ものすごい能力の方ですね。。


医者は明らかに私より、Kへの共感をこめて言う。

同じ大学を出て同じような領域に関心を向けているKを

目の前の私より大事に思っているのだろう、そう言うと隠しもせずハイと言う。


本当にアスペルガーかなあ。

アスペルガーの人ってそこまで攻撃的なんですかねえ。もっと困っている感じがしますけどね。

統合失調症の人とは違いますね。統合失調症の人はもっと悲しそうです。


昔はKも困っていて悲しそうな感じがした。

グレムリンに変わったのだ。

同じ人間とは思えない。

先生、そこまで成長するものなんでしょうか。人間変化するでしょうか。解離しているんじゃないでしょうか。


さあ、どうかなあ。


この医師はあんまり重症例を見ていない。

発達障害の勉強もしていない。


それでもこいつに相談するのはタダだし気楽なので

それに怒っても仕方がない


それでもその医者でさえも言う

そんな話ずっと聞いているんですか

つらいでしょう

つらいですもう聞きたくありませんメールに返事も出しません


犬が吠えている、と思ったほうがいいでしょうね


医者は楽しそうに言う。


犬が寄ってきて、あなたになついていて

何か言っている、ワンワンとほえている、

そんな感じでどうでしょうか


メールを見せて聞く

失礼じゃないでしょうか、ふつうは…

普通と言ってはだめなんですよ

普通じゃないんですから。

混乱していらっしゃるんでしょうきっと。

それで答えを要求している。

まあワンワンって言っているんですよ。


そうだ、何の意味もなかったのだ。


私に対してものすごくケチだった。

ごくごくごくまれに、何か食べるものをくれた。

するといつまでも自慢していた。

このお菓子はね、こんぶが入っているんですよ。

見てください、こんぶが入っているんですよ。

こんぶですよ。


こんぶですね。

私は優しく笑ってあげた。

内心かわいそうに、と思っていた。

昔は。


私の嫌がることをして私の心を叩きのめして、声も出ないでいる私を見て、

言った

お菓子をあげたのに、お礼を言わないんですか?


犬が吠えていたのだ

ワンワンと吠えていたのだ

過剰な意味を探していた


まさかこんな賢い人が、

ワンワンと吠えていただけなんて思わなかった。











私は今は自分のことを考えているんです

あまりに予想できる。

こう言ったらこういう反応。

どう言えば向こうが怒るかも。


知らしめて何がしたいのか。

そんなに勝ちたいのか。


憎しみを心の糧にして生きていく人もいる。

この人もそうだ。


でも私はもう疲れた。

憎しみは何よりも自分の心を蝕む。


そう、勝ちたい。もちろん勝ちたい。その気持ちを否定はしない。なぜ、私だけが。

でも、もういい。


自分のみじめさをちゃんと受け止めて生きていったほうが、

自分のみじめさを憎しみにすり替えて日々をしのぐよりも、きっと。

よく読めば、そうだね。

嫌がらせをしているだけ、ということはわかる。


ぱっと見ると、私がもう要らないから、最後通牒をつきつけて

私を捨てようとしているのだという気はする。

捨てられるのを恐れている私の目にはそう映る。


でもちょっと待て、とも思う。

「もう直接会わないようにするのが正しいのかな」と書きながら

仕事は手伝うとか

このことについてどう思うか、お聞かせください、とか。

乱文失礼なんて書いてあるの数百通メールもらって初めて見た。

この人はどんどん智慧がついていく。

言い訳を残しているのだ。逃げ場を残しているのだ。


肩に手が当たっただけで、「体に触れられるのは耐えられない」とか、

あたかも人をセクハラ犯のように、この年齢=童貞歴の変態野郎が偉そうに。

大体、「人と旅行に行くなんて考えられない」って、何のこと?

