日々のキトネ

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思った通りにこれからも 気まぐれに。
今はココロとカラダについて 書くことが多いです。

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腰痛治療が、1年10ヶ月目に突入しました。
腰に打つ1週間に8本ほど打つ注射の治療は10ヵ月。

けれども不思議と悲壮感がないのです。注射は大の苦手でこの筋肉と筋肉に癒着を剥がすと言うそれまで聞いたこともなかった治療、そういう注射も痛いとは思えばこそ、辛いから辞めたいと言う気持ちにはならず、ただただありがたく、ありがたく。
1人の人間の半生の間に深まった闇のような痛みの中に初めてただ1人医療の手を差し伸べてくれたY先生。
はじめはすごく怖かったけれど本当は情熱あふれる優しさを隠し持った強い先生に 今は心から信頼して通い続けているのです。

Y先生はその筋肉と筋肉の癒着をはがすと言う注射の治療においてはとても有名な先生らしく、けれど私はその先生の病院に1年も通いながら、その注射のことを何も知らずリハビリだけで拒み続けていました。

けれどそのことも後々になると良かったなと思います。
すべて順調。治らないと言う事はまだ時間が必要と言うこと。治療を続けている間でも私は自分の人生を生きることができるし、治療自体その後押しをしてくれるものだと勝手に思っています。

たった1人でその痛みが当たり前のものだと思い込んで、耐えていた日々に比べれば、信頼し感謝できる先生方に頼りながら、少しずつでも何かにチャレンジしようと思えるようになったのは、素晴らしいこと。

正直、元気でいようと思うけれど、どこからその元気や意欲を、生み出せばいいのか途方に暮れることもあります。

身も心も軽く、温かい感謝と信頼の翼で上昇するような生きる喜びに満ちた日々。そんな日々を当たり前のように過ごしたい。

自由にならない体と心、その答えを体が心から、心が体から教えてもらえることも知りました。

治療が長引けば長引くほど、依存しているのではないかと治療必要とする自分を否定して拒否していたのは紛れもない自分だけど、
先生の治療はまるで遺跡発掘のようで、
治療が進めば進むほどそれを生じた古い傷や痛みの場所が現れるのです。

その古い根源に近づけば近づくほど、そこに差し込まれる注射の針の影響は強くて、次の日は丸一日寝込まなければならない時もあるけれど、
不自由だったいろいろなものが剥がされ、自由になりる様はまるで生まれ変わらせてもらっているような感覚です。

だからちょうど今頃の治療の私は、色なら真っ白、
両方の手には何もつかんでいないし、つかみたいものも、わからない。

ただなんだかわからない希望がキラキラとちらちらと現れては消える毎日です。

すべてのものは変わり続ける、それだけが変わらない真実。

私はたった1ヵ月前とは全然違う私。

半年前はもっと違う私。
1年前はもっともっと違う。

変われると言う事はなんと素敵なことなんでしょう。

その力を無くしていた私を、体の方からアプローチをしてくれて私をより良い方向へ導いてくださる優秀な先生方に出会えたこと。

物語の起承転結、その転のページをめくってくれた出会いだと思います。

辛いことがあっても、悲しいことがあっても、 
それがどう転んで行くのか、面白がって生きていくこと。

頑張らないで、私の人生から見える景色を楽しむこと。

どうせ変わっていく景色。
どうせ終わりのあるストーリーの中のひと段落。

心から楽しんで、面白がって、時間を使いたい。

次のページがもっと面白くなるはず。


また、繰り返すけれど、
私にとって、治療は、治療してもらえることは喜びです。
長く誰も関わろうとしなかった、痛みの闇の中に手を差し伸べてくれた今の先生に、
毎回感謝でいっぱいになります。

そこに手を触れ、ほぐし、
先生の魂がこもった治療方法をずっと続けてくださることが、どれほどありがたいことか、
他でもない私自身が見捨てていた自分の体だからこそ、わかるのです。

勇気。

使命。

生涯をかけた仕事。

そんな、人間が持つことができる素晴らしいものを
注いでもらえる今、

私はそこから息を吹き返して、
春を迎えたいです。

生命の力をぐっと感じながら、
私の生まれた春のはじめに、まだ戻る。 
 
今度は自分のためにいきるために。

(それが私の大切な人たちの幸せにつながる種)