中高年の動脈硬化リスクを防ぐ「毎日30分の習慣」とは?【“神の手”の心臓外科医が解説】

 

 

ダイヤモンド・オンライン

 

 現代日本の社会人には生活習慣の変化から動脈硬化のリスクが日に日に高まっているという。まだまだ働き盛りの中高年のビジネスパーソンにとって動脈硬化は大きな脅威だ。1万件を超える心臓外科手術を経験した心臓外科医の天野篤氏が解説する、食事や運動などの日常のちょっとした努力で動脈硬化を防ぐための予防術とは?

 

 

※本稿は、天野 篤『60代、70代なら知っておく 血管と心臓を守る日常』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。

 

 

 

 

 

 

● コレステロール数値の管理で 脳や心臓の血管を守る  2022年7月、日本動脈硬化学会が定めている「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版」が5年ぶりに改訂されました。同ガイドラインはもともと1997年から「高脂血症診療ガイドライン」として発表されていたもの(2007年に現在の名称に変更)で、動脈硬化のリスクを包括的に管理することで、動脈硬化性疾患の予防を目指しています。  

 

 

心臓から送り出される血液を全身に行き渡らせる役割を担う動脈が、硬くなって柔軟性がなくなった状態が動脈硬化です。狭心症や心筋梗塞、大動脈解離、大動脈弁狭窄症といった心臓疾患をはじめ、脳梗塞や脳出血といった命にかかわる深刻な病気の大きなリスク因子になります。  

 

 

動脈硬化は、加齢に伴う血管の老化に加え、高血圧や高血糖によっても進みますが、もっとも大きな原因は高LDLコレステロールによる脂質異常症(高LDLコレステロール血症)です。今回のガイドライン改訂でもやはり脂質管理が重視されていて、「非空腹時のトリグリセライド(中性脂肪)基準値の設定」や「糖尿病患者におけるコレステロール管理目標値の厳格化」などが盛り込まれています。 

 

 脂質には大きくLDLコレステロール(悪玉コレステロール)、HDLコレステロール(善玉コレステロール)、トリグリセライド(中性脂肪)の3つがあり、いずれかが基準値から外れている場合に脂質異常症と診断されます。  

 

 

血液中の脂質が過剰に増えると、動脈の内膜にLDLコレステロールなどの脂質が蓄積し、「プラーク(粥腫)」と呼ばれる塊ができます。そのプラークが大きくなって血管内を狭くし、破綻し、崩れることでつくられた血栓が詰まって血流が途絶えると、心筋梗塞や狭心症を引き起こすのです。また、血栓が脳の動脈や頸動脈に詰まると脳梗塞が起こります。 

 

 動脈硬化を予防して命にかかわる病気の発症リスクを下げるために、今の高齢者、いや中高年がもっとも重視しなければならないのがコレステロールの管理です。 

 

 日本では、2000年を境にコレステロール値が高い人の割合が急速に増えていて、総コレステロールの平均値が欧米の水準以上に高くなったとされています。  

 

今が働き盛りの40~50代の中高年の血液検査と、現在80~90代の高齢者が働き盛りだった40年ほど前の血液検査の結果を比べてみると、今の中高年はとりわけLDLコレステロールの数値が高いのです

 

 

 

 

● 動脈硬化を予防するには 食事の改善が欠かせない  1945年の終戦前後に生まれた人たちは、戦後の食生活や生活習慣の変化によって、体質が高コレステロールに傾きました。

 

さらに“島国”である日本では、そうした高コレステロール=動脈硬化体質を持った人同士が一緒になるケースも多く、高コレステロール家族=動脈硬化の家系ができやすくなります。  

 

そうした環境では、1970年代のアメリカで心筋梗塞による死亡が急増したように、高コレステロール体質、つまりは動脈硬化体質の人たちが「自然淘汰」される状況が訪れても不思議はありませんでした。 

 

 

 しかし、ちょうど同じ時期に日本の研究者・遠藤章博士が発見した「スタチン」という優秀なコレステロール降下薬が登場し、動脈硬化によるさまざまな病気の予防ができるようになりました。そのため、高コレステロール=動脈硬化体質を持つ多くの人が救われることになり、現在に至っています。  

 

 

ただ、スタチンの効果には限界があり、高齢者では対応が難しいうえ、高コレステロール=動脈硬化体質が強い人たちに対してはそれだけで抑制できるわけではありません。  また、スタチンは悪玉のLDLコレステロールを減らしますが、善玉のHDLコレステロールを増やす効果は十分ではなく、中性脂肪抑制効果もないためやはり限界があります。  さらに、脂質異常症が増え始めた2000年以降は、糖尿病の患者さんも増えてきたため、動脈硬化の予防には血糖の管理も重要になってきました。今回のガイドライン改訂で糖尿病患者のコレステロール管理目標値が厳格化されたのも、その流れを強化した形だといえるでしょう。  薬だけではどうしても限界があるため、動脈硬化の予防には食事の改善が欠かせません。同ガイドラインでは、動脈硬化のリスクを減らす食事として、次のことがあげられています。 

 

 

 

 

●肉の脂身、動物性脂肪、加工肉、鶏卵の大量摂取を控える 

 

 

 

●魚の摂取を増やし、低脂肪乳製品を摂取する 

 

 

 

●未精製穀類、緑黄色野菜を含めた野菜、海藻、大豆および大豆製品、ナッツ類の摂取量を増やす 

 

