EDUCATION
教育と教師、テクノロジーの関係性
エストニア教育相が語る、
教育制度の成功の裏にある
「3つの要因」
ル・ポワン(フランス)
Text by Claire Lefebvre
北欧の小国、エストニアはいかにして世界屈指の教育制度を確立したのか。
同国の教育・研究相、クリスティーナ・カラスが、
仏誌「ル・ポワン」のインタビューに答え、
その成功の秘密を明かした。
2023年12月に発表された
「OECD生徒の学習到達度調査(PISA2022)」において、
エストニアはヨーロッパでトップの成績を残し、
全世界でもアジアの常連国と並んで上位8位に入るなど、
精彩を放っていた。
バルト海沿岸にある、
人口135万人ほどのこの小さな国がどうやって
世界ランキングの上位に食い込むことに成功したのだろうか。
エストニアの教育・研究相、クリスティーナ・カラスに話を聞いた。
──エストニアはどのようにして、
教育レベルを計測する国際調査で大変良い結果を収めたのでしょうか?
これには3つの要因があると考えています。
PISA2022のランキングを細かく見ると、
エストニアはとても面白い点で秀でていることに気づくでしょう。
「グロースマインドセット(Growth mindset)」
というものです。
これは、15歳の生徒が
どれくらい自分の知的能力を信じ、
勉強によって成績を良くすることができると考えているかを示しています。
今後、この特質をOECDの専門家が計測することになっています。
この特質が学校の成績、
特に数学の成績と関連していると考えられているからです。
実際、
数学の国際ランキングで上位にあるヨーロッパの国は、
生徒が自分の能力を信じる度合いの高さでも
しばしば上位に位置するのです。
思うに、この点については、よく考えてみると良いのではないでしょうか。
──エストニアが成功した、2つ目の要因は何ですか?
2つ目の要因は、
エストニアには
「努力の文化」があるということです。
この価値観は、
この国を全部作り直さなければならなかったという必要性から生まれたものです。
それは1991年、
ソ連が崩壊してエストニアの独立が回復された後のことです。
エストニア国民は
そのために熱心に働き、
目標を成し遂げました。
経済的にも成功し、
この努力の文化がエストニアのアイデンティティーの一部になったのです。
その文化は
今日においても
社会のあらゆる階層、
あらゆる世代に
見られるもので、
学校に至るまで、
この文化が根づいています。
「成功するためには、熱心に勉強しなければならない」
ということをエストニアの子供は知っているのです。
──エストニアでは教師の自立性にも大変重きを置いていますね。
そうです。それがエストニアの教育制度が成功した要因の3つ目で、
きっと最も重要なものです。
教育に関する決定は
大部分がそれぞれの現場でなされ、
学校や教師が判断します。
どんなことであれ、政府が口を出すことはありません。
思うに、
これはエストニアの成功に欠くことができない要素です。
というのも、
「どこでも、いつでも、どんな生徒に対しても有効な、
『奇跡の教育方法』のようなものは存在しない」
ということを、教育学が示しているからです。
教育が効果的であるためには、
教師は
生徒に合わせて指導方法や
ツールを変えることができなければなりません。
学級のことをよく知り、
生徒がどのような困難を感じているか、
それぞれが何を必要としているのかを最も理解しているのは教師なのです。
この問題について、大臣は何もできないのですよ
──それでは、どのようにして成果が生まれるようにしているのでしょうか。
エストニアにも、
国の教育カリキュラムがあります。
このカリキュラムは、
それぞれの教育課程の修了時に
子供がどういった能力を習得しているべきかを明確に定めていますが、
この目標を達成するために使う教育方法や、ツールは定めていません。
これは、教師の裁量に任されていて、
学級の学力を向上させることができると思われる教育方法があれば、
教師は自由に新しいものを作りだして使うことができます。
また、このためには生涯教育は不可欠なものであり、
政府はこういった教育を受けられる機会を
教師に数多く提供しています。
さらに、国レベルの定期テストによって、
ちゃんと結果が出ているかが確認できます。
もしも結果が出ていない場合は、
教師の採用と賞与の支給も担当する校長が、
教師の交代も決めることができます。
ですが、
そのようなことが起きるのは極めて稀で、
それは、このようなマネージメントが
教師とその職業意識に対する政府の信頼に基づいているからなのです。
これは教師にとって自己肯定感とやる気を大いに高めるものです。
──エストニアの教育モデルは他の国でも適用可能でしょうか。
国によって歴史や政治、経済、文化、社会の背景が違うので、このモデルをコピー&ペーストして済ませるということはできません。
でも、何か一つだけお薦めするならば、
それは学校と教師の自立性を強化するということです。
その影響は
学校レベルで感じられるだけでなく、
教職という仕事の人気にも繋がります。
教職離れの問題はヨーロッパの国の大部分が直面していますし、
エストニアでも数年の困難な時期がありましたが、
その後は教職が再び人気になりはじめています。
これは間違いなく、
教員にとても大きな信頼が寄せられていることから来ていると思います。
──エストニアの教育モデルのもう一つの特徴は、
教育制度の中心に
最新テクノロジーを置いたということです。
どうしてこういった選択をしたのでしょうか。
実を言うと、
最新テクノロジーは
エストニアのすべての行政活動の中心なのです。
1990年代、エストニアの独立時に国はその方向に舵を切りました。
当時は、
国全体の復興が喫緊の課題でしたが、
