pixivのモバイル版が終わってしまうとのことで、転載です。

にょた灯で白鬼です。

それでもよろしい方のみどぞ




うさぎ漢方「極楽満月」鬼灯





地獄の補佐官殿と白澤のしょうもない諍い話の後。のんべんだらりとした空気が相も変わらず流れ続ける桃源郷で瑞兆たちはふと思い出したように話しを変えた。
いや、其れもまた、女狂いの白澤の過去話ではあったが、普段の彼の行いからは考えられない転機であったことは間違いないだろう。

「そういや、昔は今よりも惚れっぽかったが、此奴に一時期本命が居た時があったなぁ…」

ごくんと肉饅頭を飲み込んでお茶を手に取りながら鳳凰がなんとなく言葉をこぼしたのが事の始まり。

「え、女性に堂々と真正面から"僕と遊んで下さい"って言うことが誠意だとか抜かした白澤様がですか!?」

「抜かすって桃タロー君僕君のししょ…「そうじゃ、確かにあった」……う」

愚痴る白澤に麒麟が言葉を重ね、白澤は肩を落とした。最初から師匠の権威とかは存在しなかったらしい。いや、存在するにはしたが、女狂いによって帳消し…いや、マイナスになっていた。

「"僕の番にするんだ!!"とか息巻いて、女遊びも止めた癖に、結局は堕天寸前迄追い込まれていたなぁ…。
フラれたのか?」

椅子から飛び降り、杖をつきながら白澤に近付き鳳凰は軽快に笑った。

「フラれてないよ!!」

何時もより躍起になりながら怒る白澤。其れはまるで某補佐官殿へ向ける怒りよりも酷く、痛みを含んでいた。

「……フラれてない……」

痛みを堪えるように唇を噛みしめて同じ言葉を発した白澤は、何時もの軽薄な笑みの裏側をさらけ出していた。

「それで、白澤様が番にまでしたいと仰った方は…?」

「さぁ、何せ数千年の昔よ、年をとると記憶が曖昧になるが、それでもよう覚えている。
此奴は何も明かしはしなかった、と」

「確かに。
最近此奴の女遊びの話を聞かんと思い、酒の席でやっと聞き出せたのが先の言葉よ」

麒麟が、鳳凰が、そして桃太郎が白澤をじっと見詰める。

「いい加減、話して楽になれ」

「そうですよ、その人が見付かれば白澤様の女狂いも治るかも知れませんし…」

「一人で抱え込むのも辛いじゃろうて」

鳳凰、桃太郎、麒麟と相次いで言い募られれば白澤もぐっと詰まるしかない。けれど、彼らは完全に失念していたのだ。九つある彼の眼をもってしてもその存在は白澤の手には届く様子を見せないのだと。





























◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




























僕がその子に出会ったのは神代。当時入れあげていた女神が倭国の高天原に行く用があるとかでついて行ったのがきっかけ。

高天原の倭国の神々―――特に天照ちゃん―――の歓待を受けて、僕はべろんべろんに酔っぱらっちゃったわけ。ちょーっと水を飲みに行くだけなのに、気付いたら本性丸出しで山の中に落ちてた。面倒だーって誰も見てないから本性出して飛んだのは覚えてるけど、どう考えたって現世だし、落ちたのも出雲じゃないしで途方に暮れたわけ。








でも、そこにあの子は居た。









僕、流石に喉は渇いていたらしく、小さな小川の側に居たんだよね。そして、木の陰から胡乱げな視線を投げかける水瓶を持った幼子が一人。年の頃は伍つか睦。枯れ木のように細い手足にぼろぼろの衣服。日に焼けた肌には痣や出血、爛れ、膿んだ痕。靴は穿いていなくて素足のまま。草木で傷つけたのか小さな傷痕が沢山あった。そして何より目を惹いたのが、輝血の瞳。これで髪が白なら神の御使いなんだろうけど、その子の髪は濡れ羽色で魔のものを彷彿とさせた。

「これ以上私達から水を奪わないで下さい」

人形に姿を変え、起きたばかりの僕に開口一番あの子はそう言った。怯えも怒りもなく、唯淡々とした光を映すのみの輝血の瞳は、言うなれば底知れぬ絶望を孕んでいたのかもしれない。

そしてはたと気が付いたんだ。僕達は何日宴会をしていたんだろう、と。その間にこの子の住む地域の雨伯は、宴会のために雨を長い間降らせていないのではないか、と。

血の気が引いた。それは僕の所為だからだ。僕がこの国に来なければ、こんな事は起こらなかった。女神だけなら宴会もすぐにお開きになっただろうに、神格が高い僕がこの国に来たからこの子はこんなにも苦しんでいるんだ。

