フランツ・カフカの『断食芸人』を読んだ。
ネタバレしない程度にあらすじを言うならば、断食を行っているところを公開して集客する芸人の話。
「断食」と聞くと、いろいろなことが連想される。ラマダーン、ダイエット、修行......
しかし、作中の断食芸人は、何かしらの目的のために断食をしているという風ではなかった。
もちろん、稼ぎも目当てであっただろうが、それよりも何よりも、
彼は、彼の仕事に誇りを持ち、真剣であった。
断食そのものが目的であり、何かを得るための手段ではないのだろう。
そう僕は思った。
僕は昨年の夏に、一時期、食べない時期があった。
とりわけ、肉や魚などの命を感じる食べ物を食べるのが苦痛で。
家族やM先生に心配されて、理由を聞かれるたびに、「わかりません」と答えるしかなかった。
体育の授業なんか、息もできないくらいの暑さで、脱水症状と空腹がいっぺんに来て、もうフラフラだった。
それでも頑なに食べようとしなかった。
思春期にありがちといえばありがちだけど、僕はとんでもなく本気で、当時僕は「きっとこのまま何も食べずに痩せてしまって、ふっと眠るように死ねたら幸せだろうなあ」なんて考えていた。
学校生活で嫌なことがあったわけでも、死にたいほどの悩みがあったわけでもないのだけど。でも何となく当時の僕の気持ちは、今も脳味噌の片隅にある気がする。
要は、きっと、僕は自分を痛めつけたり、傷つけたりすることで、誰かに許されようとしているのだ。
自虐でしか、自分を確立できない、そんな芸のない人間だったのだ。
断食芸人にも同じものを感じた。自己存在を傷つけることでしか証明できない。
そんな一見、矛盾したような表現も、僕らは日常的に行っているような、そんな気がした。
はい、というわけで、『断食芸人』面白かった。
以上。