欧米各国では、つい最近まで必ずしも

 

(”手洗い”という)

 

こうした習慣

 

が行われてはいなかったようです。

 

Global Handwashing Partnership(「石鹸を使った手洗いのための官民パートナーシップ」)」

 

によれば、

 

1847年以前の欧米では、

 

医師はある患者から次の患者の診察に移る前に手洗いをする代わりに、

 

タオルや雑巾で手を拭いていただけだとされます

 

 

手は洗わずに拭くだけだった

 

 

「手洗い」提言者がバカにされる始末

 

 

医師が手洗いが必要だと感じていなかったことだけでも驚きですが、さらに信じたいことに、最初に手洗いの習慣を提言した人は「おかしくなったのでは」とバカにされることさえあったのです。

 

 

「手洗い」の父、イグナーツ・センメルヴェイス博士

手洗い」の重要性を発見したのは、ウィーン総合病院に勤めていたユダヤ系ハンガリー人医師のイグナーツ・センメルヴェイス博士

 

 

 

 

 

歴史専門メディア「History.com」によれば、当時のヨーロッパでは助産婦を介してあるいは自宅分娩をした1,000人の産婦のうち約5人が命を落としていました

 

 

 

高い産婦死亡率

 

 

 

 

ヨーロッパやアメリカの定評のある産院で分娩を行った場合、産婦死亡率はしばしばそのその10倍から20倍となっていました

 

 

病院分娩における死亡率は10倍以上

 

 

 

 

病院で分娩を行う産婦がなぜこれほど高い確率で産褥熱で命を落とすのは理解できず、センメルヴェイス博士はみずから原因を突き止めようとしたのです。

 

 

センメルヴェイス博士は解剖台の死臭を取るために使われていた次亜塩素酸カルシウムに着目、それを溶いた水で手を洗浄するという消毒法をウィーン病院で提唱しました。

 

 

 

センメルヴェイス博士が務める産科病棟における産婦死亡率は大幅に減少し、「手洗い」が産褥熱をおさえることが立証される形になりました。

 

 

 

しかし、残念なことに当時の医学会はセンメルヴェイス博士の画期的な提言を受け入れる準備ができておらず、多くの医師は自身の「手が清潔ではなく」そのために「産婦が死亡した」といわれたと感じ、強い拒絶反応を示しました。

 

 

英国人看護婦フローレンス・ナイチンゲールは、センメルヴェイス博士と同じように衛生の重要性に注目をしていました。

 

 

 

ナイチンゲールも細菌に関する知識はなかったものの赴任した野戦病院で衛生維持の大切さを重視し、重要な取り組みとして「手洗い」を導入しました。

 

多くの命を救ったナイチンゲール

 

さまざまな偏見と対峙しながらもフローレンス・ナイチンゲールは赴任先の病院で衛生習慣を広め、感染症を原因とする負傷兵の死亡率を大幅に下げ、多くの命を救うことに貢献しました。

 

 

しかし保守的な医学界はその効用を認めず、「手洗い」は一般的な習慣として定着するには至りませんでした

 

 

「手洗い」の普及は1980年代以降©The Daily Digest 提供

 

前述の組織「Global Handwashing Partnership」によれば、「手洗い」が正しく評価され、広く取り入れられるようになったのは1980年代以降のこと

 

 

 

1980年代、米国疾病管理予防センターは、手指衛生は感染を防ぐ最良の方法の1つであることを確認。それにより食品由来あるいは医療施設関連の病気が衛生面から社会の注目を浴びることになりました。

 

 

米国疾病管理予防センターが「手洗い」効果を確認

 

 

 

手洗いをしましょう!

 

日本ではふつうの「手洗い」習慣、近代ヨーロッパ史における"医学的大発見"だった (msn.com)