移民統合の失敗で犯罪集団が拡大

難民に寛容だった福祉国家スウェーデンでなぜ「暴力事件」が急増したのか

ストックホルムで警備に当たるスウェーデン警察 Photo: Nils Petter Nilsson / Getty Images
 
 

フィナンシャル・タイムズ(英国)

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Text by Richard Milne

寛容な移民政策を取り、長年にわたって世界中から数多くの難民を受け入れてきた福祉国家のスウェーデン。しかし、同国では90年代後半からギャングによる暴力事件が増加し、年々悪化している。なぜこのような事態になってしまったのだろうか

 

 

 

増え続ける暴力事件


かつて家だった場所とその周辺に木材、断熱材、被覆材の破片が飛び散り、ぐちゃぐちゃに散乱している。吹き飛んだ窓ガラスの跡には、ギザギザになった破片だけが残っている。カーテンや衣服が散乱し、爆発の威力に押し流されている。

「ニュースで見るような、外国の戦争の現場のようです」と地元住民は言う。

しかし、ここは紛争地帯ではない。スウェーデン第4の都市ウプサラの、かつては平和だった地区だ。昨年9月28日に爆発が起こり、新人教員のソハ・サード(24)が巻き込まれて死亡した。この攻撃は、犯罪組織のメンバーの親戚と思われる隣人を狙ったものだった。
 


9月末にスウェーデンのウプサラで起きた爆発事件の現場

スウェーデンでは昨年後半、ウプサラとやその南に位置する首都ストックホルムで凶悪な暴力事件が相次いだ。9月から10月にかけての最悪の時期には、毎日のように銃撃や爆破、手榴弾による攻撃が起きていた。

同国は、かつてヨーロッパで銃乱射事件が最も少ない国のひとつだった。しかし、わずか10年でその数は最多レベルになった。移民2世を中心に構成された犯罪組織の活動が激化している。

彼らは当初、ライバルなどの関係者を殺し合ってきたが、いまではその親族やその周囲にいた人も攻撃対象となっている。これらの殺人犯には子供が多い。わずか14歳の子供までおり、ギャングから手ほどきを受けている。

スウェーデンのウルフ・クリスターソン首相は9月末のテレビ演説で、この暴力事件の増加の原因は「無責任な移民政策と統合の失敗」にあると訴えた。「この状況は本当に深刻です。スウェーデンでも、ヨーロッパでもこのようなことはかつて起きたことがありません」

この暴力事件の増加によって、スウェーデン社会全体が揺さぶられている。同国で最も有名なビジネスリーダーであるイェスパー・ブロディンは言う。「この問題はスウェーデンを襲う地震のようなものです」。彼は家具大手イケア小売部門を保有する持株会社の最高経営責任者だ。
 

同国議会の司法委員会委員長で、極右のスウェーデン民主党のリチャード・ヨムショフは「この状態が今後20年続けば、スウェーデンはもうお終まいです」と語る

 

 

 

 

 

 

 

 

受け入れ続けてきた「難民」


福祉国家として知られるスウェーデンは、他のヨーロッパの国よりも亡命希望者を多く受け入れてきた。過去30年間、バルカン半島から中東まで、広い地域の紛争から逃れた人々がやってきた。

しかし、ギャングによる暴力事件が増えるにつれ、極右勢力は支持を集めてきた。それに対して、左派勢力は移民社会を非難することに慎重だ。

暴力事件が急増するなか、犯罪捜査に追われる警察の支援に軍隊が投入されるようになった。

何が間違っていたのだろうか。中道左派でウプサラ市長のエリック・ペリングは、「システムの失敗」があったと指摘する。
 

一方、同市議会野党で中道右派の穏健党議員であるテレス・アルマーフォルスはこう訴える。

「もし安全だと思えなければ、人は自由ではありません。ウプサラでは人々が朝に目を覚ましたとき、安心できる状態にないのです。私たちは間違ったのです。この問題は、すぐには解決できません」

 

 

 

 

美しき町でのギャングの抗争


ウプサラは、北欧で最古の大学や、スカンジナビア最大の大聖堂があることで知られる。壮大な城も有名だ。しかし近年、その名は、スウェーデンで最も凶悪な犯罪集団の発祥地として悪い意味で知られるようになった。

かつて同市には麻薬取引組織「フォックスロット」が存在したが、その分裂によって暴力事件が増えたという。「クルドの狐」として知られるギャングのラワ・マジドは、同市でイラク出身の両親の元に生まれ育った。彼は数々の麻薬取引、暴力事件で有罪とされた後、2018年にトルコに逃れた。

マジドは、かつて自分の右腕だったイスマイル・アブドと対立していたようだ。アブドの母親は、2023年9月にウプサラで射殺された。
 

同市の警察幹部、カタリーナ・ボーウォールは「現在の状況は非人道的で、理解しがたく、収まりそうにありません」と語る。

ウプサラ病院の救命救急医師フレドリック・リンダーによると、かつて発砲事件は年に1〜2件ほどしかなかった。それがギャングによる犯罪の多発で、いまでは週に平均1件にまで増えたと、彼は地元テレビ局に語っている。

人口1050万人の同国で、銃乱射事件が増えている。2022年は62件と過去最高で、2023年は10月末までで48件あった。

良好とされる地域に住む人も犯罪のターゲットとなっており、市民の間では不安感が高まっている。マルメ大学の上級講師で犯罪学者のマンネ・ゲレルは次のように指摘する。「このような暴力事件は、ほとんど無差別に起こっています。誰にでもどこでも起きうる状態です。テロに近いかもしれません」

さらにスウェーデンでは子供に対する刑は軽いことが多いため、最近では未成年者による殺人が多くなっている。ストックホルムの中心部で起きた2件の爆発事件に関する裁判で、2023年10月に数人に下された有罪判決はまさにその実態を示すものだ。そのとき25歳の被告には懲役5年が下されたものの、17歳の被告2人に科されたのは、少年院への10ヵ月間の収容だけだった。
 

警察によれば、脆弱な状況に置かれた子供や青少年のためのケアホームが、ギャングによるリクルートの場になっているという。

ペリング市長は、「ウプサラ市単独でこのような犯罪を阻止するのは非常に難しいです」と指摘する。同地域で起きた最近の殺人事件による逮捕者の多くは、外から送り込まれた、若き「殺し屋」なのだという。

 

 

 

 

 

 

 

 

暴力増加の原因は移民か、統合失敗か


話を聞いたスウェーデンの政治家、治安当局者、犯罪学者たちは、暴力の原因について異なる見解を持っていた。

右派は、ここ数十年で200万人も増えた移民が問題だと非難する。一方、左派は、福祉制度の民営化が進んだことで、貧しい地域でのサービスが悪化したことを理由に挙げる。

大量の移民受け入れに反対してきた極右のスウェーデン民主党は、2010年代前半には異端な存在だった。しかし、暴力事件の増加とほぼ同時に支持率が上昇した。同党は2022年10月の総選挙で第二党となり、連立政権入りしている。
 

民族主義を掲げる同党のヨムショフは、イスラム教に対する見解や、預言者ムハンマドに関する扇情的な発言を理由に、7月に辞任を求められた。彼が望むのは、スウェーデンが移民受け入れをやめ、海外で生まれた犯罪者を国外追放することだ。

一方、ほぼすべての政治グループが共通して持つ見解は、スウェーデンは移民コミュニティを充分に社会に統合できていないということだ。

スウェーデンのほぼすべての都市には、人口の大半を移民が占める脆弱な地域がある。そのような地域での犯罪率は高く、学校は生徒の確保や規律の維持に苦労していることが多い

 

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