ちょろちょろと流れる小さな清流が、僕等に残されたタイムリミットだった。


























◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






























「オマエ地獄だけでなく現世にまで迷惑をかけていたのか…」

麒麟が頭を抱える。これもまた、白澤の女狂いが引き起こした悲劇だ。

「てか酔って現世に落ちるとか、白澤様、鬼灯さんの時が初めてじゃ無かったんですね…」

桃太郎のじとっとした半眼が痛い。神獣なのにダメダメではないか。

「しかも幼児趣味とか流石に守備範囲広過ぎはしないか?」

鳳凰からも的確な突っ込みが入る。白澤は正直、耳に痛いだろう。

「……反省はしてるよ…。
あの子は僕が死なせてしまったようなものだからね……」

しょんぼりと、女性にフラれた時よりも肩を落として白澤は呟く。どれだけの悲哀や苦しみが彼の肩に乗っていたのだろうか。

「ちょ…ちょっと待って下さい。
死なせてしまった、って…」

物騒な単語に桃太郎は慌てる。桃太郎が生まれるよりも遙か昔の話だからその子が既に寿命を終え、転生しているのも分かる。姿が変わり、探し難くなっているのも。それでも、伍つ睦の子を死なせてしまうとはどういうことなのか。

「……その子ね、雨乞いの生贄になっちゃったんだよ……」

ぽつりと、天井を見ながら白澤は呟く。その漆黒の瞳は常に浮かべる色とは違い、深く深く沈んだ底知れぬ闇を孕んでいた。
























◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

























唖然とする僕の横をすり抜けて、あの子は残り少ない水を汲むと、そのまま去っていった。なのに…。

「……怪我、してますよ」

暫くどうするか悩んでいたら先の子が戻ってきて、僕に草を差し出してそう言ったんだ。言われて初めて顔に傷があるのに気が付いた。すぐに治っちゃうし、僕なんかよりその子の方が怪我が酷いのにね。

「自分で使いなよ。
僕はすぐに治っちゃうから」

いつもの笑みを浮かべて笑えば、その子はぱちりと眼を瞬いた。

「怪我とは痛いものでしょう?
早く治してしまいたいものでしょう?
私は痛くはありませんし、治しても治しても追い付きませんから不要です」

子供らしくない発言。痛覚が既に麻痺していると言った子供はこてんと首を傾げたんだ。まるで、本気で"分からない"と言わんばかりに。

「痛いけど、僕は"ヒト"じゃないから、すぐに治っちゃうの」

屈んで子供を諭す。覗き込んだ輝血色の瞳は鮮血を澄んだまま固めたみたいに綺麗だった。

「ああ、牛ですね。
話には聞きましたが、初めて実物を見ましたよ」

なのに子供はうんうんと頷きながら勝手に自己完結するんだ。

「違う。僕の名前は白澤。大陸の為政者の吉兆を司る神獣だよ」

「白濁?」

「違う!!ハクタク!!濁ってない、水場を表す澤の字!!」

躍起になって怒れば子供は身を小さくした。まるで、殴られることに対する防御をしているような…。

「何もしないよ。大丈夫、安心して。
ねぇ、君の名は―――」

手を取ろうとしたらびくりと体を跳ねさせる子供。人に触れられるのを異様に怖れていたんだ。それで、全部言葉を言い終わる前にあの子は僕の前から姿を消した。茫然として気が付けば日暮で、僕はその場を動くことが出来なかったんだ。

逢魔が時、現世と黄泉といろんな世界が曖昧な時代、森という環境で、下手に動くことは危ない。中華では神格は高いし、妖怪達の長だから全然大丈夫だけど、ここは倭国。下手に動くことは出来ない。僕はその日、手近な木の上で一夜を過ごしたさ。





朝になって日が昇る頃、あの子は再び水場にやってきた。旱のお陰で、ちょろちょろと流れるせせらぎは更に小さく細くなり、水瓶に掬うのも一苦労な程だ。僕はそれを木の上から見ていた。子供は何度も何度も往復する。汗さえも出ていなくて、息は荒くて、無造作に伸びた濡れ羽色の髪が日光を吸収して暑そうだった。

