「だからさ、もう別れよ?」
彼の目の前には泣き顔の女の子。涙でぐしゃぐしゃになった表情を必死に隠しながら、どうしても別れたくないと懇願して来る。
「あー…真面目に、俺束縛とか嫌いなんスよ。そういうの面倒だから、すんませんッス」
気怠そうに腕を組みながら女の子の前に立っている彼は、眉間のシワを寄せつつ笑顔で接していた。しばらくして女の子は顔を俯かせながら立ち去った。
やっとの思いで俺は彼に近付いた。
「モテモテじゃん、黄瀬涼太くん」
俺に気付いた黄瀬は、上目遣いをしたまま一瞬にして満面の笑みを見せてきた。
「青峰っち!来てくれたんスね!……20分くらい遅刻だけど」
声を上げてはしゃぐ彼を見て、俺は逆に気怠そうにして溜め息を吐いた。
「さっきのって彼女?」
「まぁ…そうッスけど、さっきフっちゃった」
「見てたから分かッけど」
「えっ」
地味に爆弾発言をしてしまった気もするが気にしない。黄瀬は不自然に俺から目を逸らした。
何か気に触れたのだろうか。と、そんな事を青峰が考える事はなく、少し気まずくなった空気を黄瀬が変えた。
「んじゃ青峰っち、早速だけど一緒に服見に行かないッスか!」
めんどくさい。
今の俺の顔はきっと散々なものだろう。感情が表に出やすいのか、思い切り行きたくなさそうな顔をしたのだから。
「え…そんな顔しないで行こーよ!! せっかくの休日なんだから、ね!?」
俺を精一杯説得しているんだろうが、行く気など更々ない。
いつの間にか腕を引っ張られていた俺は、黄瀬を強く睨み付けた。
「……何でそんな俺と行きてえんだよ。テツとでも良かったじゃねぇか」
真面目なトーンで話したからか、黄瀬の表情にも笑顔が消えていた。
何故コイツはテツを誘わなかったのか。いや、もしかしたら最初はテツと行きたかったけれど何らかの理由で断られ、仕方なく俺を誘ったのかもしれない。
静まったお互いの雰囲気をどう切り替えようか内心悩んでいたところ、黄瀬が口を開いた。
「だって…青峰っちとこうやって二人で何処かへ出掛けるなんて、今までなかったじゃないッスか。だから今日…楽しみにしてたのに…」
段々と声音も低くなっていき、俯きがちになる目の前の彼に、俺は小さく呟いた。
「仕方ねぇから行ってやるよ」
悔しいけれど、決して黄瀬の悲しそうな表情に負けた訳ではなく、気が向いただけだった。
確かに、彼とこうして休日に二人きりで出掛ける事なんてなかった。
そんな事は一生ないとすら思っていた。
でも、違った。
「い…、え?行ってくれるんスか?」
キョトンとした顔で頭上に はてなマーク を浮かべた黄瀬の頭を軽く小突いた。
「別に同情とかそーゆーんじゃねぇからな。ただ気が向いただけだ」
小さく舌打ちをし、足早に道を進んだ。
後を慌てて追いかけて来る黄瀬が危うく転びそうになったのを見て、やっぱりコイツはどんくせぇなと心の中で呟き、溜め息を吐いた。
__カラン、コロン…
店内に入ると扉に付いていた鐘が鳴り、涼しい空気が漂って来る。
クラシックなBGMが流れている大人っぽい雰囲気溢れる店で、青峰は自分には不釣り合いに感じた。
そんな中、黄瀬が近くの服を持って来て俺の体に押し付けた。
「青峰っち、コレとか似合うんじゃないッスか!?それとこのアクセ合わせて…」
ペラペラ語り出す彼を横目に、俺はもう帰りたい気持ちでいっぱいになった。
前々から、ファッションはあまり気にしないタイプだった。
特に人目を気にする性格でもない俺にとっては無縁のものだったからだ。
楽な格好をして好きなバスケをしていれればいい。そう思っていた。
「青峰っち青峰っち!」
店内の雰囲気を憂鬱に感じていた青峰の背後から、黄瀬が突撃して来た。
「あぁもう何だよ、お目当ての服は決まったか?…てか今日はお前が服買いたかったんじゃねぇのかよ。俺の分まで選んでるけどよ」
彼の両腕には大量の服が抱えられていた。カゴを持って来るという脳が無いのかコイツには?
(手にはアクセサリーいっぱい持ってるし…)
「いやぁ、そのつもりだったんスけどね?せっかくだし青峰っちも……」
「俺はいい」
即答だった。
「えぇ~つれないッスよ~」と嘆いてる彼の事などお構いなしに、俺はそっぽを向いた。
黄瀬の背後から女の若い店員が「お決まりですか?」とデレデレした笑顔を向けて声をかけている。その言葉に彼は「いえ、まだ」と作り笑顔全開で爽やかオーラを纏い対応した。
「良くやるねぇ、人気モデルさんは」
「ん?何の事ッスか?」
「別に」
「……」
目を全く合わそうとしない俺に、黄瀬は不機嫌そうになった。
「青峰っち!!」
「!?」
__グイッ
手首を勢い良く掴み引き寄せられた俺は、一瞬困惑する。
「あ…?な、何だよ?いきなり」
軽く振り払い一蹴した青峰を見つめながら、彼は物言いだけな顔を見せた。
(何考えてんだ、コイツ……?)
