先週まで母が子守を手伝いに来てくれていました。


実は私と母は昔から不仲で、


周りが凍りつくほどの激しい喧嘩を繰り広げてきました。


自分でも本当に不思議なのですが、


母に対してはとても尊敬している部分、


親友のように何でも話せる部分もあり、


それとは逆に生理的にどうしても受け付けない嫌悪感、


子供時代を歪められた、大人がやるような事も引き受けなければいけなかったという、


恨みつらみも存在していました。



けれど今回、老齢にも関わらず、高速バスを長時間のり、


重い荷物をえっちらおっちらと運びながら、


遠い私達の所までわざわざ来てくれたのです。




けれど、案の定大喧嘩。


自分でも情けありませんでした。



でも、おばあちゃんとママの喧嘩を悲しそうに見つめる息子を顔を見た時、



続けてはいけない。

私と同じ思いを、

この子にだけはさせてはいけない。

冷静に話し合おう。


そういう気持ちになりました。


息子の悲しい顔以上に、

悲しくなることはない。


なので、母に冷静に自分の気持ちを伝えました。


それに対して母は、


「心の底から申し訳ないと思っている。


だからあんたにどんだけきつい事を言われても、


ここまで来て助けなきゃと思ったんだ。」


そう言いました。


その時私の中で、数十年溶けなかったわだかまりが、


水に溶かされたような気持ちになり、


長年積もっていたマグマの様な怒りが、嘘のように消えていったんです。



母になり母の大変さがよく分かりました。


孤独や疲労感の中でも休めない育児という仕事。


今よりも更に大変だった時代に、私を育ててくれた事。


そして今も、老体に鞭打って、孫をずっと抱っこしてくれている。


床もお風呂場もトイレも掃除して、


ぶっきらぼうだけど「あんたはただ休んでなさい」と言ってくれる。


私達の関係性で、こんな事をしてくれるのは、


彼女が母親として本当に打ちのめされ、反省し、変わってくれたからだと、


実感したのです。




息子はおばあちゃんが大好きで、


私と母の間に入り、抱きついてくる。


「仲良くしてね。一緒に遊ぼう。」


屈託のない笑顔で私と母を繋げてくれました。




私は愚かでした。


反省し、変わった母ではなく、


もう存在しない、昔の母を見ていたのです。


そして完璧なマリア様の様な母を求めてた。


ですが、自分が母になってよく分かりました。


母親とは常に精神力、体力を限界まで使ってる、余裕のない女性なのです。



そして、戻せない時間を戻そうとし、


変えられない出来事を変えようとしていた。


そして私にした仕打ちの裏には、


彼女の深い深い、悲しみがありました。


それを「母親なんだから克服してよ!」と心のどこかで思っていた。


無謀な事を喚き散らす子供のように求めていたのです。




息子の笑顔がなかったら、


息子の悲しそうな顔がなかったら、


引っ越しをし、遠く離れていなかったら、


こんな心境にならなかったかも知れません。




息子の名前には「水」という意味が含まれています。


テレビで見ていた時に、

あまりに美しかった地下水。


街の人達の生活と命を支え、

穀物や果物を育て、

いらないものを流していく。


彼は私達にとって、

その地下水そのもので、


私達のわだかまりを、

嘘のように流してくれました。



許しとは、簡単なものではありません。

自分で許そうとしてできるものでもありません。


「許せないから許せるようにしてください」


こう祈ることしか出来ませんでした。


長い年月がかかりましたが、


神様は息子を通して、その祈りを叶えてくださいました。


ハレルヤ、素晴らしい方。

神に不可能はありません。


先月の投稿に関係しますが、


息子が中学生になる頃には、

おばあちゃんは恐らくいないでしょう。


愛してやまない孫と、

大好きなお婆ちゃんとの時間も、

限りある、とても貴重なもの。


私は母になった娘として、

二人のその時間を出来るだけ増やし、

母が天国に召される時に、

ありがとうと言ってもらえるように、


やれるだけの事をしていきたいです。