なぜ、ロシアは戦争を続けられるのか?経済統計データを読み解き見える実情

ロシアは2022年2月のウクライナ侵攻に伴い経済制裁を受けており、その経済は疲弊しているはずである。にもかかわらず、ロシア経済は大した打撃を受けず、プーチンの支配は盤石であるように見える。
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プーチン体制の恐ろしさ
ソ連は、1978年から89年にかけて10万人の軍隊をアフガニスタンに送り、うち1万4000人以上の戦死者を出した(負傷者は通常、戦死者の4倍程度とされている)。これでソ連は共産主義傀儡(かいらい)政権を作ることを諦め、軍隊を撤退させた。 このことから、筆者は、ロシアが1.4万人以上の戦死者を出せば諦めると思っていた。ところが、2025年2月までのロシアの戦死者は9万5000人以上で、さらに、14万人から最大で21万1000人以上に上る可能性があるという(「“ロシア軍兵士 死者数は9万5000人以上” 英BBC独自調査を報道」NHKニュース2025年2月22日)。
それでも、ロシアに戦争を止める気配はなく、
アメリカが、ロシアに
一方的に有利な調停案を出してくれるのを待っている状況だ。
一方、ウクライナの戦死者は24年末で4万3000人という(”43,000 troops killed in war with Russia, Zelensky says,” BBS、8December 2024)。
どちらの数字も過小ではないかと言われているが、
ロシアの戦死者が9.5万人、
ウクライナの戦死者が4.3万人という数字が正しいとすると、
ロシアの人口はウクライナの3倍だから、
この比率での戦死者数が増えていけば、ウクライナはロシアに勝てない。
共産党独裁政権下のソ連ですら、1.4万人の戦死者で侵略を諦めたが、
プーチン独裁下のロシアは9.5万人の戦死者を出しても侵略を止めない。
筆者は、
共産主義はもっとも強固な独裁体制だと思っていたのだが、
プーチンの独裁体制にはそれを上回る力があるということだ。
しかも、スターリンもその後継者も、
自分の子どもたちに
欧米での贅沢な暮らしをさせるなどとは考えられなかったが、
プーチンやその取り巻きたちは自分も子どもたちにも十分に贅沢な暮らしをさせ、
徴兵逃れをさせている。
独裁者としては、
共産党の独裁者よりもずっと楽しそうである。
日本の首相など、
新人議員を子分にしようとして一人10万円配ったら大変な騒ぎになっている。
プーチンは、自分の子どもを出産した愛人に、
モナコの410万ドル(約6億円)の邸宅をプレゼントしたが
(「『クレムリンの子どもたち』、
親が非難する西側で優雅な生活」
CNN 2022年4月14日)、
何の問題にもなっていない。権威主義国家の独裁者がロシアに憧れるのは当然だろう
ロシア経済はどれだけ苦境にあるのか
9.5万人死んでも、プーチン体制は戦争を継続するのに困難を感じていないらしい。だが、戦争継続を難しくするのは戦死者だけでなく、経済の苦境もあるはずだ。
ロシアの経済がどういう状況にあるか考えてみよう。
以下の図は、主として国際通貨基金(IMF)のデータにより、
ロシア経済の状況を見たものである。
IMFのデータは、基本的にはロシアの発表するデータに基づいて作成されている。
もちろん、このデータが本当に正しいかどうかは分からないが、
議論の出発点にするには十分だろう。
図1は、ロシアの実質と名目の国内総生産(GDP)、
原油価格、
軍事費を見たものである。
これを見る限り、
22年の侵攻以降、
ロシアの実質GDPの成長率は高まっているように思える。
そもそも、ロシアの経済は原油頼みで、
原油価格が上がるとロシアのGDPが増えるという関係がある。
図でもその関係がある程度はわかるだろう。
ウクライナ侵攻後に原油が上がったのは
プーチンにとって都合が良かった。
むしろ、侵攻による資源確保の不確実さが石油価格を上昇させたのだろう。
ただし、経済制裁を受けているので、2割引き程度の安値で中国やインドに輸出することを余儀なくされているらしい。
ここで名目GDPの上昇は、
単にインフレを反映しているだけだが、
インフレを調整した実質GDP(21年価格)でも22年以降、増加している。ただし、この中には軍事費が含まれている。軍事費はもちろん国民生活の向上に寄与する訳ではないので、これを除くべきだろう。
軍事費の対GDP比は
21年の3.6%から24年の6.2%まで2.6%ポイントも上昇しているが、
