明かされる“新事実”に出版社側も驚き

英紙が迫る、謎に包まれた作家「雨穴」の素顔 「ホラーの影響は英国から」

 
 
 

 

デイリー・テレグラフ(英国)

 

Text by Jake Kerridge

 

2025年1月、ホラー作家・雨穴のベストセラー『変な絵』の英語版が刊行された。英紙「デイリー・テレグラフ」は、雨穴が「英国でセンセーションを巻き起こそうとしている」として、独特のスタイルをもつこの作家の素性を明かすべくインタビューをおこなった。

 

変声機なしの地声でインタビュー


「匿名有名人の謎」とでも呼ぶべき事件だ。いま最も話題にのぼる日本人の一人、雨穴。YouTubeにオフビートなホラー系動画を投稿して有名になった彼は、いまや日本で最も売れているホラー小説作家だ。東京の街を少し歩けば、ポスターやタイアップ中のプリクラ機に描かれた雨穴の顔に遭遇する。にもかかわらず、その素顔は誰も知らない。

そう、雨穴の顔はいたるところにあるのだが、それは彼自身が作り上げたイメージだ。安っぽくも目を引く紙粘土の仮面。2018年に自身のYouTubeチャンネルを立ち上げて以来、彼はすべての動画に、この仮面をつけた全身黒タイツ・黒手袋の姿で登場している。

全体として、『スクリーム』シリーズのゴーストフェイスが落ちぶれた姿といったところだ。変声機を通した不気味な少女の声が、彼の匿名性をさらに高めている。
 

正直に言うと、雨穴がズームでのインタビューに同意してくれたとき、この不気味に単調な声と1時間会話し続けることを思ってぞっとしてしまった。しかし、ありがたいことに、彼は変声機なしの地声で話してくれた。仮面も外していたのかはわからない。ビデオはオフになっていたのだ。

どうしてそれほどまでに正体を隠したがるのだろうか?

「YouTubeを始めた当初は、スーパーで働いていたんです。お客さんとか同僚が僕の不気味な動画を見て、『あの牛乳とか棚卸ししてた人だ』みたいに気づかれるのがちょっと恥ずかしかった。なので最初から、単に自分だとバレないために仮面をつけて全身タイツにしました。そしたらピエロっぽいキャラになって。小さな子供たちも好きになってくれてるみたいですね」
 

「自分らしい動画」を1本選ぶなら


雨穴の長篇小説「変な絵」を英語に翻訳したジム・リオンが、今回のインタビューでも通訳を務めてくれた。

リオンいわく、雨穴のYouTube動画では「不気味さ、ユーモア、可愛さがとても奇妙に重なり合っている」そうだ。仮面と全身タイツの雨穴がダサい踊りを踊る、といった気軽に見られる動画もある。しかし大体の動画は、身の毛もよだつ怪談を彼が語り演じるというものだ。
 

自身の作品の雰囲気がよく伝わる動画を1本あげるならどれかと尋ねると、彼は端的に答えた。「『寄生マトリョーシカ』っていうのがあるんですけど、これはかなり気持ち悪いですね。視聴者の間でも賛否両論です

 

 

 

 

 

雨穴自身がコメント欄で積極的に視聴者とやりとりすることもあり、これらの動画によって彼は一躍、日本のスターとなった。

もちろん、正体不明であることも雨穴のブランドである。自身の素性のヒントとなるかもしれない質問については、すべて丁重に断られてしまった。どこに住んでいるのか、いま何歳かも教えてくれない(が、筆者は30代前半とみた)。

趣味は何か? 「うさぎを飼うのが好きです。あと作曲が大きな趣味ですね。ピンク・フロイドとか、古いブリティッシュロックが特に好きです。ギター、ピアノ、ドラムをプレイします

 

 

 

 

 

