文化財「土浦邸」を東京・南青山のビル足元に移築、2024年9月から一般公開

星野 拓美

 

日経クロステック/日経アーキテクチュア

 

 

 

 

日本のモダニズムを代表する建築家・土浦亀城(1897~1996年)が妻の信子(1900~98年)と設計し、1935年に竣工した自邸「土浦邸」。95年に東京都の有形文化財(建造物)に指定された、日本の近代住宅史上に残る有名建築だ。

 東京都品川区上大崎に立っていたこの住宅を、化粧品大手ポーラ・オルビスグループの不動産会社ピーオーリアルエステート(東京・品川)が、港区南青山に移築した。同社が土浦邸の所有者から寄贈を受けたことで実現した。2024年9月から一般公開を開始する。

ピーオーリアルエステートが東京・上大崎から東京・南青山に移築した「土浦邸」。日本のモダニズムを代表する建築家・土浦亀城と妻の信子が設計した(写真:日経クロステック)

ピーオーリアルエステートが東京・上大崎から東京・南青山に移築した「土浦邸」。日本のモダニズムを代表する建築家・土浦亀城と妻の信子が設計した(写真:日経クロステック)

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 東京工業大学名誉教授の安田幸一氏が主宰する安田アトリエ(東京・千代田)が設計、鹿島が施工を担当した。移築場所は24年3月に竣工した地上16階建てオフィスビル「ポーラ青山ビルディング」の足元だ。「土浦邸は建物であるが、(その水平投影面積分を)特別に公開空地に参入する許可をもらった」と安田氏は話す。18年に建物調査を開始し、21年に解体に着手。23年に解体を終え、24年4月に移築が完了した。

 土浦邸は1935年の竣工後に増築されていたが、移築に当たり減築して竣工時の姿に戻した。建物は木造で地下1階・地上2階建て、延べ面積は約191m2。道路と敷地の高低差を生かしたプランニングが特徴だ。地下1階の玄関から入り、階段を上がって地上1階の居間や食堂、テラスなどにアクセスする。「移築前後で道路と敷地の高低差がほぼ一致しており、このことが南青山に移築する決め手の1つとなった」と安田氏は説明する。

1935年の竣工当時の土浦邸(写真:土浦亀城アーカイブズ)

1935年の竣工当時の土浦邸(写真:土浦亀城アーカイブズ)

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 移築では元の部材の使用率をできる限り高めることがテーマとなった。例えば、2層吹き抜けの居間に自然光を取り入れるための窓。幅約2.7m、高さ約3.6mの巨大な鋼製サッシは傷んでいたが、さびを落とし、腐食した部分を新しい材料で埋め、ゆがみを補正して再利用した。

土浦邸は木造、地下1階・地上2階建て。移築では竣工時の姿に戻した(写真:土浦亀城アーカイブズ)

土浦邸は木造、地下1階・地上2階建て。移築では竣工時の姿に戻した(写真:土浦亀城アーカイブズ)

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地上1階の居間。スキップフロアを設けた2層吹き抜け空間(写真:土浦亀城アーカイブズ)

地上1階の居間。スキップフロアを設けた2層吹き抜け空間(写真:土浦亀城アーカイブズ)

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2階から見下ろした居間。大きな窓から自然光を取り入れる。窓の鋼製サッシは傷んでいた部分を修理して再利用した(写真:土浦亀城アーカイブズ)

2階から見下ろした居間。大きな窓から自然光を取り入れる。窓の鋼製サッシは傷んでいた部分を修理して再利用した(写真:土浦亀城アーカイブズ