飯田GHDの「西陣織パビリオン」は万博に咲く花、曲面だらけの鉄骨フレームと膜材
川又 英紀
日経クロステック
大阪・関西万博の施設で、工事が比較的順調に進んでいるのが民間パビリオンである。逆に海外パビリオンはこれからが本番で、時間との闘いになる。
2024年7月時点で既に外観が見えてきたパビリオンのうち、ひときわ目立つものを1つだけ挙げるとすれば、記者は迷わず「西陣織パビリオン」を推す。飯田グループホールディングス(飯田GHD)と大阪公立大学が共同出展する民間パビリオン「飯田グループ×大阪公立大学共同出展館」で、大屋根(リング)のすぐ外側、会場の西側に立つ。西陣織の美しい花柄は、日本らしさがストレートに伝わってくる。
真っ赤なボディーの「西陣織パビリオン」。延べ面積は約3600m2(写真:生田 将人)
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大屋根(リング)に負けない大迫力の西陣織(写真:生田 将人)
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京都で1200年以上の歴史がある高級織物の西陣織をまとったパビリオンは、前代未聞の建築物だ。そして西陣織の外壁を支える鉄骨の構造体もまた、見たことがない形をしている。
無限を意味するメビウスの輪を想起させる3次元曲面だらけの構造体は、躯体(くたい)だけ眺めるとジェットコースターのように見える。
ジェットコースターのレールのように曲がりくねった鉄骨フレーム。鉄骨の鋼管は曲げ加工だらけ。構造は骨組み膜構造、一部鉄骨造(写真:FOTOTECA)
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赤を基調とする花柄の西陣織がパビリオン表面の膜材となり、大きく波打つような3次元曲面の構造体を覆い尽くす。階数は地下1階・地上2階建てで、高さは約12m。西陣織の表面積は約3500m2に及ぶ。真上から眺めると、真っ赤な花のように見える。
膜材を張り終えたパビリオンを真上から見る。大きな花のようだ。中央の平らな部分には太陽光発電装置を載せる予定(写真:清水建設)
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奇抜なパビリオンを設計したのは、建築家の高松伸氏が主宰する高松伸建築設計事務所(京都市)だ。過去に何度も飯田GHDと仕事をしてきた高松氏はパビリオン設計の依頼を受けると、「京都に事務所を構える身として、万博では大阪だけでなく京都の存在感も示したい」と考えた。提案した複数のプランの1つが、京都を代表する織物である西陣織でパビリオンを覆うという案だった。
設計を手掛けた建築家の高松伸氏(写真:日経クロステック)
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飯田GHDは西陣織パビリオンをすぐに気に入ったが、実は高松氏は「西陣織を建築物に使えるのか半信半疑の状態だった」と打ち明ける。パビリオンの方向性が決まってから京都中の西陣織メーカーに声を掛け、無謀とも思えるプロジェクトに参加してくれるパートナーを探したという。
出会ったのが西陣織の老舗でありながら、革新的な取り組みを続ける細尾(京都市)だった。細尾は150cm幅の西陣織をつくれる織機を開発しており、「大きな外装に適した技術力を持っていた」(高松氏)。
ただし、西陣織をそのまま膜材として使うのは、やはり無茶だ。高松氏は優れた膜材の技術を持つ太陽工業(大阪市)に協力を要請。西陣織を膜材として使うための技術開発をスタートさせた。パビリオンを施工する清水建設も設計段階からプロジェクトに加わり、4社で世界初の西陣織建築に着手した。
清水建設は高松氏が描いた建築デザインをなぞるようにして、パビリオンの形状を忠実に鉄骨の躯体(くたい)に落とし込んだ。同じく太陽工業も高松氏がデザインした稜線を基に、3Dモデリングソフトを使って膜形状を決定していった。
パビリオンの構造計画。膜の稜線から骨組みや構造を導く。中央の円形部分を形づくるトップリングから膜材のメインアーチが延びる。メインアーチの間を複数のサブアーチで結んでいる。メインアーチの曲率は一律ではなく、多様な曲率の鉄骨を組み合わせている(出所:清水建設)
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外装膜形状の分析手順(出所:太陽工業)
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清水建設関西支店構造設計部の鷹羽直樹グループ長は、「3次元曲面だらけの躯体を設計するうえで、3Dモデリングは必要不可欠だった」と振り返る。しかも施工は、図面通りに進めなければ躯体が組み上がらない。「これほど高い施工精度を求められる建物はおそらく経験がない。わずかなずれでも膜材が収まらなくなる。鉄骨の架構は現場に搬入する前に一度、別な場所で仮組みして建て方の手順や精度を確認。反省点を踏まえて改良を加えた。鉄骨を解体し、現場に運び込んで本組みに臨んだ」(鷹羽グループ長)
大屋根(リング)の木架構と西陣織パビリオンの鉄骨架構の取り合わせ。建設中しか見られない特別な風景(写真:FOTOTECA)
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既に苦労の連続だが、クリアしなければならない最大の難関がこの先に待ち受けている。西陣織の織物としての良さを失うことなく、パビリオンの建材としていかに使えるものにするかだ。太陽工業は大きく4段階の検討を重ねた末、西陣織を外装材として使える外壁構成に行き着いた。
太陽工業は西陣織と他の膜材を組み合わせた3重構造の内外装膜を用意した(出所:太陽工業)
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仮設建築物とはいえ、パビリオンの外壁は不燃性で、かつ外力に耐えられる性能が求められる。それを西陣織の膜材だけに負わせるのは無理だと分かった。
膜材は、外装材になる西陣織とは別に、構造用の「B種膜材料」を組み合わせて2重にした。そして鉄骨躯体の内側にもう1枚、内膜不燃膜として同じくB種膜材料を張る。合計3重の膜構造を採用し、課題を解決した。外膜と内膜を使い分けることになったので、その間のスペースも無駄にせず空調を通すことにし、パビリオン内が温室のように暑くならないようにする。
もっとも、これだけではまだ不十分だ。一番外側に位置する西陣織の膜材は万博の会期中、日差しや雨、潮風などにさらされ続ける。そこで太陽工業は西陣織の表と裏にそれぞれ別のコーティングをして耐候性などを高めた。
西陣織の基布の表と裏に別々のコーティングを施した(出所:太陽工業)
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「西陣織の美しい柄が見えにくくなるようなコーティングは避けなければならない。できるだけ透明で存在を感じさせないコーティングを薄く施し、織物の基布(きふ)が持つ風合いを守る。表面がコーティングでテカると、本物の西陣織を使っているのにプリント柄のように見えてしまう」(太陽工業建築技術本部建築設計部の平郡竜志関西万博プロジェクト設計課長)。一方、裏側のコーティングは先ほどの2層目の膜材と溶着させるためのものを用いた。
基布の表裏を別々にコーティングすることは決まったが、ここでさらなる課題が浮上した。西陣織はコーティング後に生地が伸縮することが分かった。これでは寸法が合わなくなるだけでなく、膜パーツ同士をつないでいくときに西陣織の絵柄が大きくずれてしまう。そこでコーティング後に設計寸法になるよう、膜パーツには余長を設けて生地を裁断。膜パーツをつなげるときは縮みを吸収しながら絵柄のずれは極力なくし、膜パーツのつなぎ目が目立たないようにした