思いの外長くなってしまったけれど今回で暗黒シリーズは完結にひひ





自宅での療育はしなくなり園の先生方にお任せする様になった。

でもまだ勝手に肩身の狭さは感じていて置いていかれている感はずっとあったなー。卒園するまで…。

卒園式では園長先生が
『○○君(息子)が一番努力したと言ってもいいと思います。』
と仰られ
(やっぱりかぁしょぼん
と思った記憶が笑


担任の先生方も何とか息子に言葉を出してもらおうと個人特訓の様なものをしてくれて、息子も口を動かす真似は出来ても言葉は出なかった。
それでも一生懸命合唱の時に口だけ動かしている姿を見て
『普通に産んでやれなくてごめんね…』
と思ったしょぼん



今思い返しても誰も悪くはないと思っている。
みんな一生懸命だったしひたすらやれる事やったしとことん悩んだし。

あーすれば良かったこーすれば良かったと沢山思う所はあるけど、それがその時のベストだった。




卒園して今まで頼りにしていた先生方と離れるのは心細かったけど、ほんの少しだけホッとしたのは覚えてる。周りの子の成長と比べなくて済むようになるって流れ星流れ星流れ星



でも今この在園期間は息子の大きな糧になっている。
人と関わり方とその為には少しの忍耐と受け入れる気持ち、そして自分の意思表示。
この世界を生きていく為のベースになる事を学んだと思う。






前回のブログで何か色々思い出して感傷に浸ってしまったガーン
そうそう、最初地域の幼稚園に入れたくて中でも少人数ののびのび系幼稚園や仏教系の受け入れ態勢が大らかな?幼稚園など息子を連れて見学やら体験に行ったものだ。

3ヶ月程プレに通わせてもらって毎回ドキドキだったけど、面談の時に
『息子さんはプレまでは受け入れますが入園は残念ながら受ける事はできません。年中での入園でも無理です。』
はっきり言われたなぁ。。。

その日の降園後園庭の鉄棒からなかなか離れようとしなかった息子。
この日が最後って何となく分かったのかな…。


この時期もしかしたら同じ様な思いでいるお母さん達もいるのかなしょぼん







前回の続き〜

せめて小学生になるまでは!
○歳で脳の成長が決まる!
この頭蓋仙骨療法で発語があった!多動が治った!

など色んな情報に振り回されて毎月かなりの金額を息子を少しでも良くしようと遣っていた。
東京から来る療育のアプローチを教えてくれる人に会いに行ったりなど。
日常にその療育を取り入れて様子も報告しなければならない為私は更に療育の鬼のようになっていった。
常に療育者目線で、裸の心で息子に接することが出来なくなっていった。

もちろんアイコンタクトをばっちりできる様になるなどの効果もあるにはあったけど、結果的にはそれくらいだ。
ある日駐車場からマンションの間を歩いていたときに不甲斐ない息子に心底イライラしていて咄嗟の拍子に息子をドン!と後ろから押してしまったのだ。
息子は膝を突いて倒れてしまい、少し泣いたんだったかな。
自宅に入ってから私は大泣きした。
もう無理だ…
このままだったらもっと酷いことをしてしまうかもしれない。
私か息子かどちらか死んでしまうかもしれない。

大袈裟かもしれないけど本当にこんな風に思った。
息子に何度も謝った。

『こんなママでごめんね』

もちろん言葉も反応も特にない。





それから東京からアドバイスしにくる方にメールでしばらく療育から離れたいと伝え、辞めた。

もう園の先生に任せようと決心した。






正直、息子が人間らしくなってきたのは小学校入学してからくらいでガーン


それまでは本当に何考えてるのかが分からないから行動も突拍子なくていつ何時も目が離せなかった。

下の娘が産まれた時は息子は4才だったけど、少しでも手を離すとどこに行くか分からないから私が1人で連れて行く時は首も座ってない1.2ヶ月の娘を片手で抱いて反対の手で息子の手を握っていた汗


マンションの駐車場から自宅に入るときにしばらく距離あるけれど、先に鍵を出して手が足りないからって鍵を口にくわえて走ったのは切ない思い出しょぼん


特にそれまでは1人で生きてるんですか?っていうくらい自分の世界にいて、本人も混沌としている世界に戸惑っていたのかもしれない。



通園施設(幼稚園の様な物)に通う頃にようやく親の存在はよくわかってきて、先生など大人なら少しコミュニケーションができる様になっていった。

特に小さい頃はそれは見た目は男の子だけど天使の様にかわいくて周りの人からとても可愛がられていたと思う。
今でも外見は天使さは勿論抜けて少年ぽくなったけれど、やっぱり何故かとても可愛がられる。
それもある意味長所ではあると思う。



通園施設時代は実は私の中での暗黒時代。
なぜかというと、園や担任の先生方にはとても恵まれて実際その療育のおかげで周りの子ども達の成長は驚くものだった。
だけど息子は落ちこぼれでついていけなかった。

今になって思うとみんな違うのは当然だし息子もよく頑張っていてそれで充分だった。
先生方も息子の個性にとことん付き合ってくれて今でも感謝しかない。

だけど私は息子みたいに一言も話せない子はあと何人いるだろうか、とか手遊びでどれくらい真似できているかとか、参観日の肩身が狭いとか…。

自分の子の成長にしか注意がいってなかった。
恐らくまだ年齢が幼いうちに少しでも『普通』に近づけておかないと、と思っていた。


だけど私は私を責めることはできない。
それも立派な愛情だったしまだ見ぬ大きな別世界への不安(大袈裟かな汗)から来るものだったから。




長くなりそうなので次回にパー