1ヶ月近くこのブログを更新しないまま

SNSでシェアなどもしてないのにも関わらず

やはり毎日10前後はアクセスがあり

たまたまタグやタイトルからアクセスしてきた人がほとんどだろうけど

もしかしたらブックマークしてくれてる人もいるのかな、なんてちょっと思ったりもして

アメブロの人気ぶりを実感




さて、前回の記事はこちら

1・出生、実の母・育ての母のこと①



このブログを書き始めたことによって

最近ふとまたよみがえってきた忘れられない記憶のワンシーンを

いくつかまず書き留めておこうと思う



私が園児~小1くらいの頃だったと思う

父と継母が家で大喧嘩をしていたのを目撃して

その直後だったかどうかは記憶が曖昧だが

父がいないとき、私は継母に向かってこう言った




『お父さんは死んじゃったお母さんのことがまだ好きなんだよ』




その当時、自分がどんな感情でそれを口にしたのかは覚えていない


本当に悪気はなく子ども心に思いついたことをポッと口にしただけなのかもしれない


ただひとつはっきり言えることは


なんてひどいことを言ってしまったのだろうという罪悪感…

そのときはそんなふうに思ってなかったとしても


大人になった今もずっとその場面を忘れられてないということは

どこかでその罪悪感をずっと胸に秘めているんだなあと


そしてそのことを1度も謝罪できないまま、現在に至っている


ずっと浄化できないまま…



私のなかの小さな子どもが

ごめんね、って

何度もそうつぶやく



その記憶からひきずられるように思い出したワンシーン



やはりまだ私が幼児だった頃


夜眠りにつく頃、何かで継母に叱られて


『おとうさんと いっしょに ねる~えーん


とパジャマ姿の私が泣きわめきながら

お気に入りのぬいぐるみを抱えて

寝室へ向かっていった場面



これもきっと

継母に許してもらえてない、という

深い心の闇の表れなんじゃないかな、とも思う




もうひとつ、強烈に覚えている場面


たしか私が小1~2年だった頃、帰宅して家のなかに入ると

部屋の中がメチャクチャに荒らされていた


タンスから父の服を全部引っ張り出して
引き裂き

泣き叫ぶ母がそこにいた

どうやら、父の浮気が発覚?したらしかった


父と継母が大喧嘩する場面を

子どもの頃に何度か目撃はしたが

あれほど鮮明に覚えていることはない



自分も親になって痛感すること

どんな理由であれ、子どもたちの前で大喧嘩をするのはよくないなと

どれだけ子どもたちを傷つけることになるのか

自分自身がいちばんわかっているのだから…





継母は、亡き実母よりもずっと年上で

今も健在ならば、70代のはずである


ちなみに私は今年で39になり

父は今月の誕生日で62になる


実母の生年月日は知らないけど

私が3才になった年に30才でなくなったので

計算すると生きていたら今年で65前後だ

夫の両親とほぼ同年齢かぁ…


仏壇に置いてある実母の遺影が若い頃のものなので

私のなかの実母はそのイメージしかなく

年齢を重ねた姿を、はっきりとは想像できない




一方継母も、最後に会ったのは10年ほど前で

いろいろ事情もありそれっきり音信不通のままなので

そのときの印象しかイメージできない



継母は、大の麻雀好きで
とても派手な人だった…





このブログを開設して1週間

ちっとも更新してなかったのに

毎日アクセスがあり合計70を越えてるからちょっと驚き👀‼

アラフォーとか、ノンフィクションとか
タイトルやタグから見に来るのかな


なかなか一人で落ち着いてじっくり書く時間がとれないけど
(何度も書いてる途中で寝落ちしてしまう…😪💤)


今日から自分史をスタート

出生から年齢を追って順に書いていくつもりだけど

何かのエピソードからふと思い出したこととか

記憶がよみがえった時代に飛んで書くこともあるかもしれない



まずは出生地から話そう


現在は山梨県在住、ほぼ山梨育ちで1度も県外に出て暮らしたことはないので

出身は?と聞かれれば『山梨』と答える


父が山梨出身、母は熊本出身


そして私の出生地は静岡県の御殿場

両親が出会った御殿場で生まれ3才までそこで育った…らしい


私は御殿場で過ごした頃のことと

母の記憶はほとんどない


母は、私が3才の誕生日を迎えて1ヶ月もたたないうちに

30歳という若さで他界した

父もまた、その当時26歳という若さだった

今では2児の母となった私

結婚したのが28歳
長男を出産したのが30歳

自分も母になり子育てをして身をもって知ったこと

3歳の頃の我が子といえばまだまだ可愛い盛り

母はそんな私を残してどんな気持ちでいったのか

そして父も、26歳という若さで愛する人をなくすという現実を突きつけられ

どれだけつらかったか、苦しかったか…

今、こうして書きながら想像するだけで涙があふれてくる




末期の乳ガンだったと、父の姉である叔母から大人になってから聞いた


なんとなく、母の最期であったであろう病室にいたような記憶は、ぼんやり残っている

もしかしたらそれは記憶ではなく

私のイメージとして頭に残っているだけなのかもしれないくらい、おぼろげに



その後、たぶん1~2年?のうちに父は再婚し

その女性が私にとっては育ての母親になった

その育ての母とも、私が17歳のときに離婚

しかし幼少期~思春期の10年以上を一緒に暮らしてきたわけで

母親、といったら私にとってはその育ての母との記憶しかないのだ


実の母について、当時の頃のことを父や親戚からいろいろ聞いたのは大人になってからだ

それでも物心ついた頃にはすでに『自分の実の母は病死した』ということだけは理解していたようで

子どもながらに、実の母の話を自ら持ち出してはいけないと

そう思っていた



…つづく









このブログは全体公開にはしてあるけど

とりあえずしばらく友人などには紹介せず
自分史をここで書いてみることにした

FacebookやTwitterでもシェアしているメインブログを他で書いているので
そちらはそれなりのアクセス数があるけど

誰にも話さず、例えばタイトルや記事の内容キーワード検索などだけで
どれくらいの人が読んでくれるものなのか

私にとって実験みたいなものでもある


私に『やってみたら?』と
この裏ブログを書くことをすすめてくれた大切な友人には教えておくけどね(*´ω`*)

その彼女に導かれ、たくさんの勇気とメッセージを受け取った

『やりたいと思ったことをどんどんやってみる』

この1年くらいそれを意識して
いろいろ実践してきたけど

まだまだ自分のなかで

『でもなぁ…○○だから無理だよね…』

とか

『○○すべき、○○であるべき』

などという制限、ストッパーが外れてなくて

自分を愛する、許す、ということが出来てなかった


できてるつもりではいたんだよね

自分で自分にそう思い込ませてたっていうか



裏ブログをすすめてくれた彼女から

いま、私は変容の時だと言われた

未来のキラキラしている私が見えると


オラクルカードリーダーでもある彼女


先日リーディングしてもらったときに出たカードは

『trust』

自分を信じる


カードが意味するメッセージを伝えてもらったら
彼女との会話の内容にあまりにもシンクロしててビックリ❗

ふたりで『すごーい( ; ゜Д゜)こわーい!』って盛り上がり




そのあともシンクロが続き

こりゃもうあとは自分で決めるだけ、頭に浮かんでることはやるしかないな❗

そう思ってまずはこの裏ブログを手始めにスタート✏


次回から少しずつ生い立ちを書いていく

更新ペースはのんびりと