バスツアーを利用して、11月に出雲に行ってきました。岩でごつごつしている素鴨川は、浄化のパワーに長けており、橋を渡り切ると鳥居が見えてきます。
■須佐神社(すさじんじゃ)
御祭神:
須佐能袁命〈須佐之男命〉 (すさのをのみこと)
稲田比売命 (いなたひめのみこと)
足摩槌命 (あしなづちのみこと)
手摩槌命 (てなづちのみこと)(須佐家の祖神)
スピリチュアルカウンセラーの江原啓之さんが、「日本一のパワースポット」として名をあげてから、芸能人が参拝するようになり、注目された神社だそうです。
周囲は山々に囲まれ、一人ではなかなか来られそうな神社です。
随神門
拝殿の中では、若い宮司さん(神主さん?)が御祈祷に備えて、忍者のように素早く走り回って準備されていました。
参拝を終え、本殿を横から眺めてみたらこんな感じ。。。歴史と威厳を感じます。
さらに裏へ回ると、「須佐の大杉さん」と呼ばれる御神木が。
葉の間から照らされる太陽がとても柔らかく、包容力のあるやさしいエネルギーを感じました。
御神木の前に、木箱が設置してあり、50歳前後の女性二人がキャッキャ言っています。どうやら、木箱の中には杉の廃材で作られたであろうお守りが数量限定で置かれているらしく、
「ねえ、〇〇さんの分も必要よね?」「ねえ、〇〇さんにも持って行かなきゃ!」「残り少ないから、もう全部買っちゃった方がいいわよね」
と大声で話しています。私は数メートル離れた後でその会話を聞いていたのですが、二人が立ち去ったあとの木箱の中は空っぽで、ひとつのお守りも残されていませんでした。
その瞬間、怒りが湧き上がってきました。後ろに人がいるのに、せめて一つくらい残しておいてくれてもいいのに。。。
神社の境内であろうことか、はらわたが煮えくり返る思いで、なんて強欲で自分勝手なんだ、などと思いつつ、稲荷社を参拝したりしていました。
「強欲」 の反対語は、「共有」 かな、とか
「もし木箱のお守りが一つしか残っていなかったら、自分だったらどうしていたか?」
など、自問自答を繰り返していました。きっとお守りがラスト一つだったら、自分も手にしていたに違いない、など。
結局、境内を歩き回るうちに、
「お守りは本当に必要な人の手元に渡ればそれで良い」
という心境に至りました。もし〇〇さんが病気で苦しんでいたら、〇〇さんの手元にお守りはいくべきだし、きっと今の自分には必要ない、というサインだったのだろうと。
そんなこんなで、須佐神社では、神迎祭のスサノオに意識を向けるどころか、煩悩でいっぱいになってしまいましたが、鳥居を出る頃にはスッキリした気分で神社を後にしました。
須佐神社の通りをはさんだすぐ向かいには、「天照社(あまてらすしゃ)」があり、スサノオの姉であるアマテラスオホミカミが祀られています。
弟の須佐神社に比べると、小さめのお社ですが、奔放な弟をひっそりと見守る姉のようで、アニメ『巨人の星』の星飛雄馬(ほし ひゅうま)と明子姉ちゃんを思い出してしした。
本日も最後までお読みくださり、ありがとうございます。