 

 

●糖質含有量の少ない果物を適度に摂取し、果糖を含む加工食品の大量摂取を控える 

 

 

 

●アルコールの過剰摂取を控え、「25グラム/1日」以下に抑える 

 

 

 

●食塩の摂取は「6グラム/1日」未満を目標にする」 

 

 こうしたことなどが推奨されています。すべてを完璧に実践することは困難ですが、動脈硬化体質をすでに指摘されている方にはひとつの目標となり、意識して心がけることが健康寿命を延ばすと考えられます

 

 

● 毎日30分あるいは週150分の 有酸素運動が血管を軟らかくする

  引き続き、動脈硬化の予防についてお話しします。  

 

心臓から送り出される血液を全身に行き渡らせる役割を担うのが動脈です。その動脈が硬くなって柔軟性が失われた状態を「動脈硬化」といいますが、動脈硬化が続くと、狭心症、心筋梗塞、大動脈解離、大動脈弁狭窄症といった心臓疾患をはじめ、脳梗塞や脳出血といった病気の大きなリスク因子になります。

しかも、現時点では動脈硬化そのものを治す治療は存在しないので、予防が何より大切なのです。 

 

 

 しっかり予防するためには、食事や薬による脂質管理(コレステロールの管理)に加え、運動がとても重要です。

運動によって、なぜ動脈硬化が改善するのかについてのメカニズムはまだはっきりわかってはいませんが、運動で血流量が増えると、もっとも内側にある血管内皮細胞に「ずり応力」という物理的刺激が加わり、血管を軟らかくする作用がある一酸化窒素が増えるためだと考えられています。  

いずれにせよ、とくに有酸素運動が動脈硬化の予防に有効であることは数々の研究で明らかになっていて、2022年7月に改訂された日本動脈硬化学会の「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版」でも、それらの研究に基づいた運動療法の指針が示されています。  

 

それによると、

 

ウォーキング、

 

速足、

 

水泳、

 

エアロビクス、

 

スロージョギング、

 

サイクリング

 

などの有酸素運動を、

「ややきつい」くらいの強度で、

毎日30分

あるいは週150分を

目標に週3回は実施することが推奨されています。

 

もちろん、持病がある場合は医師の指導に従うことが大前提です。  

 

また、有酸素運動以外の時間もこまめに歩くなど、できるだけ座ったままの生活を避けることも推奨しています。座位時間が長いと、心血管疾患や冠動脈疾患、脳卒中、糖尿病の発症が増え、心血管疾患による死亡や総死亡も増えるという多数の研究報告があるのです。  

 

座位時間を長時間継続せずに中断すると、血糖値やインスリン抵抗性が改善することもわかっていて、動脈硬化性疾患の予防が期待できます。

ですから、座っている状態をこまめに中断して、長時間続けないように心がけることも大切になります

 

 

● 筋肉量が増えると血圧の調節力がアップ 日々の運動は心臓疾患の予防につながる  有酸素運動や日常生活でこまめに動くことは、筋肉量を増やすうえでも大事です。じつは血管も筋肉のひとつ。心臓にとって、全身の筋肉量はきわめて重要といえます。  

 

一般的に筋力は加齢に伴って衰えていき、加えて日頃から運動をせずにいると全身の筋肉量はますます減ることになります。筋肉は心臓が送り出す血液の“受け皿”なので、筋肉量が減ると血圧の調節力が低下します。

そうなると、重要な働きをしている臓器への血流を確保するために心臓はフル回転を強いられ、負担が増大するのです。  

逆に筋肉量が増えると筋肉の血液量も増えるため、血圧の調節が自律神経も関与してバランスよく行われ、さらにはインスリン抵抗性が改善されたり、善玉のHDLコレステロールが増えたり、動脈硬化ひいては心臓疾患の予防につながります。 

 年をとっても筋肉量を落とさないためには、日常生活で意識して歩く時間を増やすことが有効です。

といっても、高齢になると外出するのはおっくうですし、目的もなく歩くのは難しいという人がほとんどでしょう。日常の買い物の際などに、少し遠いお店に足を延ばすくらいしかありません。  

そこで、「日常生活でいかに歩く場面を増やすか」という観点に立ったさまざまな技術の進歩が期待されます。  

たとえば、スマートフォンの充電です。今はパッドの上に置くだけでワイヤレス充電できるものが登場していますが、これをさらに進化させ、町中に設置された“充電道路”の上を一定時間歩くと、スマートフォンの充電ができるような設備が開発されれば、高齢になっても「必要だから歩く」人が増えるでしょう。  

ほかにも、スマートフォンに搭載されている位置情報などを利用して、歩いた距離や時間に応じてポイントを付与し、買い物などに使えるアプリが今よりもっと充実すれば、中高年や高齢になっても歩きたがる人が増えるのは間違いありません。  

必要だから歩く人が多くなればなるほど、結果的に心臓や脳などの動脈硬化性疾患、糖尿病、腎機能障害による人工透析の患者さんが減って、右肩上がりで増え続けている医療費の抑制につながります。動脈硬化が進んで病気になったから治すのではなく、病気にならないように動脈硬化を予防することが、何より大切で、ひいては健康寿命の延長につながっていくと考えています。

 

天野 篤

中高年の動脈硬化リスクを防ぐ「毎日30分の習慣」とは?【“神の手”の心臓外科医が解説】(ダイヤモンド・オンライン)