雪質は最高なんだけど…」
国際的スキーリゾートとして知られる北海道「ニセコ」が、コロナ禍明け最初のウインターシーズンを迎えてますます熱い。パーク ハイアット ニセコ HANAZONO内に昨年12月、ルイ・ヴィトンのポップアップストアがオープン。英国大手酒造企業の子会社ディアジオ ジャパンは旧ホテルニセコアルペンの跡地に、高級テキーラなどを提供するアイスラウンジを開設した。
ルイ・ヴィトンは昨年12月、2月25日までの期間限定で「ニセコ ウィンターリゾート ポップアップストア」をオープン(PHOTO: LOUIS VUITTON)© FRIDAYデジタル
ルイ・ヴィトンの象徴的なモチーフをあしらったゴンドラも登場(PHOTO: LOUIS VUITTON)© FRIDAYデジタル
北海道新聞によると、倶知安町とニセコ町から成るニセコエリアの多くのホテルやコンドミニアムで、’23年12月の宿泊実績が前年同期を上回った。倶知安町でスキーレンタルやレンタカー事業などを手がけ、昨年3月まで同町議会議員を3期務めた田中義人さんもこう話している。
「水際対策緩和後の昨シーズンは観光客の戻りが7割程度と言われましたが、今季はコロナ禍前を超える勢いです。12月は宿泊施設がどこもパンク状態でした。去年の冬は人手不足で稼働率が半分ぐらいのホテルが多かったんですけど、今シーズンは早い時期からスタッフを確保してフル稼働しています」
ニセコの時給はスキーシーズンを迎える前から上昇しており、各求人サイトを見ると時給1500円は決して珍しくない。中には時給2000円を超える求人もある。
「去年の12月に倶知安町にオープンした牛丼のすき家は時給1650円。夜は2088円です」
そこまで時給を上げないと、ニセコではどの業種も必要な人手を確保できないのだろうが、その一方で雇用の場となる宿泊施設の新設は続いている。
「’22年12月に雪(セツ)ニセコ、去年12月にムーワニセコと、2年続けてニセコひらふ地区にコンドミニアム型のホテルがオープンしました。どちらも開発主体は外資です」
世界各国の優れたスキーリゾートを表彰する「ワールド・スキー・アワード2023」で、雪ニセコはベスト・ニュースキーホテル部門の最優秀賞に選ばれている。1月下旬の宿泊料金を見てみたところ、1ベッドルームスイート(定員4人)が3泊で53万2200円。1泊当たり17万7400円だ。
アワード2023では、’19年にニセコひらふ地区に開業したハク・ヴィラズも、ベスト・スキー・ブティックホテル部門の最優秀賞を受賞している。ここのペントハウスは、1週間の宿泊料金が3500万円とか。
「ニセコ町のアンヌプリにある戸建てコンドミニアムのシーズンズニセコは5泊からで、室内温水プールがあってシェフもいて2600万円です。ベトナムの旅行客がいろんなオプションをプラスし、3000万円払って滞在したと聞きました」
夕方は大渋滞…レストラン不足で夕食難民続出
ニセコはすっかり高級コンドミニアムの集積地となった感がある。だが田中さんによると、ニセコの宿泊施設はホスピタリティが十分とは言えないらしい。
「海外のリゾートにある一流ホテルには、きちんと教育されたスタッフがいます。ニセコにはパークハイアットもあればヒルトンもリッツカールトンもありますが、それらの5つ星ホテルも含め、人材不足で人手をかき集めているような状況なので、従業員への教育が行き届いていない。
リゾートに泊まり慣れた旅行客から、支払う金額に見合うだけのサービスの提供がなされていないと厳しい評価を受けるホテルもあるみたいです」
アメリカン・エキスプレスのトラベル・コンサルタントが、カード会員の旅行予約状況から導き出した’24年注目の旅行先10選に、ニセコはスイスの代表的な山岳リゾートのツェルマットなどと並んで選ばれている。旅慣れた外国人のニセコに対する注目度は、高いようではある。
「ニセコがブランド化されたことで、特にアジアの人々にとっては確かに、ニセコに来ることが一つのステータスになっていると思います。うちのショップでスキーとウエアをレンタルするお客さんもアジア系が増えていて、その多くがスキー初心者です。スキーウエアを着てスキーを持ってゲレンデに立ち、写真を撮って終わりという人も中にはいます。
欧米の高級スキーリゾートに世界中からVIPが集まるのは、それだけの理由があるからです。こんなことを言うと地元の人に怒られるかもしれませんが、ニセコは残念ながら、リゾートエリアとしてはまだ世界的レベルの質を備えていません」
一番の賑わいを見せる「フードトラックビレッジ」に出店している寿司のキッチンカー。タマゴが1貫1000円で、5貫セットが2000円という謎の料金設定(PHOTO:田中さん提供)© FRIDAYデジタル
その理由の一つに、田中さんは交通事情を挙げる。ウインターシーズン中は、ニセコひらふ地区周辺の主要道路が大渋滞するという。
「エリア内を回る無料循環バスが走っているんですが、公共交通が不十分なので旅行客の多くはレンタカーを利用します。そのため、夕方の4時から6時ぐらいの時間帯は渋滞がひどいんです。1.5キロの距離を移動するのに約30分かかります。
でも、レンタカーを借りるにしても台数が足りない。タクシーも、地元の車両と札幌などから派遣された車両を合わせて30台しか走っていません。あまりに不便なためか、外国人同士の白タクがあると聞いています」
足りていないのはレンタカーやタクシーだけではない。飲食店も不足している。
