渋谷駅にサラダ自販機を設置して、見えてきた「0.13%」の数字水曜日に「へえ」な話
2023年12月06日
土肥義則,
ITmedia
京王井の頭線の渋谷駅。改札を出て50メートルほどのところに、ちょっとユニークな自動販売機が登場した。その名は「サラダスタンド」。サラダは880~1280円、コールドプレスジュース(素材を加熱せず、強い圧力をかけてつくる)は1200円で販売しているので、「た、高いなあ。誰がそんなモノを買うんだよ」などと思われたかもしれないが、いい感じに売れているのである。
設置したのは、2023年1月のこと。12月に累計1万食を突破したので、ざっと計算すると、1日当たり30食ほど売れていることになる。運営しているのは、会社に冷蔵庫を置いてサラダなどを届けている「KOMPEITO」(東京都品川区)という会社である。
渋谷駅に設置した自販機「サラダスタンド」
冷蔵庫は8000カ所以上で設置しているので、「使ったことがあるよ」といった人もいると思うが、それにしてもなぜこの会社はサラダ自販機を運営することになったのか。事業を担当している新井伸朗さん(執行役員 CLO)に聞いたところ「サラダを届ける『OFFICE DE YASAI(オフィスで野菜)』というサービスが増えていく中で、オフィスの外にも展開できないかと考え、始めてみました」とのこと。
餅は餅屋、サラダはサラダ屋。新しい事業にチャレンジして「すぐにうまくいったのね」と思いきや、そうでもない。21年11月に、渋谷のとあるビルに設置したところ、売り上げが月に数千円のことも。OFFICE DE YASAIで販売している商品は、100円のモノが多い。企業が福利厚生の一環として負担していることもあって、この金額が実現しているわけだが、一方のサラダ自販機は1000円前後である。
売れていない原因は、価格にあるのかもしれない。いや、商品にあるのかもしれない。などと考えて、サラダ以外にもさまざまなモノを扱うことにした。例えば、丼(どんぶり)。会社のスタッフが試食したところ、全員が「おいしい、おいしい」と絶賛。「であれば売れるかも」と見込んで、販売することにした。
担当者は自宅から1時間ほどクルマを走らせて、商品を購入する。そして、渋谷に戻って来て、丼を自販機に詰めてみた。結果は、どうだったのか。残念ながら、これも苦戦した。売っても余る、売っても余る。他の商品を扱うものの、同じような状況が続いていたのであるダイナミックプライシング機能を搭載
とまあこんな感じで、サラダ自販機は苦戦に苦戦を強いられていたのだ。そんな日々を送っている中で、ひょんなきっかけで、京王井の頭線の渋谷駅に設置することに。ビルと違って、駅ナカなので自販機の前を通る人の数は多い。となれば、気になるのは反響である。
「人気のない芸人さんが『M-1グランプリ』に出場しても、予選を突破するのは難しいですよね。この事業もそんな状況が続いていましたが、駅ナカに設置したところ、“いきなり決勝に進出”といった感じでした」(新井さん)。例えが分かりやすい、分かりにくいといった話は別にして、売り上げの数字を見れば一目瞭然である。これまでの月商を、1日で突破するほどの勢いだったのだ。
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自販機で販売している商品を大きく変えたわけではない。にもかかわらず、なぜ売れたのか。さまざまな要因がからみあっている中で、個人的にこの自販機に搭載されている、2つの機能が大きく影響しているのではないかと思っている。1つは「ダイナミックプライシング機能」(特許取得済み)だ。
ご存じのとおり、ダイナミックプライシングとは需要と供給に応じて価格を変動させる仕組みのことである。テーマパークの入場券やスポーツの観戦チケットのほかに、鉄道会社やコンビニなどでも導入されている。
この機能を自販機に搭載して、どうだったのかというと、いきなりうまくいったわけではない。導入当初はよく分からないことが多かったので、スタッフのカンで決めていたこともあった。「このサラダは、販売して〇時間がたったよね。じゃあ、〇%引きで」といった具合に進めていて、どんどんデータを取得していった。
例えば、20%引きだとこのくらい売れて、40%引きだともっと売れてといったことが分かってきた中で、70%引きを実施したことも。「このときはものすごく売れました。ただ、ものすごく赤字もでました(涙)」(新井さん)
お客の反応率を知るために、その後もさまざまなことを繰り返す。現状、サラダの場合、880~1280円で販売している。で、ダイナミックプライシングを導入する前と後で、売り上げにどのような変化が出ているのか。販売個数は1.8倍、売り上げは1.5倍、いずれも増えているのだ
ダイナミックプライシングを導入した背景
そもそも、なぜダイナミックプライシングを導入したのか。賞味期限が長い缶ジュースと違って、サラダは短い。となると配送頻度が高くなって、そのぶん商品の価格も高くなってしまう。利益を確保するためには、廃棄率をできるだけ下げたい。いやいや、いまのご時世を考えると、下げなければいけない。このような狙いがあって、商品の価格を変動させることにしたのだ。