使えるお金がほんの少ししかありませんでした。
最新テクノロジーによって
多くの費用を抑えることができたのです。
手続きをペーパーレスにすると、
それだけ人件費が削減でき、
官僚制の弊害が減り、
無駄な書類が少なくなり、
効率化が進みます。
つまり、とても実用的な見地からこの選択をしたのです。
──インターネットはまだ生まれたばかりでしたが……。
確かにそうですね。
デジタルIDを持つこと、
オンラインで収入を申告すること、
書類にデジタルで署名することなどは、
いまでは当たり前のことのように感じられますが、
四半世紀前にはかなり珍しいことでした。
エストニア人が最新テクノロジーを信頼し、安心して使えるようにすることが必要でした。この国の教育に最新テクノロジーを持ち込むという決定がなされたのは、この流れから当然の判断だったのです。
最初のうちの目的は、
エストニア人がこのツールを使えるようにするために教育することでしたが、
時間が経つにつれて、
この方法を使えば
生徒それぞれに合った学習方法を提案できるということがわかってきたのです。
AIはこういった成り行きの次の段階になります。
──最新テクノロジーはどのようにして学習に組み込まれるのでしょうか。
生徒のデジタル活用能力は、
学際的な方法で成長させます。
つまり、あらゆる科目で教師それぞれの裁量に任された指導方法でおこなうのです。
コンピューターやiPadを使って指導することを選ぶ教師もいれば、
それよりも議論やテーマ学習、
実習や社会見学などを好む教師もいます。
デジタル機器を使う能力にとどまらず、
「21世紀のスキル」と呼ぶものを生徒が身につけられるようにしてほしいと、教師には言っています。
これは、
生徒の
批判的思考能力、
創造性、
社会的能力、
行動能力、
コミュニケーション能力、
精神力、
認知能力などの
成長を包括したスキルのことです。
今日の世界において不可欠だと思われるものはすべて身につけてほしいのです。
──基礎知識がおろそかにされる危険はないのでしょうか?
エストニアの学校の教室は、
スクリーンとデジタルガジェットだらけなのだろうとご想像でしたら、
実際の姿にがっかりするかもしれません。
本を読んだり、
手で文字を書いたり、
道具を扱ったりすることは
基礎知識の獲得に不可欠であり、
それを切り捨てるのは問題外です。
教師はそういった教育をするために養成されているのです。
──フランスでは中学校での携帯電話の持ち込みを禁止したいと考えていて、
現在200ヵ所の学校で実験がおこなわれています。
これについてどうお考えになりますか?
教師は担当学級で何をするのも自由ですが、
こうした禁止はエストニアの学校で推奨されていることではありません。
確かに、
SNSやゲームのしすぎは
生徒の集中力・学習にマイナスの影響を及ぼしうると考えていますし、
ネットでのいじめは心の健康にも影響を与えるでしょう。
しかし一方で、
こういった機器を学校から追放することによって、
この問題が解決するわけではないのです。
生徒たちはいつでもルールを破ることができますし、
家での過剰な使用までは口出しできません。
これらの機器を悪者にするよりも、
使い方を間違ったらどのようなリスクがあるのか、
疑わしいサイトはどのサイトか、
どういうことを避けるべきかを説明する
と同時に、
こういった機器をいかに使い、
うまく活用するかを教えることのほうが、健全な手段だと思います
エストニア教育相が語る、教育制度の成功の裏にある「3つの要因」 | クーリエ・ジャポン
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生徒も教師もハッピー! 小国エストニアの学校教育が秀逸な理由を探りに
生徒も教師もハッピー! 小国エストニアの学校教育が秀逸な理由を探りに | クーリエ・ジャポン
ガーディアン(英国)
Text by Emine Saner
IT先進国として知られるエストニアでは、学校教育においてもデジタル化が進んでいる。だが、必ずしもそれがヨーロッパ随一の教育大国となった理由ではないようだ。それでは何が、この国の教育制度を特別なものにしているのか。
エストニアの首都タリンにあるペルグリン公立中・高等学校のSFクラスで今日、取り上げられるのは映画『ブレードランナー』だ。同校では木曜日が「自主的な」授業日で、生徒はさまざまな科目から受けたい科目を選択できる。この日に選択可能なほかの科目には「権利と民主主義」、プログラミング、英語による創作などが用意されていた。
SFクラスの教室に後ろから入ると、授業に参加していた17歳の生徒7人が、この作品を30分鑑賞してディスカッションを始めるところだった。私を見ると、彼らは完璧な英語を話してくれた。生徒のひとりトゥリーンは、「ユングの言う元型(アーキタイプ)やペルソナ、フロイトの言う超自我について話し合っていたんだ。自分にとってこの作品は、人間を形成するいろいろな面や、登場人物をもっと深く造形するにはどうすればいいのかという理解にとても役立った」と説明する。
そして私がその場にいた数分間に、生徒の話題は米国史や児童労働や共感にまで及んだ。「訊きたいことは山ほどある」とトゥリーンは言う。
それはこちらも同じだ。EU諸国中、比較的貧しい小国に過ぎないエストニアが、どうやって教育大国となったのか? 経済協力開発機構(OECD)が実施する、「生徒の学習到達度調査(PISA)」のランキング上位はアジアのひと握りの国が独占し、その次がエストニアだ。つまりエストニアはPISAランキングで欧州の最上位国なのだ。
高度な教育を受けたエストニアの教師は、学業面だけでなく、社会的および個人のスキル習得を重視した指導方針をとっている。そんなエストニアの教育履修課程は通常、ロボット工学から音楽、芸術に至る幅広い教科でぎっしり埋まっている