部したんだけどね~
ある日、Gマガのスライダース特集を見て吹部を辞めることを決意!

(拾い画です) ※当時のGマガの記事ではありません
このギターを見てバンドすることにした
まずはギター買わないとね
しかし、このギターは、'70年製フェンダーUSAストラトキャスターに蘭丸自身がペイントしたもの。値段は当時でも何十万!!!そんなん買えるかい!!!
でもでも、当時はフェンダーJAPANと言う会社が各年代に作られたギターのレプリカとでも言いましょうか、そっくりのギターを作っていました
ヤッター(今となってはJAPANもお宝でございます)
フェンダーJAPAN製ストラトキャスター'70年モデルは当時5万5千円
すぐにバイトを始めたよ
それから約1年後、白色のフェンダーJAPAN製ストラトキャスター'70年モデルを手に入れました。(上のGマガ表紙で剛が持ってるテレキャスと全く同じ色!
)当時、自分で蘭丸のストラトと同じようにペイントするつもりで買ったけどね、結局することはなかったです。
なんかマニアックな話になってしまった・・・スミマセン(-"-;A
その後バンドを組んでからは、洋邦のいろんな音楽を聴くようになり、HR/HMにハマり、スライダースを聴くことはなくなって、1年後くらいに彼に出会います
(拾い画です)
X ♡HIDE♡
なんか蘭丸に似てるっしょ
もう彼は死んじゃったけどね~
このころ、世はバンドブーム
ジャニーズ不遇の時代ですね
次は剛のこと書きます