結果的に廃棄率が下がるだけでなく、売り上げも伸ばした。となれば、このような疑問がわいてくる。「他の飲料メーカーも導入すればいいのに。いや、そもそもなぜこれまで導入してこなかったの?」と。ちょっと調べたところ、ダイナミックプライシングの導入に“二の足”を踏んでしまう事情があるようだ。
コールドプレスジュースは午前中によく売れるそうだ
夏の暑い日に、冷たいジュースの価格を高くすれば、もうかりそうだ。例えば、気温が30度を超えれば、1本120円で販売しているジュースを、150円にするのはどうか。会社側の目線に立てば、1本当たり30円のもうけになるので、うれしいはずである。
一方、消費者の目線に立てばどうなるのか。普段、1本120円で買えるジュースが、30円も高くなる。「同じモノなのに、なぜ高いの?」といった感情が生まれて「値上げするのなら、別の自販機で買うよ。なければ近くのコンビニで買うよ」となるかもしれない。
消費者の頭の中で「缶ジュースの価格は〇〇円」とほぼ決まっている。こうした商品の価格を、自販機で変えることは難しい――。業界でこのように語られているようだが、サラダの場合は違う。スーパーやコンビニで同じモノを売っていないので、価格を比較するのが難しい。
また商品によって、鮮度が違う。というわけで、お客は「この野菜が入っているし、新鮮だし、ちょっと高くてもいいかも」といった形で受け入れやすいのかもしれない。
サラダ自販機のダイナミックプライシングはいまのところうまくいっているようだが、飲料メーカーもこのまま黙っていないようだ。コカ・コーラボトラーズジャパンは8月、自販機でダイナミックプライシングを導入すると発表した。
とりあえず試験的に始めてみて、うまくいけば本格的な展開を考えているようだが、どうなることやら。この行方は、ちょっと気になるところであるAIカメラ」を搭載
自販機に搭載されている、もう1つの機能は「AIカメラ」である。自販機の上部にカメラを設置していて、通行量や一定時間立ち止まった人数のほかに、通行者の年代・性別のデータも取得できる(個人情報は含まれていない)。
AIカメラを設置して、どんなことが分かってきたのか。通行人の比率を見ると、男性43.5%に対し、女性56.5%。年代別に見ると、30代が最も多く32.6%、次いで40代が28.6%、20代が12.8%……といった数字が分かってきた。
もちろん、どんな人がどの時間帯に購入しているのかといったことも分かる。購入層は当初20~30代の女性が多いかなと予想していたが、データを見ると、40~50代の女性も多いことが明らかに。
時間帯で見ると、朝はジュースがよく売れて、夕方から夜にかけてはサラダの人気が高まる。「会社に出社する前にジュースを買って、家に帰る前にサラダを購入する人が多いようですね」(新井さん)。とまあ、ここまでの結果はほぼ予想どおり、といったところである。
自販機にAIカメラを搭載して、さまざまな情報を分析
では、AIカメラが認識する通行人のうち、どのくらいの人が購入しているのだろうか。京王井の頭線の渋谷駅を乗り降りするのは、1日に23万人ほど。そのうち、自販機の前を通るのは1日に3万人ほど。そのうち、立ち止まる人は1日に3000~4000人ほど。そのうち、購入するのは1日に30~40人ほど。
つまり、カメラが認識する通行人のうち、「0.13%」が購入していることが分かってきたのだ。1通行人当たりの売り上げは、「0.7~1.5円」になる。
キハダマグロの彩りツナサラダ
この数字を目にしても「う~ん、まだ設置して1年がたっていないんでしょ。データが不足しているのでは」などと思われたかもしれないが、そうでもないようだ。汐留にあるビルに設置したところ、ほぼ同じ数字となった。「2週間から1カ月ほどカメラを設置すれば、その統計データをもとに売り上げを予測できるようになりました」
工夫次第で大きく化けそう
渋谷駅に設置したことによって「M-1グランプリ」の決勝に進出できたかもしれないが、まだまだ課題もある。最大のネックは「物流」だ。現状、OFFICE DE YASAIの配送を使って、サラダ自販機に商品を納入しているが、すべてカバーできているわけではない。
というのも、OFFICE DE YASAIは平日の月曜日から木曜日に届けているが、渋谷のサラダ自販機は週末も稼働している。その日はどうするかというと、1台のために商品を運んでいる。この仕組みは、非効率である。
同社は「サラダ自販機を2028年に600台に増やす」という目標を掲げていて、それが実現できれば物流の問題は軽減できるはず。ということもあって、この事業をうまく軌道に乗せるためには、スピード感をもって台数を増やすことが欠かせないようだ。
ズワイガニ風香り箱とおじゃこのサラダ
まだまだ課題がたくさんある中で、それでもこの自販機は工夫次第で大きく化けそうな気がする。例えば、近隣の店で売れ残った商品を販売するのはどうだろうか。店側→価格は安くなるかもしれないが、捨てるよりまし。客側→安く買えるので、うれしい。環境→廃棄率が下がるのでよい。
このように考えると、サラダ自販機のキモはこの言葉がうまくハマりそうだ。売り手によし、買い手によし、世間によし
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