16年前の今日。
私は自分の中に宿った命を、自分の意志で断った。
そう、自分で決めたのに、ずっとずっと後悔してた。
いや、過去形にはならない。
まだ後悔してる。
うん、現在進行形。
後悔して、後悔して、自分を責めていることが、さすがにつらくなって、心の勉強にたどりついた。
後悔を軽くしたかったのか、正当化したかったのか。
それは、よくわからない。
勉強すればするだけ、
向き合えば向き合うだけ、
他のことは楽になったけど、
このことについては辛くなった。
後悔が軽くなることはなかった。
軽くなるなんて、「嘘」だと思った。
起きたことは、必然だから。
全て糧にしなきゃいけない。
前を向いていかなきゃいけない。
「乗り越えるべき」に、していた。
自分をまた縛りつけていた。
命を自分の手で消したことは、紛れもない事実。
私の中に一生残る、忘れることのない、事実。
私は「罪人」だな。
そう思っていた。
今日、お参りに向かう新幹線の中で、
「後悔し続けていてもいいや。」
「自分を責め続けていてもいいや。」
「罪人のままでもいいや。」
って。
唐突に、降りてきた。
大切に想っていた。
あの子を、この手に抱きたかった。
一緒に生きたかった。
あの子を、護りたかった。
そう想った気持ちに嘘はない。
でも、その想いを持っていることに、×をつけて、責めていたのは自分自身。
後悔していなきゃいけないと、決めていたのは、自分自身。
後悔していないと、自分を保てなかった。
あの子を慈しむ気持ちと、後悔する気持ち。
両方あっていい。
私にとっては、両面みたいな気持ちだから。
そのくらいに、両方が大切な想い。
今は、それでいい。
今は、ただそれでいい。