「俺は!!今日!!青峰っちと一緒に出掛けに来たんスよ!!?」
と、“一緒に”を何故か強調しながら俺に訴えて来た黄瀬に、更に戸惑ってしまう。
「だから何だってんだよ…?一緒に服選べってか?やだよ俺は」
「そうじゃなくて~!!あー、もう!!」
「ッ!?お、おい!?」
俺の腕を引っ張りどんどん店の奥へ進んで行く黄瀬。文句を言って腕を振り払って今ここで帰ってしまおうかとすら考えた青峰だが、それでも無理矢理腕を振り払う気にはなれなかった。
良心が勝ったのだろうか。
「はい!コレ!」
俺の手に、先程黄瀬が選んでいたオシャレな服やアクセサリーが置かれた。1着だけではないため、ズシッとのしかかったような重さがある。
青峰は察した。
自分の横には試着室。無理矢理持たされた数々の服。黄瀬の期待の眼差し。
「…着てみろってか」
その言葉に黄瀬は過剰に反応し、ぱあっと表情が明るくなった。
「そうそう!試着してほしいんスよ!! 青峰っちには絶対似合うはずッス!!」
「……アクセサリーもかよ」
ジャラジャラしたアクセサリーを片手に、ファッションに興味のない青峰は深く溜め息を吐いた。
「絶対似合うから!この前この店に来てから、ずーっとそう思ってたんス!」
興奮状態でそう言った黄瀬の言葉に、どこか引っかかった。
ずっと、そう思っていた___…。
確かにコイツは今そう言った。
(コイツ…俺の事を考えて…?)
これを言われた奴が女だったとしたら、きっと嬉しかったんだろうな。舞い上がってたんだろうな。何処へ行っても黄瀬のファンは居る。モデルという肩書きを持ち、容姿も良くて、背もそこそこあって、スタイル良くて…。人気があって。
__誰からも愛されキャラみたいな黄瀬だから。
(俺は光だってのに…コイツでさえ、俺の中では眩しい)
だから、黄瀬みたいな奴に愛されたら女子なんかすぐ落ちる…多分。
毎日が楽しく感じてしまう程。
「青峰…っち?どーかしたんスか?」
しばらく服を見つめながらボーッとしていたら、首を傾げて上目遣いで見つめて来る黄瀬の顔がすぐ目の前にあった。
その距離があまりにも近過ぎて、慌てて冷静を装い離れようとした瞬間___。
「店員さーん、この服全部買うッス♪」
俺の手にしていた服も全部まとめて店員に差し出し、財布からカードを慣れた手つきでレジにある機械にかざした。
素早く袋にまとめて会計を済ませ、黄瀬は俺の手を引いて店を出た。
___一瞬だけ振り返った黄瀬の顔は、輝かしい程の笑顔だった。
*
「おい!何してんだお前___」
「好き」
___沈黙。
それしかなかった。
俺達の間には、ただただ静かに流れる時間。
もう青峰には黄瀬が何を考えているかなんて分からない。
…分かりたくねぇし。
「好きなんッス!」
もう一度。
大きい声で、黄瀬が言った。
でも俺はその気持ちに応えてやれる事は出来ない。
「俺はお前の事が嫌いだ」
…再び沈黙。
「好きって、……付き合いたいとかの方ッス」
「分かってる」
「ダメなんスか?」
「…おう」
「どうしても?」
「おう」
「……俺じゃ、相手にならないから?」
「違う」
「じゃあ何で」
息をする暇なく淡々と黄瀬の問いに答える。
今、コイツの片想いは終わった。
「俺とアンタが男同士、だから?」
自嘲気味に聞いて来た彼に、優しい言葉なんてかけられない。
俺はそういう人間だからだ。
「そうじゃねー」
それでも違うと俺は言う。
それでも好きとコイツは言う。
「想い続ければ叶うと思ったか?自分だったら誰にもフられた事なんてないからいけると思ったか?自分だったら__」
「やめて…、……ッス」
か細い声が俺の耳を通り抜ける。
「分かった。付き合えないのは、…もう分かったッスから」
息苦しい。
告白された事がない訳じゃない。でも、それは女であって。
コイツだから。
「俺だって特別なんだよ、お前が」
最後に優しい言葉をかけてやろうなんて思っちゃいない。慰めてやれるのはアイツだけ。
アイツに、俺は勝てない。
「特別だから汚したくねぇんだよ。察しろ」
きっと黄瀬は今、泣きそうな顔をしている。
でも青峰は、黄瀬の顔を見れなかった。見ようとはしなかった。
自分も辛かったから、かもしれない。
「今日は悪かったな、じゃーな」
立ち去ろうとした俺の後ろから、足音が近付いて来る。
きっと黄瀬が手を伸ばしてる。
“憧れてしまっては超えられない”
__本当だな。
超えられねぇよ。
俺の背中に、彼の手が触れた。
「……青峰っち」
行かないでほしいと訴えているのだろう。
側に居てほしいのだろう。
でもその期待に応える事は出来ない。
それは、彼の役目だと。
「今日、楽しかった?」
震えた声で彼が呟いた。
全く、いいイケメンが台無しだよな。…なんて。
「ちょーつまんなかったよ。んじゃな」
鼻で笑った後、足早にその場を立ち去った。
その後の黄瀬が誰の場所へ行ったのか、俺は薄々勘付いていた。
きっと彼に慰めてもらったのだろう。
*
「へぇ…、…フられたのか。青峰に」
「…うん」
「辛かったか?」
「………ん」
「僕ならお前をそんな風に泣かせたりしない」
「………」
「だから___」
『僕のものになってしまえばいい』
*END*
