禁パチ41日目

パチンコ屋に何十日も行かないと、パチンコがすごく客観的に見える。

夢中になっていたり、興味があった時は気がつかなかった事が分かる。

具体的に何かというと、パチンコは勝っても負けても金銭感覚がおかしくなる。

楽して稼ごうとして、結局とられてしまう。

何1つとして、為になる、役にたつことがない。

長期間やると、廃人のように、パチンコしか考えられなくなる。

等々、今まで浮かばなかった事が頭に浮かぶ。

なんか不思議だったので、こうやって書いてみた。

それと今まで、こんなにも無意味な事によく時間を使っていたな?と今さらながらに思う。

また年を取り、老後本当に何もする事が無くなったら、パチンコ行っても良いと少し思っていたが
、金銭的な事、即ち勝ち負けを無しにして考えても、行かない方が良いと思った。なぜなら、なーんにも得られる事がないから。多分ゲームよりも単調で得るものは無い遊びだと思う。

人間として生まれたからには、もう少しマシな事に時間を使いたい。長期間やらないと、こんな考えになっている。不思議だ。
禁パチする。禁パチする。
パチ屋で大負けした日は、こんな事をブログに書きなぐり、形ばかりの反省をしているように演出するが、心底反省していないため、翌日は何事もなかったのかのように打ちに行っていた自分。

でもここ最近は不思議な事に禁パチが継続できている。

その最大の理由だが、これは多分だが、自分が下手くそだという事に気がついたんだと思う。

振り返ってみると、自分はジャグラーが好きでよく打つが、ここ2、3年は3千枚以上出したことは記憶に無い。
パチンコもしかり、本当に全く回らない台しか打ってないし、パチンコで5万以上換金したのはいつなのか?遠い昔になってしまい、全く思い出せない。

店選びから、台選び、さらには見切り、見極めもできない人間が打っているわけで、野球なら二軍。オリンピックなら選考にもあがらない選手にあたる。
力の無いやつは分相応に生きろ。即ちパチンコなんか10年早いという事がうすうすわかったんだと思う。

ここ数日は何度も打ちたくなったし、ベカが見たくて、低貸しでも、負けても良いからと考えた時もあったが、いざ行こうとすると、負けるから時間の無駄となり、自分から辞退するようになっているのも、少しは己が理解できてきたからだと思う。
やはり何をするにも、それをしてどうなるのか?を考えて行動しよう。そんな事を最近考えている。

禁パチを始めてから約1ヶ月が経過した。

 

負けるから行かないになり、

それで1ヶ月も過ごしたのだが、

いまだパチンコ動画を見たり、

マイホのデーターを確認しているからか、

頭の中からパチンコが離れず、

昨日のことかのように感じるのが不思議だ。

 

それと行かなくなり、まともな生活に近づいている

ことだけは確かなのだが、そこにも実感が沸かない。

 

日常生活というものは平凡で単調なもの。

逆にパチンコなどは起承転結があり、

いつ行ってもある程度の充実感、達成感の

ようなものは味わえる遊び(やっていはいけないが)

なんだなというのが今実感できている。

 

だが、パチンコなんて本当に仮想空間みたいなもの。

あんな場所にいても、何にもならないという

ことだけは分かる。

 

なので、今後もいかない。

そして現実の世界で、何かやりたいことを

見つけ、そっちに没頭して生きていきたいと思う。