これを除いても実質GDPは3.2%増加している。
すると、ロシアは国民生活を犠牲にすることなく侵略戦争を続けることができている訳だ。
もちろん、そんなことはないだろうという意見も多い
(例えば、服部倫卓「<ロシア経済 2025年に臨界点は来るか?>プーチンも語る「ミサイルかバターか」の問題、ロシア政府の2024年経済10大ニュースから見える“実態”」本誌2025年1月10日など)。筆者もそう思う
数字は怪しい
まず、軍事費が過少に、実質GDPが過大に推計されている可能性がある。実質GDPとは名目GDPをインフレ指数(GDPデフレータ)で割ったものだから、インフレ率を誤魔化せばいくらでも大きくできる。特にインフレ率が高い時にはそうだ。
図2は消費者物価指数、GDPデフレータ、為替レート、消費者物価上昇率、失業率を書いたものだ。消費者物価指数とGDPデフレータは同じような動きをしている。 そこでGDPデフレータを人々の生活に直接関係する消費者物価指数と同じと考えても良い。21年から24年にかけてGDPデフレータは36.1%、実質GDPは6.1%上昇しているが、GDPデフレータが実は6.1%高い42.2%に上がっていたのかもしれない。すると実質GDPの増加率はゼロで、経済は成長していないのかもしれない。
軍事費の負担もある訳だから、人々の生活水準は低下しているのかもしれない。
そういうことは十分あることだが、
人々の不満を押さえているのは、もちろん、
プーチンの国民を弾圧する力だが、失業率の低下も役立っているだろう。
失業率は
21年の4.8%から24年の2.6%にまで2.2%ポイントも低下している。
すなわち、生活水準は低下しているかもしれないが、
仕事はあるという状況だ。
なお、為替レートは下落しているが、
侵攻前と比べて16%下落しているにすぎず、暴落というほどのものでもない。
なぜ失業率が低下しているのかと言えば、戦争のために人々を戦場に駆り出し、同時に兵器製造のために人を雇っているからだ。
もちろん、そうすれば、政府赤字が増える。
図3は、政府支出と政府収入とその差額の財政赤字を示したものだ。ところが、図に見るように、23年の財政赤字は対GDP比で2.3%でしかない。コロナショック対応での赤字拡大の4.0%よりも小さい。ロシアは、コロナ対応程度の政府赤字でウクライナ侵攻を続けている訳だ
ロシアの継戦能力
これらのことを考えると、ロシアはあまり経済に負担をかけずに侵略戦争ができているように思われる。もちろん、これらの数字がすべて嘘である可能性もあるが、あまり大きな嘘ではないとしよう。
すると、失業率低下によって、前述のように、ロシアの実質GDPが21年から24年にかけて6.1%増加したことが重要である。これによって、ロシアは軍事費の負担にかなりの程度耐えることができたのではないか。
ただし、失業率が無限に低下する訳ではないから、これがおそらく限度だろうと思われる。ロシア経済が限度に達する前の段階で、ロシアは、アメリカのオファーを受けて有利に戦争を終わらすことができると思われる。
財政政策によってGDPを増やそうとしてもなかなか増えないとされている。しかし、ロシアの場合、21年から24年までの6.9兆ルーブル(21年価格)の実質財政支出増加で実質GDPは10.2兆ルーブルも増えている。
これはロシアの脅威に対抗しようとする国々においても同じだろう。防衛力の強化は様々な製造業の広範な製品を必要とする。研究開発もしなければならない。公共事業と異なり、より広範な産業を刺激する。
ということは、建設業という特定分野の生産能力や労働者を吸収してボトルネックを作ることもない。自動車不況に悩むドイツにとっても有益なのではないか。
実際、ドイツや欧州連合(EU)は防衛費拡大のための財政赤字であれば容認するという方針に転換した。ここで、前回本欄「経済の常識 VS 政策の非常識」で述べた英独仏伊のGDP合計はロシアの2.6倍、ウクライナに援助しているヨーロッパのすべての国のGDPの合計は4.7倍という事実が生きてくる(本欄「トランプに「論語と算盤」なんて言葉はない!ゼレンスキー会談で思うこと、ヨーロッパはもっと力を尽くすべきか?」2025年3月10日)。
ヨーロッパは、防衛費拡大によって自らを防衛できる。 日本も、公共事業より防衛支出の増加の方が経済を広範に刺激できるのではないか。そこには様々な課題があると思うが、議論する価値はあるのかもしれない。
原田 泰
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