宗教は、まとめられる限界を超えた人数の人たちをまとめるためにできたと聞いたのだけれど、
近年のカルト、いわゆる推し活を見てるとそうでもない気がしてしまう。
推し活、の文脈だと同じ人を推す人を敵視したり、半ば恋愛感情に振り回される人がそれを救いだと言う、なんともおかしな光景を見ることができる。
「同じものを信じることで、分かり合える」がスタンダードで、本来の宗教のある理由に近いものなのに、今では「同じものを信じるなんて許さない」人もいれば
「同じものを信じることを許さない人を許さない」
のように、お互いを潰し合ったりしているのを見ると、
よく言われる宗教のできた理由なんてそもそも後付けで、人はなにかに縋りたがるから仕方なくできてしまったようにも思える。