まいにち目まぐるしいけど、
足元ではゆっくり川が流れていて、
舟を漕いでいるのはわたし。
目まぐるしく変わる景色の中を、
川の流れに操られながら
確かに漕いでいるような気がしている。
毎日の原動力を思わず考えた。

プロジェクトがひとつ終わったら、ひとつ賢くなる。

ひとつ悲しいことがあったら、ひとつ強くなる。
ひとりと仲を違えたら、ほんの少しだけ優しくなれると思う。

ひとつの行動につき、好奇心がひとつ。
見てみたい。知りたい。試してみたい。感じてみたいと思う。

選択肢を捨てずに毎度きちんと選択をするのは、
世界の大きさを知りたいからじゃないかと思う。広さじゃなく、
奥行きを知りたいように思う。

刺激のつよいものにたくさん触れていれば
手のひらがだんだん分厚くなって
やさしい人になれるんじゃないかと思っている。
すこやかに生きるために必要なものは一体何なんだろう。
広く日当たりの良い家か、
良い食事か、
適度な運動か。
どれかひとつでも欠けてはならないのか?
いつも注意深くしていなければ欠けてしまうようなものなのか?


広くて日当たりの良い場所に行けばいいのだし、
良い材料で良い味付けをすれば良いだけのことだし、
体を自由に動かせばいいだけのことなのに、

それだけのことに「工夫」とか「こだわり」というラベルを貼る街。
とうきょう。


京都はじめっと蒸し暑く、
日差しがずんと重たい。
お茶会のまえに打ち水をする。
ホースで雨を降らせて虹をつくる。
ずんと重たい日差しで、
道路一面きらきらで、
あっと言う間に地面は乾いて、
何度も何度も水を撒く。
誰かのために水を撒く。


東京で働くことは、
暮らすことを働くことに従属させることだと思った。