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西側諸国は「何も見えていない」
エマニュエル・トッド「いま私たちは西洋の敗北を目の当たりにしているフィガロ(フランス)
Text by Alexandre Devcchio
フランスで新著『西洋の敗北』(未邦訳)が刊行された歴史家・人類学者のエマニュエル・トッドに仏紙「フィガロ」がインタビューした。トッドは1976年の著書『最後の転落』でソ連崩壊を的確に予見したことで知られる。新著でトッドは「西洋の敗北」を予言し、その証明となる3つの要因を提示する──
エマニュエル・トッド「いま私たちは西洋の敗北を目の当たりにしている」 | 西側諸国は「何も見えていない」 | クーリエ・ジャポン (courrier.jp)
西洋の凋落を証明する「3つの要因」
──2023年に弊紙から受けたインタビュー「第三次世界大戦はもう始まっている」が、今回の新著を書くきっかけになったと伺っています。すでに西洋は敗北を喫したとのことですが、まだ戦争は終わっていませんよね。
戦争は終わっていません。
ただ、ウクライナの勝利もありえるといった類の幻想を抱く
西側諸国はなくなりました。
この本の執筆中は、それがまだそこまではっきり認識されていなかったのです。
昨年の夏の反転攻勢が失敗に終わり、
米国をはじめとしたNATO諸国が
ウクライナに充分な量の兵器を供給できていなかった
事態が露呈しました。
いまでは米国防総省の見方も、私の見方と同じはずです。
西洋の敗北という現実に私の目が開かれたのは、次の三つの要因によるものでした。
第一の要因は、米国の産業力が劣弱だということ
です。
米国のGDPにはでっちあげの部分があることが露わになりました。
私は今回の本で、
膨らまされた米国のGDPを
本来のサイズに戻し、
米国の産業力の衰退の真因を示しました。
1965年以降の米国ではエンジニアの数を充分に育成できていないのです。
さらに言うと、米国では全般的に教育水準の低下が起きています。
西洋を没落させた第二の要因として、
米国でのプロテスタント文化の消失が挙げられます。
今回の本は、言ってみれば、
ドイツの社会学者マックス・ヴェーバーが著した
『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の続編です。
ヴェーバーは、
1914年の第一次世界大戦勃発の前夜、
西洋勃興の中核は、
プロテスタント世界の発展だと的確に見抜きました。
プロテスタント世界とは、
この場合、
英国、米国、プロイセンによって統一されたドイツ、北欧諸国を指します。
フランスがラッキーだったのは、
これらの先頭集団を走る国々に地理的に近かったから、
くっ付いていけたところです。
プロテスタントの国々では、
教育水準が人類史上類例のないほど高くなり、
識字率もきわめて高くなりましたが、
それは全信徒が聖書を一人で読めなければならないとされたからでした。
また、地獄落ちの不安があるゆえに、
自分は神に選ばれているのだと実感したくなり、
それが勤勉に労働する意欲につながり、
個人も集団も強い道徳規範を持つようになりました。
もちろんプロテスタント文化には
負の側面もあります。
米国の黒人差別や
ドイツのユダヤ人差別など、
最悪の人種差別は
プロテスタント文化に端を発しています。
プロテスタントの思想には、
人を
地獄落ちの者と
神に選ばれた者
に分けるところがあり、
そのせいでカトリック式の
人類みな平等の考え方が放棄されたのです。
いずれにせよ、
教育水準の向上と
勤勉な労働意欲は、
プロテスタントの国々の経済と産業力を大きく発展させました。
いまはその正反対です。
近時はプロテスタント文化が崩れ、
それによって知的水準が下がり、
勤勉な労働意欲が消え、
大衆が欲深さを露わにしています
(この事象の正式名称はネオリベラリズムと言います)。
その結果、西洋は発展せずに、没落に向かっているのです。
もっとも私は過ぎ去った時代を懐かしみ、
いまの社会が道徳的観点から嘆かわしいというお説教がしたくて、
この種の宗教的要素の分析をしているのではありません。
私は歴史の事実を指摘しているだけです。
それにプロテスタント文化が消えたので、
それにつきものだった人種差別も消えたわけです。
米国にオバマという初の黒人大統領が選出されたのも、
そういった背景があります。
その点においては、プロテスタント文化の消失は、このうえなく喜ばしいものなのです。
──第三の要因は何ですか。