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思い出深い場所
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どっどど どどうど どどうど どどう
青いくるみも吹きとばせ
すっぱいかりんも吹きとばせ
どっどど どどうど どどうど どどう
宮沢賢治『風の又三郎』の冒頭です。
10月14日から10月17日の3泊4日で、自分の通う大学が主催となって募集された災害復興支援ボランティアに参加し、岩手県釜石市の箱崎地区と大槌町小槌地区へバスで行ってきました。
キャンパスのある東京・世田谷から、首都高、東北道を経由し、途中3回の休憩を入れて約8時間。
海岸線が近づいてくると、そこには想像を絶する光景が広がっていました。
雨が降っていて、しかも車窓から撮ったので少し見づらいと思いますが、これが今の被災地の状況です。
瓦礫は大方撤去されていますが、鉄筋の建物はそのまま残されています。
倒壊した建物には、赤いスプレーで大きくバツ印がつけられていました。
辛うじて残された看板が、かつてここが漁港だったと教えてくれました。
それが無かったら何があったか分からなかったかもしれません。
津波は、この3メートル弱の堤防を容易く乗り越えました。
陸地に目をやれば、流された舟や押し潰された乗用車、倒された電信柱や樹木を見る事ができました。
ここは元々お寺でしたが、建物が津波で流され、墓だけが残った場所です。
また、陸地でも土砂崩れを起こしている所がいくつかありました。
今回の地震による揺れと津波の威力の凄まじさを、生々しく物語っています。
そんな被災地で何をしてきかたと言うと、フラワーアレンジメントと花壇を作ってスイセンとチューリップの球根を仮設住宅に住む人達と一緒に作る事でした。
仮設住宅は平屋で、一列に五世帯あり、それが3~4列集まって一つの集落をつくっていました。
避難所が全て閉鎖され、仮設住宅に移った被災者の方々は、部屋に引き籠りやすくなり、運動不足や、ストレスが溜まって自閉症などの精神病にかかりやすくなります。
それらの課題に、花を植えたり飾ったりする事で体を動かし、やがて花が咲くのを楽しみに待ってもらおうと言うのが狙いでした。
フラワーアレンジメントは、ペットボトルを切り、淵に手を切らないようビニールテープを巻き、その中にオアシスと呼ばれる水分吸収材をはめ込みます。
それに花や草の茎を刺し込み、アレンジするものです。
花壇はこのような場所にあらかじめ石やレンガで枠を作り、その中を鍬やスコップで耕し、肥料を混ぜた後、球根を手で植えました。
手前の色が濃い場所が花壇です。
また、別のボランティアグループもいて、歌を歌ったり、巨大なカステラを作ったりと、様々な工夫を凝らして被災者と交流していました。
被災者は高齢者や、片親となってしまった小学生以下の子供が大半で、このようなイベントの時こそ外に出て楽しそうにしていますが、いざ一人になると、震災の辛い思い出やこれからどうなるのかと言った不安を口にする方が多いそうです。
実際、自分も小学2年生の女の子と話しましたが、
「お兄ちゃんは津波で家が流されたりしなかったの?」
と聞かれた時は、どう答えていいのか分からず、曖昧に誤魔化す事しか出来ませんでした。
他のメンバーも似たような状況に陥ったそうで、中にはショックを隠しきれない人もいました。
震災から7ヵ月が過ぎ、瓦礫の撤去は終わりました。
しかし、被災者の心の傷はまだ取り除かれておらず、残ったままです。
そんな方々の心を少しでも癒してあげられるのは、ボランティアなのです。
歌を歌う、漫才をやる、農作業をする。
自分の特技や趣味を存分に発揮する事で、驚くほど喜んでくれます。
特技や趣味がないなら、話を聞いてあげるだけでもいいんです。
被災地は、今こそ人手を必要としています。
時間があるのなら、是非一度被災地を訪れてみて下さい。
そこには、テレビや新聞では知り得ない現状があり、その中でも必死に生きる人々が、あなたの事を待っています。
ボランティアの拠点となっているのは遠野市総合福祉センターで、畳の上に雑魚寝ですが、シャワー・トイレ完備、近くにスーパーとコンビニ(ローソン)があるので、物資の調達には困りません。
また、ボランティアは日本人はもちろん、アメリカ・カナダ・ドイツ・台湾・韓国など、様々な国籍の人もいて、改めて助け合いの力がいかにありがたいかを実感しました。
初めて災害被災地に行き、そこで見た様々な現実は、決して忘れる事なく、自分の記憶に刻まれました。
自分にとって一番思い出深い場所はどこ?
「それは、岩手県釜石市です」
今の僕は、そうきっぱりと答えます。
長くなりましたが、この記事を読んでくれた方に何か訴えられるものがあれば幸いです。
ありがとうございました。
追記
ちょっと暗い話になってしまったので、心の安らぎというか、一休み的な画像をアップします(‐^▽^‐)
仮設住宅で飼われている、ちひろ(♂)です。皆からはちーくんと呼ばれていましたよ(*^▽^*)
遠野や釜石は古くから民謡や童話の舞台として有名です。
冒頭の『風の又三郎』は岩手県花巻が舞台ですが、釜石にいる時、時々強い風が吹き下ろし、その様はまさに「どっどど どどう」でした。
力強いけど、どこか優しい嵐。
そんな感じでしたね。
また、行った時期は紅葉が見頃を迎えており、バスの車窓からは夕日に照らされた、赤や黄色の見事な紅葉を見る事が出来ました。
以上です。御精読ありがとうございました。