色んな方に会っていると


インディゴチルドレンにもタイプが分かれているなーと感じます。



現時点で、私の周りで現実あったことのあるインディゴさんでは、大きく2つに分かれている気がします。


まずは


非常に繊細で、エネルギッシュではない方たち


「よーーーし!がんばるぞ!」と目をギラギラさせるなんてことが苦手なタイプ。


何でも挑戦してみようなどという意欲はなく、


毎日をしんどいなあと感じたりしてる。


子供のころから、遊びに夢中になるということもあまりなく、色々なものに興味をしめさない。


危険なことも敏感に察知して、無謀なことはしない。ちょっとさめている感じ。


場合によっては、学校の先生からは少々扱いにくいと思われているかもしれない。


多くのことをそつなくこなすタイプも居て、多方面で優秀だったりする。が


夢中になったり極めることが苦手である。


一生懸命頑張ることが美徳だと考えていない。そう教育されると、ますます冷静に考えてしまう。


場合によっては、大きな期待を寄せられることで、自分の本質を消されることを恐れるのかもしれない。



集団生活は得意ではないが、先のことを冷静に考え、なんとか通っている子供が多い。



表面は柔らかいイメージを持たれることもあるかもしれないが、本質はやはりインディゴで


納得のいかないことにはテコでも動かなかったりする。



心は非常にピュアで、ヒガミやネタミが少ない


育った環境により、必ずしも表面に現れていないかもしれないが、


誰かと比較して自分の存在価値を見ているわけではない。





もうひとつのタイプは


目に強いパワーを感じ、世の中に、反感を感じている事が多かったりする。


確固たる自論があり、一般的な見方をすると暴走しているかのように見えることもある。


子供のころから突発的に理解できない行動に出ることがある。


もちろん心は非常にピュアである。が故に、世の中の不条理に黙っていることが難しい。


人に対しても自分に対しても同じように厳しく、そして優しい。


やはり、人と自分を比較してひがんだり憎んだりするようなことはしない。


とても公平な目を持っている。


画一的な教育や、勝手に決定付けられた美徳などに反感を強く感じるので、学校に行くことが苦痛だと感じることがよくある。




いずれにしても、親が理解をしてやることで、心を開いてきたり、ピュアな部分が出てきたりする。


小さいころから植えつけられた根拠のない常識や美徳でよく見えなくなっていて苦しいのだと思う。



そういえば、「道徳」の時間が嫌いっていう共通点もあったりする。


社会から評価の高い言動を求められることが納得いかないのだと思う。


まあ、それは確かに正論だと思う。


社会の評価のために自分は生きているのではない・・・当たり前のことなのだ。


しかし、算数や国語より「道徳」の方が楽ちんだと感じたものだけどな~(笑)



確かに、「道徳」通りの子供ばかりだったら、先生は楽だろうな~




それから、共通して言えるのは、何かに特別な才能がある。


もしもそれが見えないとしたら


親が少し見方を変えていくことで、少しずつ見えてくる可能性が高い。



しかし、育った環境は家庭だけではなく、学校、先生の存在を無視するわけにはいけない。


学校、先生も理解を見せてくれる場合もまれにあるけれど、今の現状は、そこに期待をするのは


難しいことだろうと思う。


そのうち社会も変化を見せてくる。そのうれしい変化ためにも、是非お母さんには理解しようという姿勢でいてくだ


さったら、とてもとてもうれしい。



いい親になんてなれないしなる必要もないと思う。


良い親って定義がわからない。



親も子供に対して良い親、立派な親になろうと頑張る必要なまったくないと思う。


親自身もありのままで居るのが一番だと感じる。



子供と真正面から向き合うことが心からできたら、子供たちは生まれ変わったように変化を見せるでしょう。