「今、ひらふ地区にある宿泊施設のベッド総数は約1万3000床です。このエリアの飲食店を網羅した『ワイン&ダイン』というガイドブックに載っている全店舗の座席数は、合計で約2500席。コンドミニアムのキッチンで作る宿泊客もいるでしょうけど、飲食店が絶対的に足りません。もう毎晩のように、夕食難民が発生しています」
ニセコの飲食店不足に商機を見出したのか、ひらふ地区には今冬、前年の2倍を超える約50台のキッチンカーが道内各地から集結し、土地所有者の許可を得て営業しているという。
「外国人が見様見真似で握る寿司を1貫1500円で販売したり、イクラ入りのおにぎりを1個2000円で売ったりするキッチンカーもあります。一方では、キッチンカーを出店する場所代を、1シーズン100万円と設定している事業者もいるという状況です。
そういえば、あの堀江貴文さんがプロデュースしたラーメン屋が昨年の大晦日、うちの隣にオープンしました。海上コンテナを改造した3坪ほどの店舗が軒を連ねるフードストリートの中にあり、味噌ラーメンが1杯2500円。なかなか強気の値段なんです」
キッチンカーが並ぶスキーリゾートは、おそらく世界のどこにもないだろう。
「飲食店はどこも混んでいて入れない。リゾート内の移動にも一苦労する。欧米のスキー客から『雪質は最高なんだけどね』と言われても仕方がないです」
ニセコのスキー文化を消さないために、ブランド力を落とさないために……
旅行客からは「リゾート内の移動手段を何とかしてほしい」との声も上がっている。
「リゾートエリアへの自動車の乗り入れを規制する以外に解決策はない。僕はそう考えています。これから北海道新幹線倶知安駅の開業に向けて駅周辺の開発が始まるので、それに合わせて駅周辺に駐車場を整備し、車を市街地に置いておけるようにする。そのうえで、市街地からリゾートエリアまでの移動手段を用意する。
4つのスキーリゾートを結ぶシャトルバスや市街地とリゾートエリアを結ぶバスはすでにあるんですが、運行が追いついていません。運転手が少なかったり規制が厳しかったりで、バス会社も苦労しています。2024年問題もあってバスのみに頼るのはもはや現実的ではないので、たとえばロープウェイを新設する。鉄塔を建てる土地を何とかすればいいだけなので、一番、手間と予算がかかりません。
車の乗り入れ台数を制限し、観光バス会社と連携してリゾート内の二次交通網を構築できれば、旅行客はいつでもバスで好きな場所に行けるようになる。
リゾートエリアと市街地をロープウェイで結ぶことによって、飲食店不足の問題もある程度は解消すると思います。街中に行って地元の飲食店を利用するスキー客も増えるでしょうから」
「ワールド・スキー・アワード2023」でベスト・スキー・ブティックホテル部門の最優秀賞に選ばれた「ハク・ヴィラズ」。7階建てに4戸のみの高級コンドミニアムで、ペントハウスは7泊で3500万円(PHOTO:田中さん提供)© FRIDAYデジタル
今から手を打たなければ、ニセコは持続可能なリゾートとはならない。田中さんはそう考えている。
「ニセコのブランド力には陰りが出始めています。いろんな人と話をしていて、『ニセコはもうダメだね』という声も聞きます。
スキーの経験がないアジアの小金持ちがブームに乗って押し寄せるような状況が続くと、ニセコのスキーやスノーボードの文化が消えてしまう。それによって世界のリゾートを知る欧米の富裕層や上級スキーヤーが離れていけば、ブランド力は落ちていくでしょう。そんなニセコにしないために、地域の有志と一緒にいろいろ考え活動しているんです」
ニセコが今後も、アメリカン・エキスプレスのカード会員に注目の旅行先として選ばれるようなスキーリゾートであり続けることを願いたい。
田中義人(たなか・よしひと)株式会社ニセコリゾートサービス代表取締役。1972年、札幌市生まれ。倶知安高校卒後、フリースタイルスキー(モーグル)選手として活動し、ヨーロッパカップや全日本大会などに出場。自動車販売会社や外資系金融会社などを経て’03年倶知安に戻り’07年に同社を設立。スキーレンタル、レンタカー、不動産賃貸事業などを展開する。’11年から’23年まで倶知安町議会議員を3期務めた。
田中さんが経営する「レンタルショップ・義」ひらふ店。スキー、ブーツ、ウエア、ゴーグルなどのスキーアイテム一式をレンタルしている。中にはゲレンデで撮影するだけのアジア系旅行者もいるという(PHOTO:田中さん提供)© FRIDAYデジタル
ニセコひらふ地区のフードストリート(PHOTO:田中さん提供)© FRIDAYデジタル
味噌ラーメンを2500円で提供する、堀江貴文氏プロデュースのラーメン屋「堀江家」は、上記ニセコひらふ地区のフードストリートにある(PHOTO:田中さん提供)© FRIDAYデジタル
ルイ・ヴィトンのニセコ ウィンターリゾート ポップアップストアには、中条あやみ、赤楚衛二、Awich、大平修蔵がオープンに先駆けて来店 ©LOUIS VUITTON_Miki Takahira© FRIDAYデジタル
ディアジオ ジャパンが3月20日まで展開するアイスバー「Ice Lounge by Don Julio 1942」(ディアジオ ジャパン・プレスリリースより)© FRIDAYデジタル
「Ice Lounge by Don Julio 1942」では氷のバーカウンターでスーパープレミアムテキーラ「ドン・フリオ1942」(3000円)が味わえる(ディアジオ ジャパン・プレスリリースより)© FRIDAYデジタル
取材・文:斉藤さゆり