日本は世界をリードできるのか
江守正多教授に聞く
「『GXを日本の武器にする』
とはどういうことですか」
クーリエ・ジャポン
Text by COURRiER Japon
一時は日本勢が技術的に世界をリードし、大きなシェアを誇っていた太陽光パネルも、いまや中国メーカーが市場を牛耳るようになっている。日本政府は脱炭素の動きを「強み」に変えようと号令を発しているが、どういった取り組みが今後必要になっていくのだろうか。東京大学未来ビジョン研究センターの江守正多教授に話を聞いた。
──アメリカで第二期トランプ政権が誕生することで気候変動対策には逆風が吹く、といった報道も一部にはありますが、日本では「脱炭素」の取り組みに積極的な企業や自治体が増えてきていますし、欧州の基本姿勢も変わっていないように感じます。
一方で、11月のCOP29では途上国支援目標額の合意(途上国支援目標を「2035年までに少なくとも年間3000億ドル」と決定)は得られたものの、途上国からは不満の声も聞こえました。
江守正多 東京大学未来ビジョン研究センター教授。気候変動に関する政府間パネル第5次、第6次評価報告書主執筆者。
世界のCO2排出量は今の段階ではまだ減少が始まっていません。そろそろ減少傾向になるのでは、と思われながらも、そこに至らない状況が続いています。
先進国では再生可能エネルギーへのシフト等によって排出量が減ってきている国が多いですが、途上国に目を向ければ、人口が増えている国もあるし、経済成長にともなってエネルギー需要が拡大している国もあり、排出量が増えているのが実情です。
中国やインドも太陽光発電などの再エネを積極的に取り入れていますが、エネルギー需要の伸びのほうが上回っているので化石燃料の使用も増えています。とくにインドやインドネシアのように石炭が取れる国は、それを使ってエネルギー需要を賄う状況になっています。
そんな状況のなか、新しいエネルギー設備を建設するなら化石燃料ではなく再エネにしてください、と途上国にお願いしても資金面の問題があるわけです。COP29で途上国から不満があがった理由はここにあります。
途上国では国がどんどん発展していて、政府はなんとか需要に応じたエネルギーを供給しようと努めているわけです。いますぐ発電施設を造らなければならない、というときに資金が不足していれば、現状と同じ石炭を使う施設を造るしかないですよね。
世界全体のCO2排出量を本気で減らすためには、先進国が資金と技術を出すしかないんです。もちろん、先進国もそう簡単に資金を出せる状況ではないから、交渉が難航していたわけですけれど。
──そんななかで中国は再エネにも積極的ですね。太陽光パネルの製造元も、いまではほとんどが中国企業になっています。
中国は太陽光だけでなく、風力発電にも取り組んでいますし、電気自動車やそこで使われるバッテリー分野にも力を入れています。さらには原子力発電にも積極的です
そろそろ中国のCO2排出量はマイナスに転じるのではないかとも言われています。これは希望的観測という面もあって、これまでもマイナスになると思われながら、なかなか実現しないケースが多くありました。いま期待されている要因は、一昨年から昨年にかけての排出量の増加にくらべ、この一年は微増にしかなっていないことです。
──日本政府もGX実行会議を設けて、この分野を「日本の武器」にしようという掛け声を発しています。日本がGXを武器にするにはどうすべきでしょうか。
いろんな異なる立場の見方があるように、僕はとらえています。
ほとんどの人が再エネを増やすべきだと考えている点では一致していますが、その強度にはバラつきがあるように感じます。なぜなら、再エネを増やすこと自体はいいことですが、その動きによって日本の産業のなかで直接儲かるところはほとんどないからです
わかりやすい例でいえば、太陽光発電を増やそうとすると、パネルは基本的には中国から買うことになります。日本も2000年代くらいまでは世界最先端の技術をもっていて、日本製の太陽光パネルの市場シェアは大きかった。当時のような状態であれば、もっと再エネを増やす機運は高まりやすかっただろうと思います。
つまり、再エネを増やすこと自体が日本の産業を活気づけるようになれば、積極的な姿勢の人が増えるわけです。GXを日本の武器にするという掛け声は、日本が持っている技術で主導権を取れるところを伸ばしていこう、という意味で捉えるといいと思いますね。
──実際に、日本がリードできそうな技術というのはどんなものがあるんでしょうか。
たとえば、太陽光パネルにしても次世代のペロブスカイトは日本がまだ主導権を握れる可能性があります。水素のサプライチェーンや「カーボン・リサイクル」と呼ばれるCO2を回収してそこから化学品や燃料をつくる取り組みなどもそうですね。次世代の原子炉に関する議論も進んでいます。あとは出遅れていた洋上風力も、深い海で使える浮体式の技術を発展させていこうと取り組んでいます。
脱炭素化の「大きな幹」になる部分は太陽、風力、バッテリーの3つだと僕は思っているんですが、いまの時点では、その分野で頑張るべきだという人と、先ほど挙げた水素のようにそれ以外の分野でやっていかないと日本が主導権を握れないと考える人の、両方の勢力があると捉えています。
どちらにしても、勝ち目があるところを見つけて取り組むことが必要なのは確かですが、一方で、技術力でリードしたからといって楽観視することはできません。一時的にリードしても、すぐに各国が追い付いてこようとしますからね。競争が熾烈であることを理解して、どう成長させるかの戦略を立てておくことも重要だと思います