「手伝おうか?
昨日の御礼」

僕がそう言えば生気のない瞳で僕をみる子供。唇はぱりぱりで、水分が足りていないのだと分かった。

「いいです、これは私の仕事です」

からからに渇いているであろう喉からそんな言葉を絞り出して、子供は水瓶を担いでふらふらと道を進む。これは早く高天原に戻らないといけないと思った。

「どうしたんですか、そんなに泣きそうな顔をして…」

気が付けば再び水瓶を担いだ子供にそんな言葉をかけられていた。

「対不起…対不起…」

僕はそれしか言えなかった。僕の所為だと知ったら、この子はどう思うのだろうか。

「ぼ…僕の所為で、君に迷惑かけて…」

「どうしてあなたの所為なんですか。
雨が降らないのは、神様がお怒りなんですよ。
私達が、何かをしでかしてしまった、その罰です」

その言葉にくしゃりと醜い顔を晒してしまった。あの子は暴力を受けていて、人の体温が怖いあの子は、震える手で、へたり込んだ僕の頬を撫でたんだ。

「泣かないで下さい」

少し困ったような表情であの子は僕の涙を受け止める。なんて温い子なんだろう。なんて―――安心する子なんだろう。

気が付けば考えることは全てあの子のことになっていて、苦しくて辛くて、分からない気持ちで胸がいっぱいいっぱいだった。破裂するんじゃないかってぐらいにあの子でいっぱいで、僕はなかなか泣きやむことが出来なかったんだ。





そして、一つだけ決めた。





僕はあの子を引き取る。





雨を降らせてから、あの子を、僕が引き取るんだ。





その夜、僕は泣き腫らした目に夜風を当てながら飛んだ。何処にいるのかさっぱり分からない挙げ句、夜に飛んでいた為、黄泉やらいろんな異空間に紛れて苦労したよ。百鬼夜行には出会うわでもう大変。結局、高天原に辿り着いたのは翌日の昼過ぎだった。

「白澤様!!」

様々な神々が僕を探してくれていたらしく、申し訳ないほど感涙してくれた。でも僕は其れどころじゃなくて、何処の地域から来たのかさえ分からないのに雨を降らせて欲しいと言ったんだ。倭国の神々はすぐさま雨を降らせることを了承してくれて、僕は天帝も心配してるから、顔を見せてあげて欲しいと中華女神に懇願され、一旦大陸に帰ったんだ。天帝に僕の気持ちを聞いて貰おうと思ってね。ほら、彼なら僕のこの気持ちの名前、知ってるんじゃないかと思ってさ。

「白澤よ、其れは"恋"と言うんだ」

天帝から発された答えは意外なものだった。

「僕は恋くらいしたことあるよ!!」

言い募れば、天帝は更に言葉を続けた。

「神が持つ愛は"博愛"だ。
特定を作ることをせぬ。
だが、御主のその"恋"は"愛"と言っても差し支え無いものぞ。
現に、もう女人に興味は無かろう?
それはつまり、御主が本気で唯一人を御主の"特別"にしたと言うことだ」

「それは、つまり、僕が"番"になる存在に出逢った、ってこと…?」

生唾を飲み込みながら問い掛ければ、天帝はこくりと頷いて見せた。それが、僕の最初で最後の恋。世界が終わるその時まで、唯一つの存在を愛すると決めた瞬間。

「行くがいい、白澤よ。
儂に御主の可愛い愛人を見せてくれ」

「是、天帝、すぐに連れて来るよ!!」

僕はすぐさま倭国に飛んで、倭国中を探し回った。そして、あの時のせせらぎが水量を増して流れているのを見つけたんだ。

僕は姿を変え、服装を変えて近くの村を探した。ほら、あの子は完全スルーしてくれたけど、中華服って目立つじゃん?このピアスも。

それで見つけた村で、傷だらけで水汲みをしていた子を引き取りたいって申し出たんだ。

「ああ、兄さんそれは残念だ」

下卑た笑みを見せて男は嘲笑した。

「あの子は数日前に雨乞いの生贄として、神様の妻になったよ。
お陰で雨が降って、使い物にならなかったが、最後の最後で役に立ってくれたよ」

豪快に嘲笑う男に怒りがこみ上げた。あの子は使い捨ての道具なんかじゃない。とても優しい子だったのに。

「その子の、名は…」

拳を握り締め、俯きながら僕は男に問うた。今から黄泉に行けば、見つかるかも知れない。

「丁、だよ」

にぃ、と唇の両端を釣り上げて、男は最後の最後まであの子を…丁を嘲笑ったんだ。でも、僕はその名を聞いて、本当に本当に怒りが増したよ。あの子の命を使い捨てた挙げ句、名まで支配して…。こんな村、壊してしまいたい。村人達を皆殺しにしてしまいたい。そんな気持ちが溢れてきたんだ。








そして、僕は堕天しかけた。











憎しみで、怒りで、悲しみで、あの子を探して黄泉に行って、似たような子に出会ったけど子鬼だったし黒檀の瞳だったから違うと思った。更に聞き込みをしてみたけど輝血色の瞳の子は終ぞ見たことはないと返されたよ。悉く、ね。"眼"を使っても存在を掴み取ることさえ出来なくて…。

中華を出たときは"僕の番にするんだ!!"って張り切って、女性関係を清算したのに、あの子は見つからなくて、負の感情ばかりが溢れ出して…。気が付いたら眠らされて封印されてた。



























◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



























「目覚めて自棄酒してたら、日本から来た鬼神に会ったよ。
桃タロー君はここからは知ってるよね?」

「はい、以前聞きましたけど…白澤様封印されてたんですか?」

心配そうに白澤の顔を覗き込む桃太郎。ある意味女性なら誰にでも平等である白澤が"唯一"を作り、あまつさえ堕天迄しかけるという驚愕の事実に、桃太郎は今までの白澤の女狂いの見解を改めた。

「そうじゃよ、此奴は暫く封印されとった。
天帝も心を砕き、探してくれたらしいんじゃが、神に召し上げられた事実さえ無かったんじゃ…」

「え、じょあ、丁ちゃんは…」

「桃タロー君、あの子の名前を口にしないで。
丁なんて…召使いなんて名前付けられて、そんな名前であの子を呼びたくない」

普段は使わぬ神気を身に纏わせて白澤は怒りを露わにする。気性が穏やかな彼らしからぬ怒りようが、それだけ彼が本気だったのだと教えてくれていた。

「だが、見つからないんだ。
オマエの瞳にさえその存在は映らんのだろ?
ならば、きっと既に消m…「そんなこと無い!!」」

瑞兆仲間である鳳凰にまで噛み付いて、白澤はぎゅっと、皺になるほど強く、白衣を握った。噛みしめた唇からは血が垂れて、いつも軽薄な笑みを浮かべるだけの目許は悲痛な色ばかりを灯している。

「オマエ等と僕は違うの!!
僕は四瑞じゃないし、番も持たない!!
僕はいつも一人ぼっちだ!!
あの子と同じ…一人ぼっちだっ…!?」

吐き捨てるように言葉を紡ぎ、次の瞬間、白澤は三人の視界からフェードアウトした。

「白豚風情がぶうぶうぶうぶうと、何を仰っているのかと思えば、しょうもない」

いつの間にやら多忙な某補佐官殿―――鬼灯が、漢方薬局うさぎ漢方極楽満月の戸口に背を保たせ掛け、白澤に金棒を放っていた。

「しょうもないってなんだよ!!」

いつもの仁義なき喧嘩とは違い、神力を放出させたまま白澤は鬼灯に向き直る。鬼灯は投げた金棒を手に取り、肩に担ぎあげ、これ以上ないほど嫌そうな表情をした。

「あなた、馬鹿ですね。
本当に馬鹿だ。極楽蜻蛉」

何を言うのかと思えばいつもと同じ暴言だ。そして、其の瞳は何故かいつもよりもずっとずっと冷ややかなものだった。

「消失?見失った?
違います"変質"したんです。
九つも瞳を持っていて、森羅万象を識知識の神とは本当、笑えますよね。
その目は唯の硝子球よりも役に立っていない」

どすんと脅しのためか振り下ろされた金棒が床を穿ち、大穴を開ける。桃太郎はひっそりと溜息を吐いた。漢方薬学の技術よりもお母んスキルと日曜大工の技術が上がっている気がする。生前の桃太郎の剣術も合わせると、自分は一体何なんだとツッコミたくもなった。

「ちょっと待ってよ、変質した、ってどういうこと!?」

先程まで危険極まりない神力を放出しまくっていた白澤はそれを引っ込めて、大嫌いな鬼に―――それもそこに"居る"としか認識しない男に―――縋り付く。

「そのままの意味ですよ」

「知ってるんだな!?
お前、あの子が今どこで何をしているか知っているんだな!?」

「…ええ、知っていますよ?
知っていますがお前に教える気はない」

八寒地獄でさえまだ温かいと思えるほどの極寒の眼差しで鬼灯は縋り付く白澤を見下す。白澤は鬼灯が嫌いで嫌いで仕方がないはずなのに、それでも唯一人の愛しの番の為に鬼に懇願する。

「はぁ…そんなことを抜かすのは、女性関係を清算してからにしなさい…。
……神に嫁入りをした彼女は、今現在日本地獄に在住しています」

呆れたように溜息を吐いて、鬼灯は桃太郎に注文書を渡して白澤をべりりと引き剥がした。力尽くで。

「鳳凰さん、麒麟さん」

自分で打っ壊した扉へと向かう途中、鬼灯は振り返って白澤以外の瑞兆の神獣に独り言のように呟いた。

「此奴の女癖を治したいのならば、精々協力して差し上げなさいな。
……私は一切手を貸しませんけど」

薄暗い店内に光が差し込む。ホオズキの染め抜きがその中にくっきりと浮かび上がり、彼が地獄の存在だという事を忘れさせた。そして、桃太郎の見間違いでなければ、地獄の補佐官は口角をあげて微笑んでいた。楽しげに眇めた瞳の色を彼の名前の異名足る輝血色に染め上げて。

『あ、俺、詰んだわ』