【小林麻美さん・70歳】の現在「若さはあっという間だけど魅力は80歳でも消えない」|美ST
したアンニュイな雰囲気と都会的なファッションに誰もが憧れた小林麻美さん。70歳となった今も永遠のミューズ、ステキな大人の女性であり続けています。
【写真あり】伝説のミューズ・小林麻美さん(70歳)の「美人の素」
伝説のミューズは、あの頃から40年を経た今も素敵に歳を重ねています
お話を伺ったのは…小林麻美さん(70歳)
《Profile》
’53年生まれ、
東京都出身。’72年「初恋のメロディー」で歌手デビュー後、資生堂、パルコなどのCMが話題に。’91年、出産、結婚を機に引退。’16年雑誌「クウネル」の表紙で復活、話題に。
若さはあっという間になくなるけど魅力は80歳になってもなくならない
10年前、還暦の声を聞いたときは、肉体も精神的にも変化なく、ショックもないし余裕でした。5年後の65歳、定義は高齢者でしょ。「そうなの?」と思ったけれど「別に」って感じ。「インフルエンザの注射が無料。嬉しいわ」って。そして69歳では70歳の壁は大きすぎて、すごく戸惑ったけれど「ま、いいか」と、ひょいと飛び越えた。 次、80歳は「うーん」と思いますが、20代のとき、夫からの「若さはあっという間になくなる。そこから先はどれだけ魅力的でいるか。フランスの女優は80歳でも魅力的な人はいる。だから若さでなく自分の魅力を磨け」という言葉はずっと残っています。 10代20代からフランス映画を観て、仕草、歩き方、ファッション、ヘアスタイルなどをすべてフランス女優から学びました。今でもフランス映画やフランス人のピンタレストを見て、着崩し方を参考にしています。フランス人は計算してないように見えて計算している。それが素敵。 若い頃から白シャツ、プリーツスカート、紺ブレが好きで、今も変わっていません。体型も体力もそんなに変わってないのはやっぱり努力してるから。運動は苦手でしませんが、週1~10日ペースで子供の頃から整体を受けています。今は整体で教えてもらうストレッチを家でやってますね。母の教えで中学生からの習慣です。
さらに65歳からよく歩くようになりました
。車の運転も好きですが、電車を使うと階段もあるし、
それだけで運動になるのであえて利用しています
。元々歩くスピードは速いのに最近ゆっくり歩いていることに気付き、
若い方の後を同じスピードで歩くようにしています。
ところがスニーカーばかりになったので、
ときどき気合いを入れて家でハイヒールで歩く練習を。
姿勢の訓練になりますね。
また体重計は持っていませんが、
細身の戒めデニムをはいて体型チェックも。
食事バランスは、
朝昼晩を3:5:2の割合に。
揚げ物が大好きなので、
昼に食べ、
夕飯は軽く。
その方が体調がいいですね。好きなものを食べているからノーストレスです。
習慣と言えば、酒粕に水と砂糖を混ぜた手作り甘酒を毎日飲んでいます。
骨折はしましたが大きな病気はなく、
今日まで元気で生きています(笑)。
美容はストイックではないけど、
絶対に日焼けをせず保湿命。
食生活も美容も深く考えすぎず、何でも単純がいいんじゃないかな。
面白そうと思ったら心のままシンプルに「行く行く、やるやる」って言っちゃう方。
そこは何歳になっても変わりません。
生き方を深く意識していませんが、自分は強運だな、と昔から言い聞かせています。占いや周りに振り回されず、何でも自分で決めた方向に身軽に楽しく生きていたい。 今はアルゼンチンタンゴを習うのが夢。私より背が高い外国のカッコイイ先生がいたらいいな(笑)。
《衣装クレジット》
洋服、小物はすべて本人私物
2024年『美ST』7月号掲載 撮影/須藤敬一
ヘア・メーク/岡野瑞恵
取材/安田真里
再構成/Bravoworks,Inc.
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1991年、所属事務所田辺エージェンシーの社長の田邊昭知と17年の交際を経て結婚[12]、家庭に入るため芸能活動から引退[3]。25年間は子育て一筋だったと語り、表舞台には登場していない[13]。
2016年7月20日発売のファッション誌『Kunel』9月号(マガジンハウス)の表紙を突如飾り、同誌で新連載「伝説のおしゃれミューズ」をスタートし、25年ぶりに芸能界へ復帰することとなった[4][14]。
2020年3月19日、延江浩による評伝『小林麻美―第二幕』が朝日新聞出版より発売された[15]。
年表[編集]
- 1970年、文化学院在学中にライオンのコマーシャルに出演しデビュー[16]。
- 1971年、TBS系『美人はいかが?』でドラマ初出演。
- 1972年、東芝レコードから「初恋のメロディー」で歌手デビュー[17]。
- 1973年4月から、神経性胃潰瘍などのため1974年10月まで休養。
- 1975年、ニッポン放送『オールナイトニッポン』(火曜1部)パーソナリティーを務める。
- 1978年、舞台『ガラスの家』(西武劇場)に出演。
- 1980年、映画『野獣死すべし』に出演。
- 1981年、映画『真夜中の招待状』に出演。
- 1983年、ドラマ『ストレイシープ』に出演。
- 1983年、ドラマ『胸さわぐ苺たち』に出演。
- 1984年、CBSソニーに移籍し、ガゼボの「アイ・ライク・ショパン」に松任谷由実が日本語詞を付けたカバー曲、「雨音はショパンの調べ」が大ヒットした。さらにアルバム『CRYPTOGRAPH〜愛の暗号』で第26回日本レコード大賞優秀アルバム賞を受賞した。
- 1988年、日本武道館コンサート『HUMIDITY』を開催。
- 1991年、所属事務所の社長である田邊昭知と結婚、芸能界を引退し主婦業に専念。その間に一児(長男)を授かる。
- 2016年、ファッション誌「Kunel9月号」の表紙撮影および新連載を開始、25年ぶりに芸能活動を再開。
- 2020年、オンラインセレクトショップ『ASAMI+(アサミプラス)』をオープン