略奪された名器は名前も変えられていた

 

行方不明だったストラディヴァリウスの持ち主は日本人─かもしれない

 

 

 

 

 

メンデルスゾーン=ボーンケ家の血を引くデイヴィッド・ローゼンソール Photo: Clementine Schneidermann/The New York Time

 

 

 

 

ニューヨーク・タイムズ(米国)

 

Text by Javier C. Hernández

 

第二次世界大戦後、数十年にわたって姿を消していたストラディヴァリウスの「メンデルスゾーン」の“所在地”が特定された。なんとその貴重なヴァイオリンは、とある日本人が所有しているというのだ。米「ニューヨーク・タイムズ」紙が、その真相に迫る。


ドイツが第二次世界大戦終結の大混乱に陥っていた時期、ある稀少なヴァイオリンがベルリンの銀行から略奪された。イタリアの名高い弦楽器製作者アントニオ・ストラディヴァリの工房で作られた名器である。

ヴァイオリン製作の黄金期にあたる1709年に製作されたこの弦楽器は、略奪される何年も前にメンデルスゾーン=ボーンケ家が銀行に預けたものだった。ナチの迫害により、ユダヤ人が所有する資産が危険にさらされていたからだ。

戦後数十年にわたり、一族はこの「メンデルスゾーン」という名のヴァイオリンを見つけるべく、雑誌に広告を出したりドイツ政府に請求書を提出したりしたが、手がかりが得られなかった。数百万ドルの価値があるこのヴァイオリンは、なくなってしまったか壊されてしまったものとみなされていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

盗まれる前、1945年に撮影されたメンデルスゾーン Photo: Mendelssohn-Bohnke Papers via The New York Times


だがいま、このメンデルスゾーンが再び姿を現したのかもしれないのだ。文化遺産学者のカーラ・シャプロが最近になって、「東京ストラディヴァリウス フェスティバル 2018」の写真に偶然行き着いた。彼女が発見したそのヴァイオリンの写真は、「メンデルスゾーン」と驚くほどよく似た特徴を持っていたが、名前は「ステラ」になっているうえに、製作年も1709年ではなく1707年となっていた。

カリフォルニア大学バークレー校ヨーロッパ研究所の上級フェローのシャプロは、「驚愕した」と話す。彼女は、15年以上この弦楽器を捜し続けていたのだ。

ニューヨークなどの都市で事業を展開する「タリシオ・オークション」の創業者ジェイソン・プライスは、シャプロの結論に同意した。同社は2000年におこなわれたオークションで、1707年製作で、120万~150万ドル(約1億8000万〜2億2500万円)の価値があるストラディヴァリウスのヴァイオリンを扱ったが、落札には至らなかった。

プライスによれば、当時その来歴についてはほとんど詳細がわからなかったという。だがいま、タリシオのアーカイブにあるこのヴァイオリンの写真と、メンデルスゾーンの昔の写真とを見比べた結果、彼もほかの専門家たちも同一のものだと確信している

 

 

 

 

 

 

2000年にタリシオ・オークションに持ち込まれたヴァイオリン Photo: Tarisio via The New York Time

 

 

 

Photo: Tarisio via The New York Times

 

 

 

 

 

 

Photo: Tarisio via The New York Times


「明らかに両者は同じものです」とプライスは言う

 

 

 

 

写真を並べて見比べると、木目やへこみ、くぼみ、すり傷などの特徴がわかります。同じヴァイオリンです。疑う余地はありませんし、そうでないとする合理的な主張ができる人は誰もいないと思います」

パリ音楽博物館の弦楽器学芸員であるジャン=フィリップ・エシャールもこの写真を精査し、双方の相似は「顕著で、実際、まったく文句なしのもの」だと言う。

「現代の作り手ならメンデルスゾーンとまったく同じ特徴を備えたレプリカを作ることもできただろう。だが、両方のヴァイオリンが300年以上前に作られたとされていることを考えれば、ほぼ間違いなく同一の楽器である」と彼は話す。

「年代を経たふたつの楽器の外観がそっくり同じ、というのはまったくあり得ないことです。つまり、同じ楽器ということです」
 

所有しているとされる日本人の正体


このメンデルスゾーンのストラディヴァリウスの問題で際立つのが、稀少価値の高い楽器の不透明な取引である。来歴、つまり代々の所有者の変遷に関する詳細な情報が、充分に記載されていなかったり、場合によっては意図的にぼかされていたりすることもよくあるのだ。たとえ検証可能な来歴の記録を欠いていても、楽器はときに莫大な額で販売されたり転売されたりする。
 

文化施設や楽器ディーラーは近年、略奪品を本来の所有者に返還すべきだという強い要請にさらされている。しかし買い手としては故意ではなくても、ある物品を信用して巨額な支払いをして、後になってそれが戦時の略奪品だったと判明した場合には、困った立場に置かれることもある。

1737年に死去したストラディヴァリは、クレモナの工房を拠点とし、ときに息子たちとの共同作業で1000挺以上の弦楽器を製作した。その名高いヴァイオリンは、現在およそ500挺が市場に出回っている。

これらはクラシック音楽界では崇敬の対象であり、その豊かな音色と見た目の美しさで誉れ高い。フリッツ・クライスラー、ヤッシャ・ハイフェッツ、ユーディ・メニューインといった巨匠がかつて所有していた数挺のストラディヴァリウスは、近年2000万ドル(約30億円)もの高額で取引された。

販売記録やインタビューなどから、あるひとりの日本人ヴァイオリニストがメンデルスゾーンを2005年頃に取得し、現在も彼のもとにあるとシャプロは確信している

 

 

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