英国から受けた影響


『a Mother’s Nocturne』というタイトルの動画では自ら作曲したピアノとギターの曲を発表しているが、これは『変な絵』に着想を得たという。

『変な絵』によって雨穴の名声は最高潮に達し、その売り上げは日本国内で120万部に達している。ある意味、彼は日本版のリチャード・オスマンだ。オスマンはテレビ出演で地位を確立したのち、それを梃子に文芸のスターダムに上がった(実際、私は話してみるまで、雨穴がリチャード・オスマン本人の可能性もあるのではと思っていた)。

「日本では、40歳より下の人たちはもう小説はあまり読みません。漫画のほうがずっと人気です。なので私は、長い本を読むのに自信がなさそうな人たちに向けて、活字への入り口になるものを届けたいんです」と雨穴は言う。

人々に本を読ませたいというその情熱によって、彼は出版社より「日本の読書を守るバットマン」の二つ名を冠されている。「若い人たちが連絡をくれて、『初めて読んだ小説です』って言ってくれるんです」

たしかに、『変な絵』は楽しい気持ち悪さを感じさせてくれる本だ。雨穴には、物語内で起きている実際の出来事を完全には説明しないことで、読者の不安を煽る技術がある。どのようなものから文学的影響を受け、これほど予想外の成功に至ったのだろうか。

「ホラーに関していえば、英国が私の感性にすごく影響を与えています。ロンドンダンジョン(ロンドンの血なまぐさい歴史を題材にした有名テーマパーク)で拷問器具を見たり、呪われた館を題材にしたテーマパークに行ってみたり。オールトンタワーズとかソープパークですね。日本のお化け屋敷はかなり優しめで子供向けのものが多いですが、英国のお化け屋敷は、たとえ相手が小さい子供でも、怖がらせることに遠慮がないんです」
 

ということは、英国にいたことがあるのだろうか?

「はい、2歳から6歳くらいまで英国に住んでいました。いい思い出がいっぱいあります。雨上がりの匂いとか、フィッシュ&チップスの味とか──同じ味はやっぱり日本にはないんですよね」

インタビューに同席していた日本の出版社の社員たちが、驚いて口を開けている。この寡黙な作家は、英国の読者に著書を届けようとする熱意からか、これまでにないほど自身についてあけすけに語っているのだ。
 

いつか仮面をはずす日は来るのか?


しかし、雨穴の作品に見られるのは英国の呪われた館の影響だけではない。どれほど身の毛もよだつ物語であろうと、彼の小説は日本人が日々直面する問題を扱っているのだ。『変な絵』で雨穴は、過労死から少子化にいたるまで、さまざまな問題に言及している。

「少子化の結果、一人っ子であるために両親に溺愛され過ぎて、後々ダメな大人になってしまうこともあるかと思います」
 

この小説の最大のテーマは、母性愛のダークサイドである。

「これは多くの日本人が共有している観念ですが、母親は9ヵ月も子供を子宮に入れて運び、苦しんで出産しますよね。だから子供は母親を絶対的に尊重することに疑問を抱きません。かつては家族内で父親が占めていた地位を、母親が奪ってしまったわけですね。母親は怖れられ、子供は決してその言葉に逆らうことができない。

それほどの権力、影響力を持っていることに無自覚な母親もいますし、その力を不適切に、あるいは歪んだ方法で行使して、多くの苦痛を生み出す例も現実にたくさん存在しています」

現在、英国では日本小説がブームとなっており、翻訳小説の売り上げの4分の1以上を日本の小説が占めている。英国の読者が日本小説に詳しくなるのは良いことなのではと示唆してみると、雨穴は違った視点を提供してくれた。

「日本文化は世界中のさまざまな文化から強く影響を受けています。こうしたすべての異なる要素を取り込み、それを全部ミックスして新しいものを創ってきたんです。なので、海外で日本文学を読む人たちも、そこからその人たち自身の文化のいろんな側面について、新しい視点を得ているかもしれませんね」
 

雨穴は今後も小説執筆と動画制作を並行して続けていくつもりとのことだ。しかし、どこかで仮面を外すつもりはないのだろうか?

「ないです。この見た目もだいぶ知られるようになったので。このまま行くと思いますね」

多くのミステリ作家と同様、雨穴もそうすぐには謎の答えを教えてくれないらしい。