【前回までのあらすじ】
報酬がもらえるのが即時であれば、その魅力は高まり合理的な判断ができなくなってしまうかもしれない。その罠から救ってくれるのは、「愛」とかそういった感情かもしれないというようなことを書きました。

さて、次の例は、ふにゃおさんのブログからの一節です。



孔明の罠だ!

人間よ、
もう止せ、こんな事は。



引用:世界のふにゃおの寄り道回り道



しかし、本当に即時の報酬に目がくらむことは合理的ではないかについては、疑問がのこります。

ダイエット中の人は、食後のデザートに誘惑されます。合理的に考えれば、食べて増えてしまった体重は束の間のグルメに対する大きすぎる代償だと告げてきます。しかし誘惑に負けて食べてしまった後で、後悔の念を示すのです。この後悔は本当でしょうか。

ダイエット中のひとは、自分がそのケーキをどれだけ楽しんで食べたかを忘れてしまって、今はただ、そのために余分に食事制限をしなくてはならないので不平をいっているだけかもしれない。つまり、現在の即時の報酬の魅力は、将来の報酬だけでなく、過去の報酬にも及ぶ。つまり、今から数ヶ月後に、どう評価するかをみればよい。ケーキを食べる楽しみと、余分な食事制限の苦痛がどちらも遠い過去のものとなってはじめて、ケーキを食べてしまったことが無価値だったかどうか本当にわかるだろう。


この即時の報酬への自己コントロール問題についての研究はかなり進んできているようだ。

たとえば、アルコール、タバコ、その他習慣性の薬物問題の陰には、すぐに手に入る報酬が強すぎるという傾向が存在すると議論されてきた。この考えによれば、酒を飲む快楽はすぐに得られ、二日酔いは後でやってくる。酔っ払って気分がよくなる前に二日酔いの苦しみがやってくれば、飲みすぎるひとはいなくなるだろう。(アルコールを摂取すると突然吐き気を催す酒止めの薬はこの原理を利用している)

報酬のタイミングを変えることでアルコール中毒者の行動にかなりの影響がうまれることを支持する多くの研究結果を検討した論文によれば、出世がダメになったり、家族が崩壊する可能性があるからといって飲酒をやめないアルコール摂取者も、現在のペナルティと報酬をほんのすこし変えるだけで劇的に反応することがある。
・飲む前に少量の仕事をしなければならない
・飲んだ後はいつも、短時間の狭い個室に隔離される。
・禁酒すると、小額の現金の報酬が与えられる。


さて、ふにゃおさんは、どのように孔明の罠から脱したのでしょうか。その後の更新が期待されます。


参考文献
ロバート・H・フランク,1995,「オデッセウスの鎖」(山岸俊夫 監訳),サイエンス社