わからなかった。よーく考えて

「まあ、海外に行くんですか。いいなあ、一緒に行ってあの有名な名物を食べたい」と

そう言えば言ったということを思い出し

バカかと思った。そう、一般常識で考えれば、この人は、自意識過剰の醜いうぬぼれやで、

噴飯もののたわごとをほざいて、

そして人がストーカーでもしたように責めて、

「もう会わないほうがいい」と自分の不快感を伝えて来て、

そう言いながら、仕事は手伝うと言う。

つまり、自分に近寄りすぎない、適当な距離にいて、いつまでも自分を見守っていてほしいのだ。

手放すのはいやなくせに、

「そばにいさせてやるから、そこでおとなしくしていろ」ということで、

私を脅迫し、嫌がらせをしているのだ。

そう言えば私が謝ると、そして身を引いて、”セクハラ”してこないと思っているのだ。


もう涙も出なかった。

何年こんなことを続けてきたのだろう。

あの時手を握ってきたのは自分ではないか。何が体に触られるのは耐えられないだよ。

そんなことを言った覚えはない。そんなことをした覚えはない。

二人で会うのがそういう行動の誘因になっているのなら、だと。

今までどんなに長い時間を二人で過ごしてきただろう。

二人で買い物に行ってご飯を作って

私がこの人のためにどれほど長い時間を使い

どれほど苦しんだか

一切覚えていない。

そんなことはなかった。そんなことをした覚えはない。そんなことを言った覚えはない。


この自己愛性人格障害と解離性人格障害と併発した重症の超高機能アスペルガー障害者は

ついに

念願の高い地位に上ることになった。

もう天下無敵だ。日本中で。


だからもう私に頼る必要はない。

でも私を失うのは不便だからイヤ。

大体、自分のように恩義のあつい人間が、人との関係を自分から切るということはないと見せたい。

そんなところだろう。


どれほどこの人を大切にしてきただろう。

どれほど、この人のために苦しんできたことだろう。


でもそれはすべて

すべて自分が招いたことなのだ。

私が私のためにしたことなのだ。

今はそれがわかる。

今、ようやく、それがわかる。


この1週間声も出ないほど苦しんで、いろいろな人の声を聞き、

そしてようやく、今それがわかる。


よくもあんな恩知らずに、文月はあんな無償の愛を注ぐよねと

思っていた人がいるかもしれないが

無償などではなかった。

心の中で高い利子をつけていた。

負債はいつか憎しみに変わっていた。


この人にとって私は道具でしかない。

自分を愛してくれる人間だとこの人に認識された瞬間から

私は道具になった。

これまでの人生で、人と諍い、苦しめられたことはある。

でもおそらく、相手は、そういう意識はあったと思う、少なくとも、私が苦しんでいる、怒っているということは

わかっていただろうと思う。

この人にはない。

一切何も覚えていない。


それでも離れられなかった。

まともな時もあったのだ。

自分の立場が弱くなった時は、庇護を求める子猫のように私に擦り寄ってきた。

少年のように無邪気に笑ってくれることもあった。

この人はわかっていないのだ。

それがこの人の世界なのだ。

そして永遠に続くのだ。


今、私は、この人が憎い。

でもどんなにこの人のことを思っていたかそれは覚えている。

わかりました、すみませんでしたといつものように答えれば

まだこの人にとって、一番心を許せる、つまり

どんなに血を吸っても構わない家畜のような存在として

そばにいることはできる。

今ならまだできる。

そしてどうせ言うことなんてころころ変わるから。

覚えた言葉を言ってみているだけ。

人をコントロールしているだけ。嫌がらせをしているだけ。

そのうちまた、そんなことなどなかったように私を迎えに来る。

一体この地球上の誰が、そんなに都合よくこんな悪霊に尽くしてやるだろう。

私の代わりなど、いるわけがないのだから。


でもそんな私の心の中にあるのはもう愛じゃない。

人間を憎み妬み苦しむ

この人と同じ心。


この人と同じ醜さ、いや、この人以上の醜さは、

私の中に確かにあった。私だって自閉症スペクトラムのどこかには入っている。

診断済だ。

でも私は、私の中には、

普通の人よりずっと小さくても、ずっと弱くても

愛情があり人生への希望がある。

暗闇の中で輝くかすかな星の光。

しかしゼロと1の間には無限の開きがある。


このままでは私も悪霊になってしまう。


この人の前にあるのは、日本の最高のエリートとしてのバラ色の人生だ。

親兄弟も見返してやることができる。

まさに天下無敵。

ついに復讐がなったのだ。

もうこの人は自分を卑下する必要もない。お金にも死ぬまで困らない。

寄ってくる女性も確かにこれからは山ほどいるだろう。

私の将来は。

一人ぼっちのみじめな三流学者だ。

何にも興味を持てず

うだつも上がらない。

寂しい。

この人は私を頼っている。私だけに本音を見せてくれる。

長い時間を一緒に過ごしてきたのだから。失いたくない。

今は怒りにまかせてこの人を突き放しても

結局後悔し、寂しさに震えることになるのは私だと思う。

だから。

だけど。


親に愛されず、学校でいじめられ

寂しいばかりだった少女時代。

激情に振り回され、言葉では言えないほどの苦労ばかりだった思春期、そして成人期。

それでも私にはいた。

暖かい言葉をかけてくれ

あなたは悪くない、

とても純粋な人、

あなたのことが好き、あなたのことを忘れない、私が守ってあげると言ってくれた人が

いつも必ずいた。

誰もいない時には

暖かな雨が降り、美しい花が咲き、小さな生き物たちが

足元で働く姿を見せてくれた。

たぶん私は神様に

愛されて育ってきたのだ。

今生きているということが

天の恵みだということを知る心、

それがあるということこそが

私が愛されている証拠なのだ。

私の心の中にも、彼と同じ邪悪はある。

でも彼にはない記憶がある。

だからこそ私は苦しむのだ。

彼はそんなことでは苦しまない。

でももう羨みたくない。

もう自分の値打ちを疑って泣きたくない。

この人には何の悪意もないのだ。

ただこの人にとっての事実をしゃべっていただけなのだ。

あいつらはバカ、あいつらはキチガイ、あいつらは劣っている、ひがんでいる、僕を妬んでいる、

そんな心のまま

生きていくことは

本当は人間がしてはいけないことなのだ。


それでも一緒にいたかった。


私はこの人を許さなければならない。

この人の心の中には、3歳児の判断力しない。

3歳児がどうして、自分にものを与えてくれた人の懐具合を考えるだろう。

もらったものは食べる。もっとくれと言う。

ほかの人は食べていないとか、

この人は困っているとか

どうして考えられるだろう。

この人は悪くない。

私がこの人に頼ってもらいたかった。

支配したかった。

勝ちたかった。


もういい。もう、もう、もういい。

限界だった。

どんなにみじめに死んでいくとしても

私は

人間で死にたかった。

多くの罪を犯しただろう。

でも私はこの人と違って

私には判断能力がある。

そのような力を与えられたのだ。

だからどんなに理不尽でも、

ないほうがいいと思っても

私は責任を果たさなければならない。


もう行かなければならない。